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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
147/183

ワンブリッジ

純と茜は偶然良和と出会い、とある出来事を伝えられる。一方、店内で孤立を深め続ける青柳は翔に対して優位性を得ようとするが。

 季節がすっかり冷え込んで来た頃。枯葉を舞い上がらせながら、純の運転するミラが茜を乗せて枯葉を舞げ進んで行く。

 二人はどちらともなく誘い合い、ほんの数時間の会話を楽しむ機会が増えていた。背伸びをした後に見た光景を頼りに、互いにとって心地良い距離を探しながら歩き始めたのだ。今度こそ、地に足をしっかりと着けながら。


 ツタヤに行き、CDコーナーで互いに好きなアーティストを勧め合う。純が洋楽のヒップホップコーナーで「あっ」と突然何か思いついたように笑った。


「そういや最近ヨッシーがネリー聴き始めたんさ」

「えぇ!マジ?良和が!?」

「どう聴こえてるのか分からんけど「磯野家がチャンピョーン」って口癖みたいに歌ってるよ」

「何の曲よ、それ。まぁ強いのが好きそうだし、言葉分からなくても分かりやすいのが良和には良いんだろうね」

「そうだと思う。あとさ、佑太に勧められて最近B系の服着るようになったんさ」

「誰が?」

「ヨッシー」

「へぇ。まぁ良和だったらガタイ悪くないし……合わなくもないのかな?でもさ、佑太ってヒップホップの要素ないでしょ?」

「無いね。どちらかっつーとヤンキー?」

「それも犬ジャージのガルフィ?とかじゃなくて、しまむらとかに売ってる感じの中学ヤンキー服ね」

「ファイヤーパターンとかの?そういや佑太、着てるな」

「そうそう!ダッサイ奴!」

「ははは!良く見てるなぁ……って、あれ良和じゃない?」

「え?」


 茜が指差したほうを見るとビデオを抱えた良和が目に入った。良和も二人に気付いたようで、片手を上げながら二人に近づく。


「おぉ、ご両人」

「いやいや。そう見える?しかし、外で偶然会うのって不思議な感じだな」

「私が純君をアッシーに使ってるだけだからね?勘違いしないでね?」

「まぁ、仲が良いのは何よりだ。倉本ちゃんのビデオ借りたんよ。帰ってヌクわ」

「良和!生々しいんだけど」


 茜がそう言って手元を口で塞いで笑う。純も肩が揺れている。


「二人がどういう仲でも別にいいん。誰かに言ったりもしねぇよ」

「別に言ってもいいよ?やましい事なんか何もないし」

「あってもいいよ。その代わりさ、森下」

「何よ?」

「あのさ、今度マジで俺に女の子紹介してくんね?」

「えー!?それ……素面で言ってんの?」

「当たり前じゃん!」

「いきなり一対一ってのはなぁ……あ、合コンみたいのだったら企画してあげてもいいよ」

「やったぁ!マジありがてぇ」

「その代わり誰かまともな人連れてきてよ?」

「あ、そう。じゃあがっちゃんでいいや」


 純は岳を思い浮かべ、岳を代弁するつもりで言う。


「それは断られるんじゃない?」

「えー?何で?」

「きっと「俺に友利がいるの知ってて誘うのはなんとかかんとか」ごちゃごちゃ言って怒ると思うよ。それに、知らない女の子とか本当嫌がるし」

「あー……無理かぁ。じゃあ翔だな」


 その途端、茜が店内に良く響く明るい笑い声を立てた。


「翔!?二人揃って童貞じゃん!」


 茜の笑い声に良和はビデオを抱えたまま顔を赤くし、純は咄嗟にCDコーナーに目を移した。何故か頬が急激に熱くなっていく。


「だって……他にいねぇで。佑太はあんなんだし。猿渡はグロ動画見せるし松村はアホだし……稲村はホストマニアだし……スン・シンは日本語怪しいバイだしなぁ」

「本当あんた達ってロクな男いないね。もう一人くらいどうにかならない?そうすれば組みやすいんだけど」

「うーん……詰んだかな……早くも弾切れ……起死回生の術はなし……と思われたその時!」


 良和は目を見開き、世紀の大発見をしたかのような表情をし始めた。


「その時?」

「なんと!涼さんがいた!まともだし、大人だし、絶対童貞じゃない!」


 純と茜は自然と目を見合わせる。茜は肩をすくめながら答えた。


「まぁ……近いうちセッティング出来るようにしてみるよ」

「ありがてぇ!進み具合とか、また教えてくれよ。とりあえず帰ってヌクわ」

「あぁ、そう。皆集まる場所なんだからあんま汚さないでね」

「てぇっ!いいじゃん、俺ん家だで」

「だっていつも汚いんだもん。ねぇ?純君」

「そう。床を指でなぞるとさ、指の先白くなるんさ。森下知ってた?」

「うへっ……聞かなきゃ良かった」

「じゃあ、また。まぁ、あの、その……色々楽しんで」


 良和がぎこちなく二人にそう言うと二人は「何を?」と口を揃えて笑った。先を行った良和が何かをふと振り返り、大きな声を上げた。


「そーいやぁさ!」


 良和の声に店中に居た客が一斉に振り返り、茜が顔を顰めた。揺れた拍子に純と肩が触れ合う。


「声でかい!恥ずかしいから。聞こえてる!何?」

「昨日の夜、誰もうち来てないよね?」

「どういう事?」

「ピンポンもなしにドアノブ何回もガチャガチャ回されてさ。悪戯かと思って」

「何それ。近隣住民の復讐かな?純君行った?」

「いや。佑太とか彰は?」

「佑太は仕事してたし、彰は大田の風俗行ってたからちげーって」

「じゃあ……うーん……やっぱ分からん」

「ま、どうせ幽霊だろ。じゃあね」

「あぁ、また」


 今度こそ先を急いだ良和を見ながら茜が笑う。


「どうせ「幽霊」って……私達とんでもない場所で集まってんだね」

「まぁ霊とか見えんからどうでもいいけどさ。でも何か、嫌だな」

「ドアノブの件?」

「うん。何もなきゃいいけどさ」

「本当、ね」


 茜は何人かの顔を思い浮かべてみた。悪質な悪戯を仕掛けても、正体を明かさずにするような面子が浮ばず、すぐに考えることをすぐに諦めた。


「純君。ちょっとCD買ってっていいかな?」

「あぁ。実はアルバム買えるくらいポイント貯まってんだよね」

「マジ?どんだけツタヤ好きなの。すっごいね」

「ははは。プレゼント……って言うのはおおげさだけどそれで好きなの買いなよ」

「え?いいの?」

「うん。せっかく貯まったなら使わないと勿体無いしさ」

「ラッキー!純君、たまには使えるじゃん」

「喜んでもらえて何より。だけど佑太みたいな事言わんでくれる?」

「だっていっつも使えないんだもん」

「きびしー」


 そう言って二人が肩を並べて歩き出した深夜。灯りの消えたアパートの前で、男は独り言を呟きながらメモを取っていた。


「今日は……ゼロ……と。そうなんだね、赤井君も中々に良い子だと思ってはいたんだけど、やはり深夜に居なくなってしまうんだね。夜遊びは群馬で覚えたのかな?いけないね。笑顔が良い子の森下さん、優しい優しいいいい……関口子女……はお見かけしたね。髪の毛が茶色だったからね、少し悪い子になったね。お尻が良い子の江崎さん、君は特別なんだね。忘れてね、ないからね。皆の事ね、知ってるんだね。でも……誤解されたままなのかな?また、来るね」


 満足そうに男は呟くと、メモを片手にその場から立ち去った。


 うわごとのように青柳が翔に向かって何か言っている。翔はそれを意識の外に次々に放り投げ、良和から聞かされた「合コン計画」の事を夢想していた。

 どんな女の子が来るのか、自分に面白い話しは出来るのか。仲良くなれたら携帯電話の番号を交換したいが、そのタイミングはいつすれば……止まらぬ楽しい思案を青ヒゲを浮かばせ、眼鏡を曇らせた青柳が打ち壊す。翔の肩を二回、叩く。


「ちょいちょい、おまえさん。いつから師匠の言う事を無視するようになったんです?」

「師匠?誰っすか?」

「かぁー!アカン!これはワシの失敗です。こんな生徒を育ててしもうたなんて……」

「いや……あなたのせいで失敗したのはこっちなんですけど」

「棚上げしましたね?ワシが言いたいことはこうです。廃棄のロスは店のロスに繋がります。すなわち、給料にモロに影響が出るんです」

「だから頼まれもしないのに毎日丸々廃棄買い取ってんですか?意味ないっすね」

「これやから翔さんは……あぁ!アカン!全くアカン!「先見性」という物がまるで見えません!」

「じゃあ青柳さんには「先見性」はあるんですか?これから先……どうするつもりなんです?」

「まず、最初に言うときます。わしが目指すのは「ワンブリッジ」です」

「は?何です?」

「せやから……ワンブリッジで分かりませんか?って言わせるんかい!わしにそないな事、言わせるんかい!」


 一人でおおげさに笑い声を立てる青柳に翔は心底辟易とする。


「一ツ橋大学の事に決まってますやろ!」

「一ツ橋だってのは分かってますよ。入ってどうするんですか?」

「どうするって……かぁー!これやから!あかん!もう聞いてられへん!」


 青柳はそう大声で言うと、大げさに肩を竦めてみせた。手を広げた拍子にレンジの上に置かれたキャンペーン用の資材に手が当たり、バタバタと音を立てて資材が落下する。それを拾う姿を見て翔は唾を吐き掛けてやりたい気持ちになる。


「そうですか。で、さっきの話し……俺には青柳さんの話したい事が見えてこないんですけど」

「つまり、リスクの分散です。廃棄買取に協力して頂きたい。猪名川さんもです。リスクを分散し、皆でロスの実感を共有すればプラスへ働く意識へと繋がります。すなわち、行く行くは給料が上がります。その根拠としてまず、第一に……」


 青柳が得意の「根拠」を述べようとすると翔が声を荒げた。


「オーナーでもないあんたが俺に廃棄を買取れと?ロス出ないように売る事考えるのが商売なんじゃないっすか?違います?」

「その……それは……ロスが出てしまうのは大きな売り上げを得る為には仕方無く……」

「それじゃあさっき言った事と矛盾しますよね?どうなんです?単に青柳さんの金が無いから、思い付きでそれらしく言っただけなんじゃないですか?それをアレコレ言い訳して、こっちに押し付けようとしてるだけですよね?」

「それ……それはその、違う。ちゃうちゃうちゃう……分かってへん、分かってへんのです。分かってへん……」

「分からないのはあんたの立場だよ。コンサルじゃないっすよね?ただのバイトでしょ?」

「バイトの前は……遥か昔は大手の証券会社に勤めてましたが……何か?」

「何か?じゃなくてさぁ……今の話してんだよ。バイトはバイトらしく接客してりゃいいんだよ。それすら出来ない青柳さんに何か言う資格はないと思いますけど」

「……………………」

「言いたいなら青柳さんが逃がしたお客さん達、呼び戻して来て下さいよ」

「……………………」

「掃除行ってきます」


 青柳は俯きながら、自らの頬を力強く叩いた。オーナーに「止めてくれ」と懇願されていた癖だった。そして、その翌日。

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