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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
150/183

アドレナリン

留守番をする松村の前で狂気を隠そうともしない涼。計画は全て順調、のはずだった。ついに姿を現したストーカー、岳と佑太の居ない夜に彼らは…。

 見開いた目、半月のような口元。狂気を隠そうともせず、涼はその顔のまま松村を振り返る。

 恐怖の為か、反射的に松村の肩が跳ね上がる。

 すると、涼は楽しげに声を掛けた。


「はっはー!ほらぁ!まっちゃんも一緒に!」

「え……あの……」

「顔面トレーニングに決まってんじゃなーい!さぁ!目を開いてぇ!」

「えぇ!?何で俺が!?」

「いいじゃないいいじゃない!ほら、俺は社長だからさぁ、人に会う機会が多い分、少しでも多くの笑顔を人様にお見せしないといけない訳よ?俺のトレーニングに付き合ってよ!」

「えっ……えー!?」


 ダイニングでは良和や岳達が揃って帰って来たようだった。玄関が開くと同時に不満げな岳の声が部屋に響いた。


「さっみぃ!誰も居なかったぞ!寒過ぎて三半規管ぶっ壊れたし、きっと俺はそろそろ死ぬぜ。ついでにこんな目に合わせたストーカー野郎ぶっ殺して俺も死ぬわ!」


 翔が間髪置かずに岳を詰る。


「殺すぅ?良く言うよ。野良猫の物音にめちゃくちゃビビってた癖によぉ。「出た!おい!出た出た!」だって!おまえ、何が出たんだよ。えぇ?」

「猫だよ!だって、夜歩いてて物音がしたら怖いだろ!?」

「そーですねー!」


 翔が「笑っていいとも」でお馴染みの返しをすると、彼らは笑いに包まれた。

 その声につられ、松村は逃げるように和室から出て行った。

 彼らの声に紛れながら、涼は壁を睨んでその場で舌打ちを漏らした。

 畳に唾を吐いてやりたい気分だった。


 鍋会から一夜明けた夜。寄居駅前の居酒屋にその男は現れた。涼が狭い店内でグラスを持ち上げて男を手招くと、相好を崩しながら男は席に着いた。


「いやぁ、涼さん。何だかめっきり寒くなっちゃいましたね」

「えぇ。先生、こないだはどうも」

「いえいえ。それより、上手くいきましたか?」

「そりゃもう」

「なら……良かったです」

「彼らもそろそろ先生と話したくなってるんじゃないですかね。きっとね」

「まぁ、少なくとも私の可愛い教え子達ですから、愛は伝わってるんじゃないっすか?君達は本当は良い子なんだぞ!……その思いを何よりも伝えたくて熱心に指導していましたから」

「そうですか……そりゃ凄いな」

「生徒を信じるんです。それが教師の務め……って言うんですかね」

「じゃあ早速だけど……次はバレてもらおうかな」

「はい……バレる?何が?」

「ストーカーさんの正体を、明かしてもらいたいね」

「ストーカーって……そんな。私は一度でいいから彼らと話がしてみたかっただけで……」

「それは大丈夫ですよ。彼らって言っても、実際先生が話をしてみたいのは千代さんなんでしょう?「ラブレター」まで書いちゃって」

「はい……まぁ……ははは。彼女、あんまりにも綺麗になったんで驚きましたよ。ただ、私の指導が「セクハラ」だって彼らに騒がれてからは私の居場所が無くなって、後々教員を辞める事になってね。恨んではないですけど……彼らに過去の指導の真意を理解して欲しいだけなんですよ」

「女性徒の股間を眺めながら「たわしって何かに似てると思わない?」と訊ねるのが、指導ですか」


 涼の言葉に芦野は絶句し、持ち上げた箸をすぐに下ろした。お絞りで顔を覆い、天井を仰ぐ。涼は気にも留めず、涼しげな表情のままもつ煮に箸をつける。


「社長……何で知ってるんですか」

「何でって……逆に知らないと思ったんですか?」

「狡いですよ」

「は?狡さは大人の特権です。それに、俺はあなたの教え子達と遊んで「やってる」んですよ?噂は嫌でも耳に入ってくる」

「そうですか……」

「実際どうなんです?もういいじゃないですか」



 芦野は観念したかのようにお絞りをテーブルに放り投げると、涼に向かってゆっくりと笑みを浮かべた。


「大好きですよ……中高生、二十歳くらいまでの女がね。成長過程から実がなるまでを実感させてくれるじゃないですか」


 芦野が曝け出した欲望の前に、涼は指をパチンと鳴らして叫んだ。


「ほらぁ!来たぁ!先生、やっぱ見込んだだけありますよ。普通じゃない。あんた、いいじゃない!」

「抑え切れないものを抑えようとするとね、興奮するんだね。とってもとっても……堪らなくなる。だから、教師はやめて良かったですよ。あのまま居たら私、中学生に手を出してましたよ」

「まぁ性の好みなんか簡単に変えられるものじゃないからね。仕方ない部分はありますけどね」

「ご理解頂いて助かります」

「じゃあ正直……先生は彼らを恨んでる?」


 涼の質問に芦野は唇を震わせた。


「当たり前じゃないですか!ガキの分際で生活かかった大人を散々コケにしやがって……特に高崎 翔。アイツのせいで私はノイローゼになりましたよ。授業中だろうが何だろうがあいつが校内で私の名前を叫ぶんですよ。何度も何度も……そのうち皆も真似し出して……。言葉悪いけど、ぶっ殺してやりたいですよ。今になって怖がって、不安になってるんだったら、あいつら良い気味です」

「やっと本音が聞けて嬉しいですよ。酒の席で腹を見せない仲じゃあね」

「で、そろそろ彼らと……いや、江崎千代と話はさせてもらえるんですか?」

「先生、最初の約束は覚えてます?」

「何があっても社長との関係は口に出さないってヤツでしょ?貰えるもん貰ってますから約束しますよ」

「守るもんは守って下さいね。破った時には……それなりの事が起こると考えといて下さい」

「はは……大丈夫ですって」

「まぁ、念押しのコレ。どうぞ」


 涼はそれほど厚くない茶封筒を芦野に渡す。その中身を確認すると芦野は「まいど」と笑みを零し、ジョッキを空にした。


 二回目に飲んだ時に涼は芦野から「メンバーの中に江崎千代という女はいるか?」としきりに聞かれた。

「いる」と答えるとどうしても一度話がしたいと芦野が懇願した。

 会わせる約束を叶える為、涼はある事を芦野に頼んだ。もちろん、金を払った上で。

 それはアパートに集まる者達に「何者」かの気配を感じさせる事だった。

 毎日メモを取らせ、ドアノブを回させ、不気味なメモを投函させる。

 怯えた彼らを「大人」として涼が救い、以後あの場での主導権を握る。そして茜を……。


 その筋書きは見事、功を奏した。不安に駆られる彼らを見て笑いが込み上げた。したり顔で「斜め読みしてみ」と言った岳には思わず噴き出しそうになった。


 次の予定はもう決まっていた。芦野にはアパートに来てもらえさえすれば千代と話が出来る段取りを整えておくと伝えてあった。


 口煩い岳や出しゃばりの佑太がいない隙にストーカーこと、芦野をアパートに向かわせる。恐怖や不安の為に収拾がつかなくなった彼らを代弁し、芦野をこれでもかと叱りつけ、一筆書かせる。

 芦野を帰らせた後に皆が言う。


「やっぱ涼さんて大人の男だ。凄い」


 茜が目を輝かせる。


「こんな男らしい人だなんて思ってなかった。ご飯、いつ行こっか?」


 それを純の目の前で言わせるのだ。そしてこう返すつもりだ。


「行きたいのは山々なんだけど最近忙しくてね。悪いけど待っててよ」

「分かった。でも、約束ね」

「あぁ、もちろん」


 純は俯き、またいつもの通り自分の世界に引きこもってしまえばそれで済む。そして、二度とその世界から這い出て来れないようにこれ見よがしに茜との関係をそこから先は、純の前で誇らしげに言って聞かせるのだ。恥と怒りを感じさせた代償は払って然るべきだ。

 そう思っていた。


 そして、その日はやって来た。


 運がいいことに急遽、彼女と出掛ける事になった岳。そして合コンに行く為にその日は佑太も姿を現さなかった。

 メンバーは良和、純、翔、稲村、茜、千代、関口。後は彰という同級生が後から現れると言っていたが涼は気にも留めなかった。

 ダイニングでビールを飲みながら涼はまだかまだか、と心待ちにしていた。

 純と翔は洋間でゲームに熱中している。

 ここに居る男達は比較的気性の大人しい奴らしか居ない。涼にとっては何もかもが好都合だった。

 説教の言葉を様々並べ、その見事な姿に恍惚とした溜息を漏らし、準備をする。


 翔がゴルフゲームで純と遊んでいると、外で誰かが呼んでいる気がした。耳を澄まし、コントローラを置く。


「あれ、どうしたん?便所かい?」

「いや……純君さ。今……外で声しなかった?」

「え?何も?あれかな……ストーカー?」


 純がそう言って立ち上がろうとすると、翔は洋間の窓を躊躇うことなく力強く開け放った。階下に目を向けると知っている顔の男が笑みを浮かべながら突っ立ていた。

 その手に握られているメモ帳を見た瞬間、翔の中で怒りが弾けた。


「よっ。先生だよ。千代ちゃん、居るかな?」


 中学時代の夏と全く同じ台詞が、本気の怒りを滲ませながら翔の口から怒声となって飛び出した。


「芦野ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」


 闇を切り裂いた絶叫を追い掛けるように翔は部屋を飛び出す。「ストーカーは芦野!」と小さく叫んで外へと向かう。その言葉を聞いた良和は途端に顔を真っ赤にし、同じようにして外へ飛び出て行った。稲村も反射的に立ち上がり、彼らに加勢する為に外へ飛び出て行く。

 何が起こったか理解出来ていない茜と千代、関口を純が洋間に来る様に手招きしている。

 電光石火の如き連携術に、涼は思わず呆然としてしまう。開け放たれた玄関の外からは良和の怒声が聞こえてくる。

 階段へ出て様子を伺うと翔と稲村に羽交い絞めにされた芦野を「この野郎!」と良和が滅多打ちにしていた。そんなはずは無かった。計算外だった。ヨッシーはそんな「キャラ」じゃないだろ?涼は良和にそう語り掛けたくなったが、間違いなく良和は怒りを露に芦野を滅多打ちにしていた。

 恐怖に怯え、何も言えず、自分の陰に隠れる予定だった彼らが息巻いて芦野を取り囲んでいる。

 純でさえも即座に状況を判断し、彼女らを誘導して洋間に避難させた。何故だ。一番何も出来ていない情けない男が一人居た。それは、自分自身だった。

 茜と千代の声が聞こえてくる。


「まーただよ!がっちゃんと佑太居ない時に限って絶対何か起こるんだもん!」

「前は相手が何人か居たし、玄関蹴っ飛ばされたよね。けど、今回は一人なのかな?」

「なのかなぁ?良和君がボコボコにしてるのがそうかな?」

「芦野とかって言ってなかった?」

「え?嘘!最低……」


 前は?玄関を蹴っ飛ばされた?涼はまるで聞かされていない過去の出来事に戸惑った。翔と良和が芦野を抱えながら階段を上がって来る。涼は尋常ではない緊張感を覚える。この状況では全て芦野にバラされてしまうかもしれない。

 ダイニングに芦野を放り投げた彼らは顔を腫らした芦野を取り囲んだ。


「おいおい……殴っちゃ……ダメじゃない」


 涼の言葉に誰もが反応を示さなかった。怒りなど微塵も表には出さないと思っていた良和が恐ろしい程に「キレて」いた。


「今さら何なん!?何してるん!?何でここに居るん!?ドアノブも、こないだのメモも、あんたがやったんだろ!?」

「そうだけど……ち……違うんだね……違うから、そうだから、その、聞いて欲しいんだね……」

「気味悪くて寝られなかったんだかんな!ふざけんなよ!」

「君達はね、本当は」

「いい加減にしろよ!」


 良和の次に翔が吼えた。


「聞いて欲しいんだったらまず、する事あんだろ!テメェに大人になってもこんなにムカつかされるなんて思わなかったぜ!」


 茜達が洋間からそろそろと出てくると、怪訝な顔を浮かべながら芦野を眺め始めた。それは本気の憎悪を見せた時の女の顔だった。それがすぐにでも自分に向けられる可能性があると感じ、涼は途端に汗を掻き始める。

 目配せを芦野に送ろうにも、取り囲まれていて目が合わない。彼らのあまりの気迫に近づく事すら出来ず、輪の外側で涼はうろうろし始める。

 純ですらも腕組みしたまま、鋭い表情で芦野を見下ろしている。まるでここには居ない岳が憑依しているかのようだった。

 涼は飛び交う怒声の中、思い切って声を絞り出した。大人として、そろそろ「カッコイイ」場面を作らなければ今までの事が全て水の泡になる。翔が吼え続けているが、何とか声を出そうとする。


「テメェが何でここに居るかって聞いてんだよ!ごめんじゃ済まさねぇからな!何年も経ってからノコノコ現れて、挙句にストーカー!?ふざけんのも大概にしろよ!」

「一旦、落ち着こう」

「昔、テメェのせいでどんだけ怖がった女子が居ると思ってるん!?泣いた奴だっていたんだかんな!昔っから何も感じてねぇから今だってこんなふざけた真似出来んだろ!?クズ野郎がよ!」

「一旦、な?大人なら……落ち着こう」

「そうだよ!私だってお尻触られたし!この前のメモだって何なのあれ!?クソ親父!マジふざけんなよ!翔君、こいつブン殴っていいよね?」

「あぁ、俺は止めないぜ」

「いや、やっぱ手が汚れるからいいや。こんな奴殴っても一円にもならないし」

「そうだな。でもさ、代わりにヨッシーがいっぱい殴ってくれたぜ」

「皆……大人……一旦……」

「良和君、ありがとう」

「うん。目の前にいるけど、殺してやりてぇ」

「ほら、皆……一旦……純君みたいに大人の……」

「こういう馬鹿はマジで死んで欲しいんさ。佑太やがっちゃん居たら殺ってたかもしんないね。マジでムカつわ。こういう馬鹿な大人が増えて困るのは大人になったばっかの俺らだって、何で分からないんかさ?ねぇ、あんた馬鹿でしょ?」

「あのね……皆は良い子だから分かってくれると思う……という他ないんだけどね。特にね……江崎さん……あの……いや、千代さん。あの……僕の話をね、聞いて欲しいんだね……君はとっても」

「話さないで。私は何も聞く事はない。ただただ、あんたが気持ち悪い。人として最低だかんね」


 涼が思い描いていた展開は最早軌道修正も不可能となり、燃え上がる彼らによって完全に灰燼と化した。

「大人の男って素敵!」

 そう言って微笑むはずだった茜はこの世で一番汚いものを見ているかのような表情を浮かべ、眉間に皺を寄せている。すると、茜が涼の傍に立った。実は不安なのだろう。「大人」の自分の包容力を頼りに無意識に近付いて来たのだろう。なんだなんだ。そうか。可愛げあるじゃない。涼はそう思い込むと、激しく高揚感を覚えた。


「涼さん……怖いよ。あいつに何か言ってやってよ……」


 きっと、怯えながらそう言う筈だ。用意していた言葉達が一斉に雄々しく立ち上がり、整列を始める。発射準備が整った所で、茜は涼に言った。


「事情が分からないと思うんで。あっちの部屋に行っててもらっていいですか?すいません」


 茜の他人行儀な言い方に涼の頭は途端に真っ白になる。発射準備を終えた言葉達は発射する事なく、涼の目の前でいきなり自爆した。頼りにされる所か、気を遣われたのだ。いや、邪険にされていた。何とか前へ出ようと、涼は痛み始めた胃を抑えながらも言葉を吐き出した。


「茜ちゃん……。あの先生が……ストーカーの正体って事?」

「そうです。身内話みたいなもんだから、あっち行っててもらっていいですか?恥ずかしいっていうか、気遣うから。私達、本気で怒ってるんで」

「あぁ……分かったよ」


 涼の計画は全て崩れた。最初から計算違いだったのだ。彼、彼女らの底に秘められた力に気付かなかった。

 完全なる敗北だった。ベッドで少し横になろうか、と考え足を一歩踏み出す。

 今日は何も考えずに眠ろう。失敗だ。浅はかだった。怒声は鳴り止まない。出る幕もない。

 怒りが収まらない様子の翔の横で、茜はある事にふと気付き、涼の背中に声を掛ける。


「涼さん!待って!」


 涼の背中を叩いた言葉はその心のドアをもノックした。脳内で途端にアドレナリンが噴出す。その音すら聞こえて来そうで、涼は満面の笑みで振り返る。


 そして、茜は涼の目を見据えて言った。強く、隙の無い目だった。

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