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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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反撃

久しぶりに岳と友利に会った純。純は茜に対して思い悩んでいた事へ対し、ある一つの答えを手にする。そんな明くる日、純は涼と食事へ行くことになり…。

 良和はその週末、専門学校受験へ向けた準備の為に慌しく動き回っていた。

 涼にスーツを借り、かと思えば腰回りが大き過ぎた為に純を電話で起こし、大慌てでベルトを借りて飯能市まで赴いた。

 土曜は夕方から日曜に掛けて群馬に泊まり、置いてきた愛犬へ会いに行くのだという。


 アパートへ集まらず外で集まろうか、という話も出たが岳が「パスで」と言った為にその週末は特に集まりは開かれなかった。

 金曜の夜。純は配達前、岳に顔を出すついでに岳のバイト先のコンビニへと立ち寄った。

 駐車場で掃き掃除をする青柳が車から降りた純に声を掛ける。


「いらっしゃいませ。最近めっきり寒ぅ、なりましたやろ?年なもんで、膝やら背中が痛くなる一方でして……」

「あぁ、へぇ」


 純はそう返しただけで店内へと急いだ。精気がなく、無精髭を浮かばせる面長の青柳の風貌を見た純は何故か「災いが感染る」と感じた。


「いらっしゃいませ。おう、純君」


 せ、の語尾を伸ばさないのが近頃の岳の掛け声だった。

 金髪だからこそ、馬鹿な店員だと思われたくないのだと言う。


「やぁ。もうすぐ終わりかい?」

「久しぶり」


 突然横から女性の声で話し掛けられ、純は一瞬驚く。声のした方を向くと、雑誌コーナーの前に友利が立っていた。

 色は相変わらず白かったが、元々大人びた風貌が更に大人になったように思えた。胸元まで伸びた髪は赤茶に近く、緩やかにパーマが掛かっていた。


「友利ちゃんか!ビックリしたわ。あー、そういう事かい!」

「まぁ、そういう事。だから今週はパス」


 岳が笑って答えると、友利は声を漏らさず笑ってみせた。


「岳から聞いてたけど本当にヒップホッパーな感じになったんだね」

「感じっていうか、まぁそうだね」

「元気そうで良かったよ。彼女は出来た?」

「いやぁ……まぁ、うん。そのうちかな」

「へぇ」


 そう呟いて友利はにやけた。


「え?」

「ううん。まぁ、色々頑張ってね。岳の事、これからもよろしく。今週はごめんね」

「いや……いつも借りてるのはこっちだからさ。本当申し訳ないね」

「ちゃんと返してくれればいいよ」


 そう言って友利は手のひらをひらひらさせて笑った。こうして向き合うと友利の背の高さに純は改めて驚かされた。岳と全く同じ身長だと言っていたが友利の足は長く、岳よりも背が高く感じる。

 それは純にとって茜と並んでいる時が一番安心する高さだ、と思わせた。

 レジに立つ岳に純は冗談めいた口調で言う。


「がっちゃんは友利ちゃんを誰かに貸したりしたりしないの?」

「はぁ!?テメェふざけんな!マジで調子乗んなよ!」

「はははは!」


 台風の過ぎた夜から純と岳には微妙な変化が生まれていた。

 それは決して悪い変化では無く、二人の間には妙に懐かしい空気が生まれていた。


 純が買い物をしている間、岳は友利の側に立ちながら耳元に唇を寄せて何か囁いていた。

 腰の辺りに手を回している。

 そんな光景を見て純が感じていたのは昔の様な驚きや気恥ずかしさではなく、共感に近いものだった。

 匂いや温度、肌触り、言葉の外でのコミュニケーションの様々を思い出す。いつの間にか茜の温度や柔らかさを思い出し、胸が高鳴る。また触れたい、と無意識に感じてしまう。


 純がレジに立つと岳が振り向いて笑った。


「あ、レジ勝手に打っていいよ」

「あんたそれでも店員かい!?まいっちゃうなぁ」


 しぶしぶ、といった様子で友利と離れた岳は手早くレジを打つ。純は友利に挨拶して店を出た。

 小さく手を振る友利。高校時代からいつまでも変わらない雰囲気を持つ二人。


 純は茜との距離の取り方を思い悩んでいた。


「もう迎えに来ないからね」


 そう言った時の茜の目はとても、悲しげだった。

 岳ならば友利に意図的に迎えに来させたりするだろうか?いや、絶対にそれはしないだろう。きっと、友利も探しはしないのだろう。

 フロントガラス越しに店内の二人を眺める。時折前を横切る青柳が激しく邪魔に感じる。

 友利は雑誌を戻すと、小さく欠伸をした。オレンジに近い色の唇に、柔らかな印象を受ける。

 岳はモップで店内の掃除を始めた。何度も友利の背後を通るが、互いに声を掛ける様子はない。

 純はふと思いつき、ひとりごちた。


「そっか……あぁ。なるほど」


 相手にとって自分が必要かどうかでは無く、相手にとって自分の何が必要なのか。そこからまずは始めてみようかと、純は思いながら夜の国道を走り始めた。


 土曜の昼。純は携帯の着信音で目を覚ました。


「あー……誰だよ……うっせー……」


 ディスプレイを見ないまま電話を取る。


「もしもし……?」

「おっはよーざーす!純くーん!」

「あぁ……涼さん?」


 それから一時間後。純は涼の運転するベンツの助手席で何度も落ちそうになる瞼を擦っていた。


「いやぁさ、暇で暇で仕方なかったんだよ!メシ一人で食うのもなんだかさ」

「そうっすか。協力出来たようで……何よりです」

「あれ!?眠い系な感じ!?俺のトーキングでバチッと目覚ましちゃうから大のジョーブだよ!」

「ははは、お手柔らかに……お願いします……」

「あー!寝ちゃう寝ちゃう!」


 辿り着いた場所は噂で聞いていた料亭ではなくファミリー層向けのイタリアンレストランだった。気張らなくて済みそうだ、と胸を撫で下ろす。

 B系スタイルで高級料亭に入るのはどうしても気が引けたのだ。


 パスタを食べながら涼は純からバイトの事などを聞き出していた。涼は話しに対して面白いほど大きなリアクションを取るので、純も知らぬ間に饒舌になる。


「新聞配達って奥が深いんだなぁ!俺もさ、昔牛乳配達ならやった事あったんだけどさ」

「へぇ!そうなんですか?」

「あぁ。中学入る前は家計も小遣いも厳しくてね」

「ずっと金持ちなんだとばっかり思ってました。家にカラオケあるって聞いたし」

「あぁ、こっち越してきてからね。防音にしてカラオケルーム作ったんだ」

「へぇ!すげーな……」

「俺さ……おふくろが中学ん時に死んじゃってさ」

「そうなんですか……」

「まぁずいぶん前の話だけどね。そこから親父が「俺がおまえを育てる」って意気込んでねぇ……。その時から事業が上手く行き出してさ。欲しいもんは何でも買ってもらったよ」

「例えばどんな?」

「プラモのヘリが欲しいっていったら「そんなチャチなもん男が持つな!」って言ってさ、埼玉で一番高いヘリのラジコン買ってもらったりね」

「マジっすか。凄いな……」

「だから……昔から欲しいものは絶対手に入れたくなる性格なんだよね」


 涼はそう呟いてから煙草に火を点けた。途端に表情のどこかが欠けたように純は感じたが、それが何かは分からないまま違和感だけが残った。


「純君は誰か好きな人いるの?」

「俺ですか……いや」

「そう。欲しいもんは手に入れないとダメだよ?」

「その実力が俺にはないからなぁ……」


 純が苦笑いすると涼が相好を崩した。


「何でも話聞いてくれる優しい面があるじゃない!それっていいじゃない。女の子、喜ぶよ」

「そうですかね?金は無いけど」

「金なんか幾らでも作れるんだから。いいんだよ」


 涼の言葉には余裕があった。しかし、それは何処か遠くから掛けられている言葉のようにも純には聞こえた。ほんの出来心で、確かめようと純はある質問を涼に投げ掛けた。


「涼さんは……好きな人とか、彼女とか……いるんですか?」


 純がそう訊ねてコーンスープを皿に載せると、涼も同じように珈琲カップを皿に載せた。


「純君。もう一度聞こうか」

「はい?」

「純君は誰か好きな人いるの?」

「俺は……えっと……」


 純が答えようかどうか言い淀むと、涼は刺すような目付きで純を眺め始めた。

「目がヤバイ」

 そう言っていた茜の言葉が、ふと思い浮かぶ。


「好きな人……ですか?」

「そう。好きな人」

「あの……はい。すいません、います」

「その人がね、俺の好きな人だよ」


 分かってはいたが、何故自分の事を知っているのだろう。純は戦慄を覚えた。純を眺めながら、涼は珈琲を啜る。

 そして言った。


「誰かに聞いた訳じゃないよ」

「あの……」

「雰囲気で分かるんだよね。分かっちゃうんだよ」

「大人だから、ですか?」

「まぁね……あのさぁ、ひとつ、いいかな?」

「何ですか?」

「嘘は別に嫌いじゃない。けど、不要な嘘は嫌いだよ」

「そうですか……」

「正々堂々勝負しようじゃない。嘘をつくってのはさ、相手に失礼だと思うぜ」

「はい……あの、勉強ですか。これは」

「なんでもいいけど……まぁ……茜ちゃんに対しても失礼かな」


 純は最近来たばかりのお前に何が分かるんだ。と叫び出しそうになる。しかし、息を呑んで耐える。


「俺は悪いけど……純君には負けないよ。それだけのステータスも、経験も、ある」

「そうですか」

「他人事じゃないぜ?いいのかい?何も無かった訳じゃないんだろ?」


 爪の間を眺めながら悠々とそう訊ねる涼に怒りが込み上げる。


「いや……なんつーか……俺は。何ていったらいいんだろ」

「まぁ……何があろうと、誰だろうと、俺は勝つよ。佑太君だろうが、ヨッシーだろうが、がっちゃんだろうがね……。俺はね……欲しいものは必ず手にするから」


 純の頭をふと、岳と友利の姿が横切った。互いに無理に求め合う訳ではなく、求め合う時にきっと必死で求め合うのだろう。二人の佇まいに余裕と圧力を感じるのは、その間に信用という名の愛があるからだ。

 茜に対して答えを求めてばかりいた事を止め、純は茜に対して何が出来るのかを数えた。それはどれもとても小さく、拙いものばかりだった。しかし、茜を想う気持ちならば小さくはない。純は真っ先に茜が喜ぶ姿を願った。それが例え、自分の力によるものでなくとも。

 涼はひとりごとのように語り続けた。


「純君と茜ちゃんの間には何かあったかもしれないし、それは分からない。けど、それを上回るくらいの思い出も、経験も、俺は茜ちゃんにさせてあげられる。断言出来るよ。あんなアパートに集まってるガキ達には無理な事だってね。何で俺が堂々と純君と勝負出来るか……それは既に、俺が勝ってるからね」

「喜ぶといいっすね」

「は?」


 純の発言に涼は思わず間の抜けた顔になる。


「純君、何だって?」

「いや、だから。森下が喜んでくれるといいですね」


 涼はこめかみにいくつもの筋を浮かばせながら突然立ち上がった。


「……帰ろうか」

「あぁ……はい」


 椅子に寄り掛かって語っていたせいだろう。涼のスーツの背中についた大きな皺を眺めながら純は薄笑いを浮かべていた。

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