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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
138/183

バーベキュー

風の中に涼しさを感じるようになった頃、彼らはバーベキューをする。何処か元気がないように見える純を心配する岳。茜はある決意を感じ始めたが口には出さないまま、季節は秋へと向かう。

 九月の土曜、真昼。アパートのダイニングでソーダ味のアイスを食べながら茜が岳に訊ねた。


「そういやバーベキューやる場所ってあるの?かわせみ荘の所とか絶対混んでるよね?」


 台所で焼肉用の網に残った焦げ目を落としながら岳が答える。


「この時期だからキャンプ客も多いだろうし、多分落ち着かないと思うよ」

「じゃあどうすんの?長瀞とかまで行くのダルいよ」

「花火やる場所あんじゃん?玉淀川原。あそこ意外と穴場でさ、人も少ないし静かで良いと思う。それガリガリ君?」

「あー、玉淀川原があったね。いいじゃん、そこでやろうよ。ヨッシーの冷蔵庫壊れてんのかな?このガリガリ君、もう溶け掛けてんだよね」

「捨てちゃえば?」

「えー、もったいないよ。あ、そうだ……純君!はい、あげる」


 溶け掛けたアイスを受け取ると純は「マジかい」と笑う。受け取った拍子にアイスが棒から落ちかけ、純は一気に口の中に放り込む。


「あっ……あー!ぶはっ!」


 急に感じた冷たさに耐え切れなくなり、純はシンクの中にアイスを吐き出した。咄嗟に避けた岳が目を細める。


「あーあー、もう……何してんだよ」


 咳き込み、唸るように「悪い」と呟く純の背中に茜が屈託のない笑い声を浴びせる。

 笑い声の後ろで翔と安田が玄関から顔を覗かせた。


「おーい!俺ら買出し出るぜ!場所、大丈夫そうだったら電話してくれよー!」

「あいよー!これで綺麗になったかな。じゃあ純君、行くかい」

「ごほっ……!あぁ……オッケー。死ぬかと思った……」

「ジジイじゃないんだから死なないでしょ。じゃあ私、千代を迎えに行って、その足で向かえばいいの?」

「あぁ、頼んだ」

「分かった。何か足らない物あったら連絡してね」

「うん。ヨッシー、佑太ぁ!飲み物頼んだぜ!」


 岳の声に洋間から「あーい」と二人の返事が返って来る。前に見たホストクラブのドキュメンタリーを再び鑑賞しているようだった。

 純の車にバーベキュー道具を積み込むと、岳と純は玉淀川原へ向けて車を走らせた。

 寄居の商店街を抜け、川に沿って車を走らせると古い軒先や宿、料亭が立ち並んでいてどこか風情を感じさせた。

 純は車を日陰に停め、背後を振り返る。


「昼間来た事ないから分かんなかったけど、何か風情あるね。けど……観光地とまでは行かないか」

「ちょっとした名スポットだよな。花火が終われば人もほとんど来ない所だけどさ」


 九月の蝉時雨を浴びながら、岳と純は川原に道具を運ぶ。

 急坂を下りながら岳が咳払いをして純の横顔を見る。少し、やつれているようにも見えた。


「純君さ……」

「あぁ、何?」

「何か疲れてない?」

「いやぁ……まぁ色々。毎日朝早いしさ」

「そう。何かあった?」

「うん……まぁ大丈夫だよ。気にせんといてよ」

「まだまだ暑いから、倒れんなよ」

「それは俺じゃなくてがっちゃんじゃない?」

「そうだね」


 岳は鼻で笑うと溜息をついた。純と茜の間に何があったか知る由もなかったが、日に日に二人の距離が近づいているのは目に見えて明らかだった。

 八月の終わり、茜を背負って歩いていた純を思いだす。

 喜ばしいはずの出来事とは裏腹に純の表情は何処か硬く、不安げなものに岳の目には映っていた。


 火を起こす係りはやらせてくれ、と純が頼んので岳は喜んでその役目を純に任せた。

 岳が煙草を吸っている間に近くの森で大量の枯れ木を拾い集めた純は嬉々としてそれをくべ始めた。

 やがてパチパチ、と音を立てながら炎が上がり、枯れ木を次々と放り込むと炎がさらに大きくなり、それを眺めながら純は嬉しそうな表情を浮かべ始めた。

 その表情を見ながら岳は過去の純を反芻していた。部屋でゴミ箱の中身を燃やしていた、あの時の純を。


「純君、もういいんじゃない?」

「いや……もう少し」

「炭に火が移れば良いよ。大丈夫でしょ」

「いや、もう少し……こうしてて良いかな?」

「まぁ……別に良いけど……」


 岳は純の元を離れ、岩場へと移動する。岩の上に立ち、幼い頃にこの場所で溺れた事を思い出す。

 足場を踏み外し、二回急流に流された事があった。川は海と違い、急激に深くなる。

 買出し班や茜に川原の場所を伝えた岳は手持ち無沙汰になり、炭に火がついたコンロを置いて純を誘い、散歩へ出た。

 急坂を昇り、古い家が立ち並ぶ通りを歩く。数百メートル歩けば十字路の角に小さな個人商店があり、飲み物を求めてそこを目指した。

 陰に入ると夏の蒸し暑さとは違う種類の風が吹く。


「がっちゃんさ、友利ちゃんとは普段どんな感じで付き合ってるんだい?」

「え?」


 岳は思いも寄らない純の質問に一瞬戸惑う。どんな付き合い、と言われても具体的にどう返したらいいのか、一瞬思い悩む。


「どんな……うーん。毎日会える訳じゃないからメールは毎日するかな」

「毎日するんかぁ。へぇ」

「あとは会えば必ずどっか行くね。お台場とか、こないだは日暮里だった。散歩しながら面白いもん見つけたりね」

「デートってやつかい?」

「そうだね。友利と居ればどこでも楽しいんだけどさ」

「がっちゃんは本当、友利ちゃん好きだもんなぁ。あんな美人だったら分からなくもないけど」

「ははは。まぁね」

「なんかさ……付き合ってて不安になる事とかないの?」

「不安ねぇ。具体的にどんな?」

「ほら、なんていうか……本当に自分の事好きなのか?とかさ」


 岳は純の質問に意図を感じ取った。そうか。と思ったが具体的にそれを口にすることはしなかった。


「そりゃあったよ。付き合い始めの頃とかしょっちゅう」

「マジで?がっちゃんが?」

「そうだよ。遠距離だし毎日不安だったなぁ。ラルクのハイドが好きって聞いた時は死ぬ程ハイドに嫉妬したもん。ハイドと俺、どっちか選べ!みたいな事も言ったし」

「はっはっは!マジか!とんでもないね!」

「本当……良く未だに付き合ってくれてるよ」

「じゃあ今は殆どないの?」

「ないね。一緒に居てくれるにさ、それは友利に失礼だし」

「そっか……積み重ねってのが自信を生むのかな」

「そうかもしんない。まぁ、先は分からないけど」


 そう言って笑う岳を見ながら純は自然と勇気付けられた気分になった。勝手なイメージで最初から相思相愛の岳と友利の間柄は、もっとスマートなものだと思っていたのだ。

 岳が「ハイドと俺、どっちか選べ!」と嫉妬に狂う姿を想像し、笑いが込み上がる。

 角の商店で飲み物を買って外へ出ると、ちょうど佑太が運転する車と出くわした。

 同乗して川原へ戻り、しばらくすると翔達や茜達も合流した。


 川の流れを眺めながら、他に人気もなくバーベキューは穏やかに始まった。ただ、炭の中に煙草の吸殻を投げ入れた佑太が千代に激怒されていた。


「あー、外で食う肉はうめぇ!うめぇ!」

「ヨッシー、漫画みたいに食べて」


 岳の無茶振りに良和は嬉々として応えようと、目を白黒させながら肉をがっついて食べてみせた。本当に漫画の様に箸を休める事無く、肉を次々と口の中に放り込む。

 純は食べるよりも火の管理に夢中なようで、火を上げる必要もないのに無理にでも火を出そうとしている。

 そんな純を眺め、ビールを飲みながら佑太が茜に耳打ちした。


「なぁ……ぶっちゃけどうなん?」

「何が?」

「何がって……純の事だよ。どう思ってんだよ?」

「どうも何も、友達だもん。何もないよ」

「本当に?」

「本当だって。友達なんだからある訳ないでしょ」

「ふーん……友達、ねぇ。純はそう思ってるんかな……」

「あ、がっちゃんに清算の事聞かないと」


 そう言って逃げるようにして茜は岳の元へと駆けていった。岳が「酔ってるから翔に頼もうぜ」と笑っている。

「友達」。便利な言葉で逃げられたな。佑太はそう感じ、皆から離れた場所で川辺の砂を蹴り上げた。


 夕方になり、薄闇が迫る時間が早まっている事に気が付く。川面は紫色を映し出し、徐々に辺りが暗くなって行く。

 翔と安田が酔った岳を相手に大笑いしてる。


「がっちゃん、この成分何?」

「あぁ、肉の成分?何、知らねーの?」

「知らないねぇ。成分何なん?教えてくれよ」

「でんぷん」

「ははは!おい!馬鹿がいるぜ!」


 安田が続いて「タイヤって何で出来てるの?」と聞くと「愛と勇気」と答える。悪乗りに参加した良和が「キリストは何した人なん?」と聞くと、真顔で「筋肉番付に二回出た」と答えている。


 千代が川辺の岩に腰掛け、川面を眺めている。きっと一人になりたいのだろう。茜は千代の行動が自分を整理する為のものだと分かっている為に干渉する事は滅多にしない。

 自分で分かった上で一人になるのと、一人になってしまうのと、きっと違う。

 岳も時折目を離すと一人で居る事がある。皆が騒いでいるのを遠くで眺めているのが好きだ、といつか言っていた。中心に居る事が多いから、きっと疲れを感じる事もあるのかもしれない。

 純はどうなんだろう?一人で居たくないのに、敢えて一人になっている気がする。それはきっと一人になるのが目的じゃない。ふと、完全に触れられない距離にまで消えてしまう。きっと、探して欲しいのだろう。


 バーベキューの残り火を座って眺めている。時折、ペットボトルのファンタを口にする。ここに居る誰よりも、知っている口元。

 これから先、もっと踏み込めば純を探す機会は減るのだろうか。それとも、探し続けなければならないのだろうか。

 もし、届いているならきっと。もし、そうじゃない時は。


 夜が迫り自動車のヘッドライトでバーベキューを続行していたものの、虫が集まり過ぎるので彼らは撤収する事にした。川辺だからか空気が冷えて行くのが早く感じ、茜は時折吹く風に肌寒さすら覚える。

 暗がりの中、何となく小さな洗い場に足を運ぶ。

 そこに居たのは鉄板を洗い流している岳だった。


「手伝わなくてごめんね」

「いや、俺ん家のだし洗わないと怒られるの俺だから大丈夫。前回めっちゃ怒られたんよ」

「え、何で?」

「佑太が「これでいいだろ!」って、鉄板を川にドボン。だぜ?」

「最低じゃん!え!?その鉄板で今日肉焼いて食べてた訳!?」

「ははは、ちゃんと洗ったよ。心配すんなよ。食べ物に関しては俺も神経質だから」

「だよね。がっちゃん、すぐ吐くもんね」


 千代が言うように、岳がいれば何となく場が収まるのが茜は分かる気がしていた。家庭環境の複雑さから、きっと岳は小さい頃から自分と同じように色々と考えなければ生きていけなかったのだろう。

 顔色を伺い、話し方、人への見せ方、合わせ方。そんな事が自然と身についてしまった人。


「私の友達にね、彼氏に探して欲しくてわざと姿くらます子が居るんだけどさ」

「うん」

「そういうのってどう思う?」

「例えば……家に帰ったら居ないとか?」

「まぁ……そんな感じ。で、わざと見つかりそうな所で彼氏が探しに来るの待ってるの」

「クソだね、そんなもん」

「口、悪っ!」

「だって一回探されればもう十分じゃん?何回も何回も試すのって信用がないよ。つまり、愛がないよ。そういう女に限って「私はあなたの事を信用してるから、きっと探しに来てくれるだろって信じてたぁ」とか馬鹿みてぇにヌかすんだよ。みてぇ、じゃねー。馬鹿だ」


 茜は如何にも小バカにしたような声色を作る岳に、声を立てて笑う。そういう時の岳の言い方には本気の憎悪を感じさせる。


「じゃあその友達、やっぱ馬鹿なんだね」

「あぁ、相手に失礼な事してる」

「あんた馬鹿だって、伝えておくよ」

「よろしく頼んだぜ。あと「死ね」って」

「それは言い過ぎ!」


 岳の極端な言葉の通りに茜は行動は出来ないが、やっぱり。と思わされていた。茜が川辺に戻るのを確認してから岳は鉄板を木に立て掛け、煙草に火を点けた。

 どことなく、茜の友達の話ではないのだろうと感じて溜息を漏らす。純の事だろうか。

 下の方から聞こえてくる嬌声の中に純の声を探したが、すぐには見つからなかった。

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