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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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メモ

忍び寄るストーカーの気配。その標的が分からないまま彼らは困惑したが、岳がある発見をする。戦慄する面々だったが…。

「鍋パーティーだぁ!何だよ純!先に来てたんかよ!よっしゃー飲むぞぉ!」

「おじゃま!純君と稲村に花園屋でサンガリアの謎ジュース買って来たよ。冷蔵庫入れとくね。純君、この前言ってたレゲェのCD、はい!今の私の超おススメだから!」

「ねぇ、良和君!まな板ふたつあったっけ!?あ、おじゃまします!いつも言うの忘れるわ」

「茜、来てる!?来てるじゃーん!なんでメールの返事してくんないの!?え?センターで止まってた?嘘だ!絶対嘘だね!裏切り!?ねぇ!嫌がらせじゃないよね!?私、何があっても茜と絶交なんかしないからね!」

「おう。おじゃまするよ。わりぃ、矢所さんどいて。ちげーよ、座れないんだよ。あ、稲村連れて来たぞ。猿渡はマジで勘弁だけど。ヨッシー、ジョジョの6部って何巻までここにあったっけ?」

「うぃーっす。がっちゃんまだいねぇの?あ、サンガリア?茜さん、あざっす。今日はよ、鍋にゴキブリ入れるゴキブリだぜぇ!へへっ」

「ヨッシーはやっぱ……友達多いなぁ。友達が多いって事はさ、それだけ凄い友達って事だもんな。友達が凄い奴と友達の俺は本当凄いって事だよな。え?意味分からない?なんでかなぁ」


 涼と共に到着した岳が玄関の前に立つと部屋がやけに静かな事に気が付いた。いつもなら忙しなく次々と嬌声が漏れ聞こえてくるはずだった。きっと、彼らがまた何かのサプライズか悪戯でも考えているのだろう。

 岳は受けて立ってやろう、とにやけながらドアを開く。すると、予想外の光景が待ち受けていた。ダイニングで彼らは輪になり、押し黙ったまま何かを取り囲んでいたのだ。

 すぐに岳が皮肉を混ぜた言葉を彼らに掛けた。


「おまえら何してんだよ。新しい宗教?」


 岳の後に続き、涼が絶句する。


「どうしちゃったのぉ?おいおいおい……お葬式じゃない」


 部屋には関口が食材を切り刻む軽快な音だけが響いていた。岳の姿を見るなり、茜が立ち上がって手招きをする。


「がっちゃん!早く!これ見て!」

「何?無修正?」


 岳が輪の中をのぞき込む。汚い字で書かれた一枚のメモ紙を手にし、朗読する。


「えいがにでもいったのかな?

 きざなせりふのひとつくらい

 そのきがなくてもいえるんだ。

 またみちがえたうつくしいき

 みをみたよ」


 良和が頭を掻きながらうんざりした表情で言う。


「これがいつの間にかポストに入ってたんよ。これ、何なん?」


 翔が腕組みしながら言う。


「何か思い当たる節、あるの?」

「最近誰かに玄関のドアノブ回されたんよ。あと、夜になると誰かが部屋を見に来てる」

「なるほど。伏線があった訳だ」

「俺ら毎度うるせーから近隣住民が嫌がらせし始めたんかもしんね。この前もゴミの事で怒られたし」


 翔は腕組を解いて眉間に指を立て、しばらくの間そうしていた。すると突然、何かを閃いたように口を開いた。


「犯人は単独犯だわ。周辺住民の俺らに対する嫌がらせの線は薄いぜ」

「何で分かるん?」

「二人称のメモを書くって事はよぉ、個人に宛てた意思があるって事だろぉ?意思があるって事はよぉ、個人的なうらみ、つらみ、ねたみがあるって事なんじゃぁねぇのか?あぁん!?集団だったらわざわざ個人に宛てたメモを書くなんてよぉ?考えられないぜぇ!?騒いでるのはおまえ一人じゃねぇからなぁ!?」


 口を歪ませてジョジョ風に解説する翔の言い分に、皆が「なるほど」と頷く。茜が「結局、ドアノブ犯は分からなかったんだ?」と聞くと良和は「わかんなかった……」と落ち込んでみせた。


 純はメモを手に、良和に訊ねた。


「ヨッシー、映画行ったの?」

「行ってねぇよ。ここ最近はビデオ屋とミルキャンしか行ってねぇ」

「うーん……じゃあ何だろ。この映画がどう、とか、気障な台詞がどうとか……」

「まるで分からねぇん。そもそも、気障な台詞なんか言う機会がない」

「まぁ……だろうね」


 純は隣に座る茜と目を見合わせ、首を竦めて見せた。この状況がもたらす妙な不安に、茜は自然と純に肩を寄せる。

 彼らはメモを回しながらその意味を解き始めた。稲村は「ひらがなだから読めるけど、意味がわからねぇ」と漏らし、松村は「きっと、優しい人なんだなぁ」としきりに感心し、佑太は「ギブ!」と叫んで後ろに倒れた。


「ヨッシー!もう小木呼んでこの辺の奴ら片っ端からボコすべーよ!安心してここに来れねぇぜ!」

「それは普通に犯罪だから止めてくれ……マジで」


 涼はただ一人、彼らの輪の外から声を掛けた。


「ヨッシーは恨みつらみ、買われるようなタイプには見えないし……そうは思えないんだよねぇ。それに、メモの内容も愛を伝えてるっていうか……ストーカーのようだし。けど、男の字ってのが妙だねぇ……」

「いや、男をストーカーする男だって居ますよ」


 翔がそう言うと千代が「でもさぁ。良和君って最近……何か見違えた?」と訊ねる。翔は「太った」と言って周りを笑わせる。良和が「バレてたか」と言って苦笑いを浮かべる。

 神妙な顔をしつつ、涼は今にも噴出しそうになっているのを堪えていた。どうやら思ってた以上に上手くやってくれたようだ。

 その時、岳が視線を落としたままぽつりと言った。


「江崎、千代」


 一同は目を丸くしながら岳を不思議そうな目で見る。声に苛立ちを含ませ、岳はもう一度言う。


「江崎千代!」


 千代は腰を浮かせて「え!?私!?」と小さく叫ぶ。松村が「告白かぁ!?」と笑うと千代が「マジで!?今!?ちょっと!心の準備させて!」と深呼吸を始める。

 煙を吐きながら岳がメモを手元でひらひら、とさせながら言う。


「ちげーよ。ここに書いてあるのは、江崎千代。千代さんに宛ててって事だって」

「意味分かんない。ちゃんと読んでる?」


 茜がそう言うと、岳は皆の前にメモを差し出して見せた。


「斜め読みしてみ」


 彼らはメモを奪い合うようにして手にし、「え」から斜めに読んでいくと「えざきちよ」という言葉が浮かんだ。佑太が驚嘆の声を上げる。


「何でこんな簡単な事分かんなかったん!ちきしょー!つーか、なんでがっちゃん分かったん!?」

「友利に縦読みすると「あいしてる」って読めるメール送る事あるからね」

「さっすがロマンチスト!」


 佑太は嬉しそうにそう叫んだが、茜は咄嗟に左隣に座る千代の肩を抱き寄せた。千代の顔が見る見るうちに硬直し、青褪めて行くのが分かる。半ば放心状態になりながら、いつもの威勢を失くした千代は震え出す。


「どうしよう……私狙われてんの?っていうか……何で家じゃなくてここな訳?」

「千代、私達が付いてるから大丈夫よ。ガードマン兼店員のがっちゃんいるし、翔が分析すれば犯人だってすぐに見つかるよ!送り迎えは純君がしてくれるし」


 純が千代に向かってピースサインを送る。しかし、千代の顔に笑みは浮ばなかった。


「名前とか……ここに来てるのバレてるとか……相当調べられてるんじゃないの?」

「大丈夫だよ!ねぇ……念の為に聞くけど、佑太じゃないよね?」


 佑太は立ち上がり、全身を使って否定の意思を示した。


「ふざけんなよ!俺はこんなの書ける程、頭よくねぇ!」

「そうだったわ……忘れてた。馬鹿で良かったけど」


 濁った不安が部屋中を掻き混ぜ、走り回る。佑太の提案で二人一組になり、近隣を警戒しながら見回る事にした。

 岳と翔。佑太と純。稲村と良和。風が強く、寒さの為にすぐに身体は震え出した。しかし、標的が「千代」という個人だった事に対する怒りが彼らの不安を突き破った。


「純。俺……犯人見つけたらぶっ殺しちまうかもしんねぇ。そん時はよろしく」

「まぁ……許せない奴だけど……」

「千代見ただろ?あんな真っ青になっちまってよ」

「あぁ……可哀想だったね」

「マジ……殺してやりてぇ」

「捕まえたら聞く事聞くのが先じゃないかい?」

「そんな余裕あると思うか?いくらフラれたっつってもよ……純なら分かんだろ?」

「え?何で?」

「もし、森下が同じ目に遭ってたらどうなん?」


 目が血走っている佑太の言葉に、純は暗闇を睨みつけながら答えた。


「それは、許せんわ」


 翔は「武器を探そう」と岳に提案し、落ちていた枯れ木を警棒代わりにしながら二人は歩いた。


「がっちゃんは警備もやってんだし、こういうの得意だろ?」

「警備は「見て」守るもの。見つけるのは得意でありますが、戦闘は任務外であります!」

「んだよ!役立たねぇなぁ!もう川博行くのやめっかな」

「たまには来て下さいよぉ」

「元々そんな行ってねーけどな」

「地元だからそんなもんよね。あー、これで青柳ぶん殴りてぇわ」

「それは同感だわ。「ほぉー!」って叫ぶかな」


 二人の笑い声がそれとなく聞こえてくる。それ程にアパートのダイニングは静まり返っていた。

 関口が鍋の様子を見た後に、千代の隣に腰を下ろした。


「もうすぐ鍋出来るけど、皆まだ戻って来ないか。千代、大丈夫!私達がついてるよ」

「うん……ありがと」


 力なく笑う千代の姿に関口と茜は思わず胸が締め付けられそうになる。何とか励まそうと関口は笑みを浮かべながら「彼ら」を引き合いに出す。


「だってほら!ここに居る男達ってさ、ストーカーより変態だし危ない人ばっかじゃない!?」

「確かに……そうだね……」

「良和君なんか言葉汚いけど……ウンコ見て興奮するんだよ!?異常だよ!?」

「うん。本当ね」


 千代は力なく笑うと、茜の手を握った。茜は何も言わずに握り返し、千代に微笑んで見せる。


「がっちゃんなんか「山」見て興奮するんだよ!?もはや相手が「人」じゃないし!純君はちっちゃーいゲーム機でずっと遊んでるじゃない?しかもラップぶつぶつ呟きながらだよ!?座敷わらしみたいに部屋の隅っこでさぁ。松村君なんかもう何言ってるか分からないし、何か危ないのやってるかもしれないよ?」

「あはは!麻衣、それもう悪口だよ!」

「おいおい、俺……ここにいるんだけど」

「やだ!居るの忘れてた!ごめんごめん!」


 落ち込む松村を他所にいつものトーンで千代が笑い始め、その様子に安堵した関口が調子を出し始めた。


「猿渡なんかただの犯罪者予備軍だし、佑太なんか隙あらばマジで手ぇ出すしね!翔君だって女の子より実は数字が好きかもしれないし、きっとうちの「変態」達が本気出したらストーカーも逃げちゃうよ!」

「ははは!やだぁ。私達って今そんなのが集まってる所に居るの!?」

「そうだよ!そして今から一緒に鍋食べるんだよ!」

「えー!逆に食われそうで怖いんだけど!」

「でしょ!?ストーカーよりあいつらの方が怖い!そこで私達は平々凡々とやってるんだからさ!」

「だよね。ありがと。ちょっと元気出たよ」


 茜が千代に力強く頷いてみせる。千代も同じく頷く。彼らや茜が傍にいる限り、ここで何が起こっても大丈夫だと思えてくる。

 涼が煙を吐きながら千代に言う。


「俺はさ、姑息な真似をする奴は許さないよ。男としてね」

「涼さんは変態じゃないだろうけど……大人がいれば心強いね」

「変態かもしれないよぉ!?けどさ、大人としてストーカー野郎に一言物申したいけどね」

「そうですね……私も思いっきり言ってやりたい」

「標的が……変わったりしなきゃいいんだけどさ」


 涼の言葉に千代と茜は眉間に皺を寄せる。千代に代わって茜が涼に訊ねる。


「どういう事?」

「ヨッシーが一人で居る時にドアノブが回されたのに「江崎千代」って書かれてたって事はさ、ここに居る全員が標的なのかもしれないよ」

「何で?」

「可愛い子ちゃんが多いからね……」

「何その言い方。古臭っ」

「とにかく、気は抜かないほうがいい。絶対にね。どこに犯人がいるか……分からないからね」


 そう言いながら涼は煙草を揉み消し、溜息をつくと和室へと足を運んだ。そしてとうとう堪えきれなくなった笑みを吐き出すように思い切り零した。


「おめぇは待ってろ」と佑太に指示された松村は手持ち無沙汰になり、漫画でも読もうかと思い立ち何気なく和室を覗き込む。

 その室内に異様な違和感を松村は覚える。雨戸の閉められていない窓ガラスに浮かんでいたのは、満面の笑みの涼だった。

 目を見開き、半月のように口角を恐ろしいほどに上げている。松村はその姿に狂気と恐怖を感じ、声すら出せなかった。

 すぐ背後では関口と茜と千代が髪色について楽しげに話し込んでいる。

 しかし、松村は振り返る事すら出来ない。涼とガラス越しに目が合ったはずだった。しかし、涼は一切逸らさなかったのだ。

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