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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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ともだち

涼に誘われてアパート近隣を案内する茜。そこで垣間見た涼の狂気に茜は困惑し恐怖を覚えたが、それはやがて急激な怒りへと変わって行く。

 深夜。「貸しだかんな!」と文句を言いながらも、しぶしぶ猿渡を乗せた翔の車が到着した。

 短い道中で猿渡は翔に二回、クロアチア兵拷問の「グロ動画」を勧めたが翔はそれを無視して運転に集中した。

 部屋に入るなり、関口と千代が慌しく二人を出迎える。満面の笑みを浮かべていた千代が「あー!何だよもう!!」と叫び、途端に顔を顰めた。翔はその意味が分からずに酷く困惑した。


「おい。酷くね?誘われて遊びに来てさ、乗せたくもねぇ奴乗せて来たのに……何だよって何だよ」

 

 千代は翔の困惑に気付くと頭を両手で抱えながら、今度は申し訳なさそうな表情になった。


「ごめん、ごめんね。翔君は悪くない。あー、やっぱり行っちゃったかな。あー、私は友人としてどうなんだろ。迂闊だった。あ、猿渡は視界と思考の邪魔だからちょっと向こう行ってて」

「お、俺、まだ玄関上がってないんだけど……。それよりクロアチアの」

「じゃあ上がってどっか行って。ねぇ、翔君。駐車場とかその辺にベンツ停まってた?」

「ベンツ?あぁ、涼さんの?なかったね。来てたの?」


 額に手を置いた千代の背後から関口が「ほらぁ!わざとだよー!」と声が上がる。千代に蔑ろにされた猿渡は良和の居る洋間へ駆け込むと「ラ、ラーゼフォンじゃん!」と嬉しそうに叫んだ。

 関口が如何にもいたずらそうに微笑みながら言う。


「ねぇ、千代。やっぱCDわざと忘れて来たんじゃないの?」

「いや、うっかりだと思うの。茜は忘れた事すら忘れるくらい忘れっぽいし。でもね、私は気付いてた。あの涼さんって人……絶対茜を狙ってる」

「うん。それは私も気付いてたわ。皆もそうでしょ?」


 関口の言葉に佑太と岳は頷いた。純は帰って来ない茜の心配よりも涼に対しての嫉妬心を剥き出しにし始めていた。

 この状況に誰もがあの夏の日を一瞬思い浮かべ、純を見る。薄ら笑いを浮かべながら隅で項垂れている。

 翔がダイニングへ上がると「あー、そういう事?」と呟いた。岳が煙草を揉み消しながら答える。


「そう。そういう事。森下は涼さんのブーブーにCD忘れたってんで、涼さんと出て行って、帰って来てません」

「CD?涼さんの車に?」

「そう」

「じゃあ今日はここに一緒に来たって事かよ」

「その通り!」

「ったく、しょーもねーなぁ。で、涼さんが森下を狙っている、と。森下もまんざらじゃねーぞ、と。そういう事?」

「翔、良い分析官になれそうだわ。卒業前の夏にはきっとCIAから声が掛かるぜ」

「おまえCIAナメてんだろ?まぁ居ない奴の事考えてもしょうがねぇわ。なぁ純君!」


 誰もが純と茜の事が頭を過ぎってはいたが、純に直接確かめようとは誰もしなかった。そんな中、翔が勢い良く純に声を掛けた。


「まぁ、そうね。居ないならしょうがないさ」

「だろ?まぁ元気出せって」

「涼さんは社長だっけ?ヨッシーが良く言うけど、あれは本当かもね。強い人ってのは何でもかんでも得られるんじゃないんかな。俺らみたいなペーペーよりさ、箔がついた人間に惹かれるのはしょうがないんじゃないかな」


 苛立ちと諦めの混ざったような純の口調に千代と関口は無言のまま顔を見合わせた。岳が何か言おうと口を開いた矢先、玄関のノブが回る音がした。

 今度こその茜と涼の登場に千代が絶叫する。


「あー!良かったぁ!帰ってきたぁ!茜ー!」

「何?どうしたの?」


 不思議そうに首を傾げた茜を千代は睨みつけた。


「心配したんだよ!だってこの社長の人、あまり知らないし!何かあったらどうしようって思ってさぁ!」

「何もないよ!ただその辺案内して来ただけ」


 涼が「ごめんっちー!」とおどけて笑う。純は安堵の溜息を漏らしたが一瞬、涼を睨み付けた。


 ベンツは国道へ出ると行き先を決めかねたのか、突然交差点の真ん中で停車した。車の通りが全く無かったものの、昼間なら大惨事という状況に茜は肝を冷やした。


「ちょっと!どこ停まってんの!?」

「ははは!いやいや、どこ行こうか?」

「どこって……どこ案内すればいいの?」

「この辺……かなぁ。何処でも」

「じゃあ……波久礼駅」

「波久礼駅……?いいじゃない。案内してよ」

「とりあえず、右に回って」

「オッケー、いいじゃない」


 車は大きく右にターンをして波久礼駅へと向かった。涼の楽しげな表情に、茜の気分は何故か落ち着かなくなる。


「茜ちゃんはこの辺出身なの?」

「まぁ。ずっと過ごしてたのは男衾だし」

「じゃあ……あそこに集まる人達は皆、同級生なんだ?」

「うん。そうじゃない人もいるけど」

「ふーん……。羨ましいな」

「え?そう?」

「あぁ。大人になるとさ、自然と友達も減るし、遊ぶ友達なんて居なくなるのが当たり前だからね」

「へぇ……そうなんだ」

「そうだよ。皆「青春してる」んだなって、そう思うよ」

「青春してるって言い方、古くない?」

「え!?マジ!?ヤッバー、おじさん出ちゃったよ」

「28だっけ?そんな年でもないしょ」

「28の人と茜ちゃん付き合える?」

「全然オッケー。もっと上でもいいくらい。年下より全然マシ」

「ははは!ラッキー。ついてるわ」

「いや……ええ?あ、もう着きますよ」

「これが駅!?」


 右手に見えて来た駅舎のあまりの小ささに、涼は目を丸くする。車を降りて自販機で茜がミルクティを買い、涼は出回り始めたホット珈琲を買う。自動販売機の灯りが妙に落ち着く。

 純と話し込んでいた冬も、あの夏の夜も、いつも自動販売機の前だった事に気が付く。

 思い出を懐かしむように茜が微笑むと、涼が声を掛けた。


「どうしたの?分かった!実は楽しいんでしょ?」

「ううん。違う事考えてて」

「ううんって……まぁいいけど……」


 涼は不満げにそう漏らし、細巻の煙草に火を点けた。


「あ、ごめん。ついね……」

「……今……好きな人の事でも考えてたんじゃないの?」


 涼の皮肉めいたような言い方に茜は棘を感じたが、素直に答えた。


「……うん」


 茜の返事に涼の表情は一瞬曇る。その表情を見て、茜は背筋に冷たいものを感じた。

 口が堅く一文字に結ばれ、フレームの奥の目は斬り付けるように鋭く細められ、茜だけを見据えていた。

 恐怖に駆られ、茜は「帰ろっか」と口に出すと涼は「あぁ……」と不機嫌そうに呟いた。


 純と円良田湖へ向かう為に通った小さな踏切が見えてくる。笑いながら、迷いながら、抜けた踏み切り。

 二人きりで会えた事に、何故か懐かしさを感じて笑った秋の始まり。

 その時、真っ直ぐ前を向いていた涼が突然言った。


「へぇ……あの踏み切り、通れるじゃない。どこ行くんだろ?どれ……」

「ダメ!」


 そう茜が叫ぶと、驚いた涼が急ブレーキを踏んだ。茜の額はダッシュボードに触れそうになり、思わず身震いする。


「ちょっと……あんなに大きな声でダメって言われたら、ビックリするでしょ。驚いたよ」

「ごめんなさい……あの、軽とかじゃないと進めない道なんですよ。だから……」

「そっかそっか。変な事急に思いついちゃってごめんね。じゃあ、帰ろうか」

「はい……」


 涼は車を発進させると、突然小ばかにするような口ぶりで言った。


「はっぴょーうしまーす!茜ちゃんの好きな人、実はあのアパートの中にいまーす!多分!」

「…………おかしいですか?」

「おかしいねっ!笑っちゃうねっ!」

「そうですか」

「おかしいよっ!いいよいいよっ!松本いーよっ!ははは!俺はね、おかしいよ!だって!だってぇ!」

「だって……何ですか?」

「全員ガキじゃん」

「…………」

「はははは!」


 ハンドルを叩きながら笑う涼を見ながら頭に激しく血が昇って行くのを茜は感じた。しかし、老人ホームで働いている事が功を奏し、気持ちをすぐに切り替えて気分を落ち着かせた。


「ガキでも何でも、皆……私の大事な友達だから」

「そうだね。大事なと・も・だ・ち、だねぇ」

「私の友達を大事に思えないなら、一生私は落とせないよ。そんな人に大事に思われたくないもん」


 茜が自信満々にそう言うと、涼は目を吊り上げた。しかし、深呼吸をして気分を整えている様子だった。


「茜ちゃんの相手は年上の方が絶対いいよ……言いたいのはそれだけさ」

「そ」


 それから数分間、アパートに着くまで茜と涼は一切口を利かなかった。

 ベンツがアパートの駐車場に無事辿り着くと、茜は車を飛び降りるようにしてアパートの階段を駆け上がった。涼がその背中を無邪気に追い掛ける。しかし、その中に「フリ」を感じた茜は涼に対して恐怖すら覚え始めていた。


 茜と涼の早々の帰宅に純は安堵しつつも、茜を繋ぎ止める術を持てない事への不安や苛立ちを募らせていた

 。

 誰かが狙っていると分かっていても、その相手と自分を比べる以前に闘う場所に上がる自分すら想像出来なかった。

 何の実績もなく、社会的地位もない。

 せめて素直に想いを口にすることが出来たら、と思うと気恥ずかしさや自信の無さに自然と口を塞いでしまう。

 ほんの一時でも茜と二人きりになれた涼のスマートさに、純は敗北感を感じ始めていた。

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