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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
153/183

2005年

厳しさを増していく冬。そして迎えた元旦。彼女が出来たという佑太と、その彼女の後輩達に良和は悩まされる。ある夜、駆けつけた翔が行動に出る。

 暮れて行く年に慌しさを感じながら、彼らは日々を過ごしていた。

 朝の冷え込みが厳しくなり、佑太は現場で、純はバイクの上でかじかんだ手を何とか温めようとしていた。


 涼はそれからしばらく姿を現すことも、連絡を取る事も誰もしなかった。

 年末になり、音沙汰の無かった涼に突然岳は呼び出された。酷く泥酔しながら「負けたんだよ。負けた」としきりに零していた。


「がっちゃん……純君ってのはさぁ。良い男なのかな……?」

「良い男ですよ。頭おかしいけどカッコイイし。あ、そっちの世界行きますか?」

「もう……正直……そっちでもいいじゃない」

「いいんじゃないですか?俺は嫌ですよ」


 涼と純の間に何があったか事情は聞かなかったが、涼の言葉は後悔と失望に塗れているように聞こえた。


 専売所に帰り、バイクを磨いてから純は帰った。外はようやく朝になり切ったようだったが、陽が射しているのにも関わらず空気は凍てつくようだった。

 自販機で温かいミルクティを買い、駐車場へ行くと見覚えのあるベンツが停まっていた。

 涼だった。


 純は眉間に皺を寄せながら近付いていく。左ハンドルのドアが開かれ、涼が姿を現した。


「何しに……」


 呆れたように純が声を掛けようとすると、涼は黙ったまま深く頭を下げた。冷たい光に晒されながら、その顔は何かを必死に堪えているようにも見えた。

 純は掛ける言葉が見当たらず、そのまま車に乗り込もうとする。涼の横を通り過ぎ、車のエンジンを駆ける。

 それでも、涼は頭を下げ続けていた。

 ドアを閉める直前に、純が涼に声を掛けた。


「俺じゃなくて、森下にしてやって下さい!じゃ」


 遠くなって行くミラを見つめながら、涼は一筋の粒を流した。それは負けを認めた後の、晴れやかな色の粒だった。


 年明けの宝登山神社で彼らは行列に並びながら寒さの為に震えていた。

 年越し、友利は母親と共に東京の祖母宅で過ごしていた。


「煙草が吸えない」


 と愚痴を零し、友利が喫煙の為に外へ出る度、岳の携帯には着信が入った。前回の着信時に年明けの挨拶は済ませていた。


「岳。寒いよ!そっち何してんの?」

「ヨッシー達と宝登山神社って所に初詣来てるよ。寒いし、人が凄くて全然進まない」


 境内に続く道は行列で埋め尽くされていて、まるで進む様子を見せなかった。


「ホド?え?ホド何?」

「ほどざん。って言う名前の神社だよ」

「ふーん……でも寒いのは埼玉も東京も一緒だね」

「なぁ。来年は沖縄で過ごそうぜ」

「飛行機は嫌だからフェリーでね」

「あぁ……金掛かるなぁ」

「来年は暖かい場所で過ごせるかなぁ?あんたにかかってるよ。さてと、私は暖かい部屋に戻るかなっと。頑張って寒い中、並んでね」

「いいなぁ、ちくしょう」

「いいでしょ?岳、愛してるよ」

「寒いけどなぁ、俺も愛してる」


 岳の前で寒さに震えながらも、良和は翔に必死で何か訴えていた。


「翔!翔!今年は2005年だで!」

「あぁ……そうだね……さっみぃ!」

「コンピューター強い翔に聞きたいん!今年こそどうなん!?出来るん!?」

「出来るって……何が?」

「コンピューターおばあちゃんだよ!もういい加減出来てもおかしくねぇでしょ!」

「いや、ニーズがねぇだろ」

「問題はそこだったんか!あー……そりゃ今年も無理だわ」

「永遠に無理だろ」


 その前に佑太と純が並んでいる。純は茜から届いた「あけおめ!」というメールを何度も確認していた。見る度にそっと笑みを零し、大切そうに携帯を閉じた。佑太がすかさず覗き込もうとする。


「ちょ、やめてくれよ!」

「はっはー!さっきから何だよ!どうせ女だべ!?誰?」

「別に……誰だっていいっしょ」

「あれ!?まさかの浮気!?マジで!?」

「はぁ!?何それ。何で浮気になるんさ」

「だって森下と純はさぁ……」

「早く行列終わらないかなぁ。寒いなぁ」

「かぁー!ま、俺もメール来てたけどね!」

「へぇ。どうせその辺歩いてるブスとかっしょ?歯が欠けてたり体重が異常だったりしない?」

「ちげー!ミチは全然ちげー!分かってねぇ!」

「ミチ?誰それ?犬か何かかい?ま、知らないんだから分かる訳ないや。あー、寒」

「言いたいけど……まだ言えねぇ……けど言いてぇ!けど……言わねぇ!」

「はぁ!?面倒臭っ。あ、がっちゃん!小銭崩せない?」

「おい純!話し聞けよ!」


 真夜中に出来た人混み。その先に辿り着いた彼らはそれぞれの願い事を誓った。

 2005年。元旦。

 誰もが幸せを願い、そして無事を祈った。


 今感じている光景や風景、それらを描く。その為に新たなバンドを組み、再びステージに上がろうと思っていた岳はどうか忘れられない一年を送る事が出来るようにと、強く願った。

 そして、それは想像とは全く違う形で叶う事となった。


 神社の帰り道、雪が降り始めた。みるみるうちに街は白く染まっていく。

 元旦カラオケと称し、佑太がカラオケに行く事を提案すると全員賛成した。車は寄居町に戻り、岳と翔のバイト先のコンビニの前を通り過ぎようとしていた。

 ちょうど原付に跨った青柳が帰るタイミングだった。駐車場から車道に出た青柳を見て佑太は「ナイス青柳!」と叫び、車を限界まで青柳に幅寄せした。


 事故の一件以来、青柳は日々店での立場が無くなっていった。ある日、青柳は岳に言った。


「わしに一千万より上の投資話が出とるんです。是非、わしに協力して欲しいと……近いうちに辞める可能性もあるので……そこはご容赦下さい」

「今日辞めてもいいと思いますよ。逆にいつまで居るんですか?」

「あの……実は……その打ち合わせついでに夕方酒を飲んでしまいまして……匂いませんか?」

「いつも臭いんで分からないですよ。っていうか、店で飲んだんすか?」

「あの、料亭で……500ml缶をひとつ……ですが」

「料亭で缶は出ねぇだろ」


 岳は涼といつか行った料亭を思い出すと噴出した。ストレスやプレッシャーに耐えかねているのだろうか、酒に逃げているのだろう。

 岳が遅番の日に買って行く青柳の酒の量は日を追うごとに増えていた。

 幅寄せされた青柳はスピードを落とし、バイクを停めた。

 青柳を追い抜いた佑太はその先で車を停め、ミラーを確認する。雪が降る中、青柳はヘルメットを脱いだ。


「翔、やべー。青柳が殺しに来るかもしんねぇ」

「ははは!んな根性ねぇだろ」


 しかし、ヘルメットを脱いだ青柳は微動だにせず、雪に降られながらも佑太の車をじっと眺め続けていた。佑太はその様子に薄ら寒いものを感じ取る。


「あいつ……さっきから何してんの?」

「何か分からないけど……突っ立ったままだね……」

「頭イッてるんだよな?」

「あぁ。クレイジーソルトよりクレイジーだよ」

「それ……ヤベーわ」


 ヘルメットを小脇に抱え、道の真ん中で青柳は立ち尽くしている。頭に白いものが被っていくのが遠目でも分かったが、一切動く様子は見せないままだった。

 気味が悪くなった佑太はアクセルを踏んだ。翔の顔からも笑みが消えていた。

 テールランプが消えて行く。ヘルメットにも、頭にも、雪が積もる。佑太の車が去ってからもしばらく、青柳はそこで立ち尽くしていた。


 佑太が連れて来たのは最近出来たという1つ年上の「彼女」だった。ミチと呼んで下さい、と彼女は頭を下げた。

 歯抜け、ブス、デブを期待していた純と岳は呆気に取られ、何テンポも遅れて頭を下げた。

 佑太には似つかわしくないタイプの美人だったのだ。しかも、気さくだった。

 集まりに何度か顔を出すうちにミチはすぐに彼らの輪の中へ打ち解けた。何とも不釣合いな彼女だな、と純が良和や岳と話をしていたが、ミチの後輩達が問題だった。


「土井 美里」


 高校時代は佑太や矢所と同じクラスであり、顔見知りでもあった。ミチは佑太や矢所の直接の先輩に当たる関係だったのだ。

 土井 美里(通称:ドミリー)は純や岳が佑太の彼女として期待していたような容姿の仲間たちをたびたびアパートに引き連れ、朝まで騒ぎ通していた。


 うんざりした様子の良和が朝方、あちらこちらの部屋に転がる空き缶を片付けながら岳に呟いた。


「あのドミリーズ……マジで迷惑なんだけど」

「俺だったら家に入れないね。佑太には言っておくけど直接には関係ないからな……」

「ミチさん良い人だけどさぁ……でもガツンとは言わないもんな」

「森下とか千代さんがいる時の空気とあきらか違うよね」

「だって……ドミリーズ皆顔がでかいんだもん……何のワクワクも生まれない……。部屋が刑務所みたいになる」

「その例え……何か分かるかもしれない」


 数日後、夜中に良和に呼び出された岳と翔がどこか落ち着かない気分のままアパートへ向かった。玄関に入ると和室から何かが聞こえて来る。それは呻き声のようにも聞こえた。

 目を見合わせた岳と翔が襖を開ける。


 目に飛び込んできたのは白目を剥きながら駄々をこねるドミリーだった。顔面を覆うボブカットは輪をかけて顔面を大きく見せている。

 艶を忘れた茶色の髪が唸る度に左右に揺れる。


「しょんべーん!ヨッシー!しょんべん行きたい……でもめかぶ食いたい!めかぶ食いたあい!でもしょんべんしたぁい!しょんべん、めかぶぅぅうううう!めかぶ、しょんべん……しょんべん、めかぶぅ」


 良和が救いを求める目で岳と翔を振り返った。


「助けて!もうずっとこんなんなん!」

「あー!翔君だぁっ!ハロー……しょんべん……めかっぶ」

「ハローしょんべん?何こいつ……酔ってんの?」

「そうなん!助けて」

「翔くーん、抱っこぉ。しょんべん行くから、抱っこぉ」


 ドミリーの連れて来た別の女子二人はそのやり取りをまるで無視したまま、酒を飲んでジャニーズの話題で盛り上がっていた。

 岳が途端にうんざりした表情で言った。


「何なん!?しょんべんとか汚ぇし、それにおまえらコレの友達なの?おまえら何とかしろよ!ここヨッシーの家だぞ!」


 すると顔が長く、頬に大きな黒子のある女が言った。歯茎が剥き出る。


「だってぇ、私は呼ばれただけだしぃ」


 岳はその顔面にすぐに「病気芋」と渾名をつけた。すると、もう一人の女が言う。顔が四角く、鼻と口がやたらと丸かった。


「私達の力だとぉ、持ち上げられないしぃ。ねぇ?でね、タッキーがコンサート中にね……」


 岳はその顔面にすぐに「点字ブロック」と渾名をつけた。苛立ちが募り、ぼやき続けるドミリーの足元にバキを投げつけた。


「しょんべんくらい自分で立って行けよ!」

「無ー理ー……めかぶっ……。ぶぅっ、うっ……気持ち悪ぃい……しょんべん……」

「おめぇが一番気持ち悪いんだよ!」

「おぇっ……出そう……」


「ここでしないでぇ!」と頭を抱え続ける良和。苛立つ岳。抱かれたらどうしようと、幻想話に精を出し続ける病気芋と点字ブロック。

 すると、翔がコーラのペットボトルを手に立ち上がった。翔はドミリーの頭上でキャップを開封すると、そのままペットボトルを逆さまにした。

 黒い液体が炭酸と共にドミリーの頭上で勢い良く弾ける。コーラを掛けられたドミリーは立ち上がり、叫んだ。病気芋と点字ブロックが目と口を見開く。


「っざけんな!何すんだよ!!」


 怒鳴るドミリーに翔は笑いながらキャップを締める。そして、子供に伝えるような口調で言った。


「ほらね?立てるじゃん」


 岳と良和が手を叩いて翔の行動を称えてみせた。ドミリーはしぶしぶ、と行った様子でトイレへと向かう。

 入れる事はあっても替わる事のあまり無い面々は増え続けて行った。そして、行き過ぎた行動を律する人間もまた、翔のように増えて行った。

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