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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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火種

誰に対しても想いを素直に打ち明ける涼。それは茜に対しても変わらなかった。純は茜との関係性に歯痒さを感じ始めるが、その間にも涼の気配が迫ってくる。

 佑太が茜の代わりに千代を迎えに行き、アパートで茜の到着を待っていた。玄関が開くと茜は涼と現れた。

「送って来てもらっちゃった」と茜が言うと千代は両手を開いて叫んだ。


「何で!?ちょっと、何でなの!?」


 怒りを滲ませる千代に茜は首を傾げながら弁明する。


「何でって言われても……まぁ運転しなくていいし……?どうせここ来るのは同じだし」

「そぉそぉ、いいじゃないいいじゃない!ねぇ?千代ちゃん」

「良くない!全然良くない!そういうの良くないよ!茜!」

「良くないって言われてもなぁ……さ、何か飲もっ。あ、純君相変わらず暗いねぇ」


「アパートへ行くなら送って行くよ」


 茜は涼からのメールに気軽に「お願いします」と返事をした。車は予定通りの時間に到着すると、スーツ姿の涼が茜を車に招き入れた。

 静かに走り出したベンツ。涼の落ち着いた話し方に茜は興味を持った。


「いつもどんなご飯食べてるんですか?フランス料理とか?」

「はっはっは。そんなもんばっか食ってたら幾らなんでも破産しちゃうよ。忙しい時なんかはカップ麺とかで済ませちゃうよ。現場に出る事も多いから、その時は弁当だったりね」

「へぇ……ずっとスーツじゃないの?」

「現場にも出るから作業着スタイルの時もあるよ。まぁ……毎日必死こいて、やぁっと生活出来てるくらいだよ」

「あはは。社長もやっぱり大変なんだ」


 アパートに居る誰よりも大人で、社会を知っている人。涼の立ち振る舞いや余裕を感じさせる言動に茜は心の隅をくすぐられた。


 涼と共に現れた茜を見て純は雑誌から目を離し、そして丸くした。隣に座る茜が楽しげに「相変わらず暗いねぇ」と歌うように言う。純は途端に胸がざらざらし始め、不安に陥る。

 すると、茜が純にだけ聞こえる声で楽しげに言った。


「驚いたっしょ?」

「いや……なんつーかさ」

「別に何もないよ」

「それ……まだ関係ある?」

「何怒ってんの?……さて、何飲もうかな」

「まぁ……いいけどさ」


 不満げに漏らした純に気付かないふりをしたまま、茜は立ち上がった。すると、純も立ち上がる。

 和室で友利とのメールに破顔で夢中になっている岳を、純は佑太と共に問い詰めた。


「がっちゃんさ、聞きたい事あるんだけどいいかな?」

「あぁ。俺からも聞きてぇ」


 岳は二人に耳を貸さずに「そうなんだよなぁ、でも俺の方が愛してると思うんだよなぁ」と顔を緩めながら独り言を呟いている。佑太は襖を閉めると静かに言った。


「がっちゃん、ちょっと聞きたいんだけど」

「え?あぁ……何?」

「あの「涼」って奴さ、一体何者なん?」

「奴とか言うなよ。ただの頑張ってる地元企業の社長さんだよ」

「社長ならこんな所じゃなくて、もっとしっかりした付き合いとかあるのが普通なんじゃねーの?」

「会社も小さいし、こっち来たばっかでまだ付き合いとか浅いんだってよ」

「でも俺らに構ってる暇なんかなくね?」

「それは知らないよ。元々ただのコンビニの常連ってだけだし。暇かどうかは本人に聞いてくれよ」


 純は苦笑いを浮かべながら岳に言う。涼と一緒にアパートへ来た茜の楽しげな様子も気になっていた。


「がっちゃんには申し訳ないんだけどさ、何か怖いんさ。あの人……」

「怖いかな?」

「あぁ……変な事にならなきゃいいんだけどさ」

「変な事ねぇ」


 岳がそう呟くと襖が勢い良く開かれた。涼だった。


「ちょっとちょっとー!何の密談してる訳!?教えてくれよぉ!」


 そう叫ぶと涼は純に後ろから思い切り抱きついた。「やめてくれー!」と言いながらも純は声を立てて笑ってる。どうやら、脇をくすぐられているようだった。

 佑太は眉間に皺を寄せたまま、その様子を眺めていた。吐き捨てるように岳に「あとで」と言い残し、笑い声を立てる純の横を抜けてダイニングへと移った。


 夜が深まり酒も深まった頃だった。


「茜ちゃんさぁ、今度ご飯行こうよ。皆と一緒に、どう?いいじゃない」

「えー?どうしよっかなぁ。どうする?」


 後から来た関口が茜にそう聞かれ「まぁ、都合よかったら近いうち。ね?」と苦笑いを浮かべている。千代は無言でかぶりを振っていた。

 岳が「行って来れば?」と言うと、良和が「あぁ!一人に全部持ってかれる!」と地団駄を踏んだ。

 肌寒くなり始め、パーカーの裾を指先まで伸ばした茜が良和に言う。


「持ってかれるも何も、別に誰かが誰のもの、なんてないでしょ」

「そうなん?えー……あれぇ?」

「皆、友達でしょ!何もないし、ある訳ないよ」


 一瞬、突き放されたような気分になった純が目を床に落とした。皆の前での建前の言葉なのか、それとも、それが本音なのか。

 傷つくことにすら迷い、悩んでいると佑太の声が上がった。


「メシなんか行くことなんかねぇ!」


 ビールを片手に壁に凭れたまま、不機嫌そうにそう言った。茜が笑いながら言う。


「ねぇ、何?子供?何で拗ねてんの?」

「別に」

「千代も何か言ってやりなよ。本当、ガキ」


 茜に話を振られた千代は「うーん……」と唸りながら首を傾げたきり、黙り込んでしまう。千代に否定の意思を感じ、茜は一瞬焦りを覚えた。

 すると真顔になった涼が口を開いた。


「佑太君……だよね?」

「あ……?何だよ」


 喧嘩腰の佑太を刺激しないような口ぶりで涼は続ける。


「俺さ……佑太君から嫌われてるって言うのは何となく分かるし、感じるよ」

「あぁ。大っ嫌いだよ。それがどうしたんだよ?」

「俺は佑太君に嫌われたくない!寧ろ、好かれたい」


 涼のあまりにも素直な発言に彼らは目を丸くした。自分の弱さを正々堂々と認め、言い切って見せたのだ。

 余りに素直な言い方だった為、岳と良和は笑い声を上げた。佑太は困惑した表情になる。


「は……?はぁ?何なん?俺から嫌われなかったら何か……良い事でもあるん?」

「寂しくないし、楽しい事が増えるかもしれない」

「え……それだけ?」

「それだけ、じゃないでしょう!それだからこそ、いいじゃなーい!」

「え!?マジで言ってんの?」

「マジ、当たり前じゃない。いいじゃない」


 決め台詞のように「いいじゃない」と言う涼の真剣な眼差しに、佑太は絶叫した。


「あー!また「変」なのが来たー!もー!」

「ゆうちゃんよろしくだぜぇー!フゥー!」


 佑太の甲高い絶叫と、涼の高い裏声の絶叫が混じる。

 そしていつの間にか二人は酒を飲み交わしていた。現場に立つこともある、という涼と現場で働く佑太の間には通じるものがあったようだった。

 しかし、純は依然として涼への違和感を拭えないままだった。それはあからさまに茜が絡んだ想いがあるからだった。

 千代と一瞬離れた茜に、純はさりげなく声を掛けた。僅かな時間でも、噛み合わないままでも、とにかく話がしたかった。


「今日、車ないなら送ってくよ」

「いいの?お願いしよっかな」


 茜の気軽な返事に純は顔は綻ばせた。


「あぁ。全然構わんよ」

「あ、涼さんの車に千代に貸すはずだったアムロちゃんのCD置いてきちゃったんだよね。忘れてたわ」

「取り行ってくれば?」

「うん」


 茜が涼に耳打ちすると涼が立ち上がり、玄関を出た。それに続いて茜も外へ出る。

 階段を降り、車に近づくと涼が茜の背中に声を掛けた。


「あのさぁ」

「え?」

「メシ、二人で行こうよ。ダメかな?」


 茜は声を立てて笑う。軽やかだ、と涼は思う。


「ダメかなって、何それ」

「ダメなら良いや、って訳じゃないんだけど」

「あぁ……はい……」

「意味、分かると思うんだけど。考えといてよ」


 涼の言いたい事を理解した茜は思わず頬を赤らめた。とにかく、表現の全てがストレートだった。


「え……私?」

「鍵、開いてるよ。CD取れば?」

「あ、ごめんなさい」


 暗い車内でダッシュボードに手を掛けると、涼が何も言わずに突然エンジンを掛けた。


「この辺知らないんだ。少し案内してよ」

「まぁ……少しなら」


 ドアが閉められるとベンツはすぐに発進した。

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