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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
137/183

2004年/終わる夏

末野アパートでいつものように過ごす彼らの風景。夏の中に居た彼らの夜は、ひとつの季節の終わりを迎える。また来年も、その次も。誰もがそう感じていた、あの日の夜。

 暦は間もなく九月に入る。空に昇る太陽は秋の訪れを阻むようにさんさんと輝き続け、まるで夏が永遠に続くように感じる。

 久々に現れた猿渡が純と花火セットの大袋の中身を嬉しそうに眺めている。

 海へ行く話し合い以降は反省したのか、その日はトレードマークのノートパソコンを持参して来なかった。


 この日はいつものメンバーに加え、野球部出身の安田と岳の元バンドメンバーの鳥山もアパートに集まっていた。途中で帰ったりしたメンバーを含めれば彰や定時制の松村やスン・シンも顔を出していた。それぞれ三つの部屋には人が溢れ、持ち主が分からないインスタントカメラで良和が次々と写真を撮っていく。

 襟足を伸ばした佑太がスン・シンに絡んでいる。


「おい。今日は変な事しねぇだろうな?」

「変な?変は、何でしょう?あれですね、殺すは楽しい、ですから変と違いますね。日本語、難しいです」

「日本語じゃなくておまえの頭が難しいんじゃねぇの?」


 前髪を揃えたカットの松村が佑太とスン・シンの間に割って入る。


「なぁ、スン・シンは日本語まだ難しいのか?」

「そう、です。まだ分からない事沢山です。漢字も中国と、意味違うのあります」

「そうかぁ……俺も中国語話せって言われたら……話せないもんな……」

「いや……松村は日本人だけど日本語すら怪しいからな」


 茜と千代が笑いながらスン・シンの肩を叩く。相当酔っている様子だった。茜が楽しげに笑いながら言う。


「ねぇ、スン・シンさぁ!一回でいいから「アルヨ」って言って!」


 スン・シンは意味が分からずに丸い目をさらに丸くし「何、ですか?」と言う。


「いいから!何か言って、その後に「アルヨ」って言えばいいんだよ!」

「アルヨ、ですね。私はスン・シン、アルヨ」

「きゃははー!」


 茜と千代は身体を捩らせながらその場で笑い倒れた。そのやり取りを見ながら松村が感心したように言う。


「そっか!何かスン・シンの日本語おかしいなって思ったけど、アルヨって付かなかったからだ!そうだよ、アルヨって言うのが中国人が話す正しい日本語だもんな」

「それ漫画だけだから!やっぱこいつもおかしいわ!あー!マジおかしい!」


 佑太が呆れたように言うと何故か松村は「そうかぁ?」と嬉しそうに微笑んでいた。

 洋間では顔を赤らめた安田がゲームに集中する純を後ろから抱き締めていた。純は嫌がる素振りも見せず、大人しく安田の腕の中に収まっている。

 安田は純を抱き締めながら、翔と野球部の後輩達の話題で盛り上がっていた。

 洋間に入って来た茜がその光景に目を丸くする。


「ちょっと!純君ホモなの!?」

「え?いやいや。気付いたらこうなってて……あ、ヤバッ!撃たれた」

「じゃあ安田がホモなの?」

「俺、その気はないと思うんだけどさ、純君って抱き心地が良いんだよねぇ」

「あっそう」


 茜は純から離れようとしない安田に一瞬表情を曇らせたが、口には出さずにダイニングに目を向ける。そこでは鳥山と岳が音楽について真剣な表情で話し込んでいた。


「がっちゃん、音楽やるんならライブやれよ!マジで」

「いやぁさ……しばらくは宅録で曲溜めたいんだよ」

「そんなヌルイ事言ってんじゃねーよ!俺がどんな気持ちでおまえの後ろで叩いてたと思ってるん?」

「スルイんかな……そうかな?」

「ヌルイね!全然ヌッリーよ!やるならマジでやろうぜ、なぁ!」


 彼らが話し込んでいる傍らで猿渡がいつの間にか連射式の花火に火を点けていた。部屋の中を突然、光の玉が何発も横切り、煙が上がる。


「ははははは!オラオラオラ!火薬くせぇだろ!ぎゃははは!」


 悲鳴や笑い声が煙と共に弾け、入り混じる。洋間を飛び出した純は手を叩いて大笑いしていたが、良和が「猿!ふざけんなよ!」と半ば本気で怒りながらも窓を開け放った。

 彼女達が一斉に「最低!」と声を揃える。

 猿渡は反省する様子も見せず、左手に花火、右手にライターを持ったまま「うるせぇ!火点けるぞ!」と声を上げている。


 猿渡の行動によって音楽談義を中断した鳥山と岳は翔を誘い、和室の扇風機の前に座り込んでいた。岳が腕を組みながら言う。


「昔、拳法の修行で扇風機を止める訓練ってのがあってな。それを今から実践してみようと思う」

「おぉ!知ってるぜ!やろうやろう!」

「俺も「バキ」で見たわぁ。よっしゃ、修行すっか!」

「翔君だっけ?おまえ、面白いなぁ!よし!修行すっか!」

「おう!鳥山だっけ?おめーもな!」


 扇風機のカバーを外し、回転する羽に鳥山が「オラァ!」と指を突っ込むと、扇風機の羽は一瞬にして音を立ててバラバラに砕け散った。


「いてぇ!いてぇよぉ!」と鳥山が畳の上を転げ回るとそれを見ながら岳と翔が大笑いする。


「こんな扇風機が、ナンボのもんじゃあ!!」


 そう叫んで立ち上がった鳥山が扇風機をベランダから前庭に向かって投げ捨てる。酔った勢いに任せ、翔と鳥山と岳の三人は和室にあった雑誌や漫画を前庭に次々に放り投げ始めた。

 慌てて良和が止めに入る。


「あー!扇風機が……うそぉ!」

「ヨッシー、しょうがねぇ。ダイヤモンドは砕け散ったんだよ」


 翔がそう言って笑うとジョジョ好きの鳥山が笑う。岳がふと思い出して口を開いたまま外を眺める良和に訊ねる。


「あれ、そういや鳥山とヨッシーって幼稚園同じなんだっけ?」

「え?そうだよ。同じ教室だったんね。あー……扇風機が……」

「じゃあ幼馴染って事で許してくれ。次、テレビ行くか!」

「いやいや!マジで止めてくれ!テレビは勘弁して!」


 洋間に避難した茜達は純達を追い出しとりとめのない話題で話し込んでいた。

 ダイニングでは猿渡と部屋を追い出された純が次々に花火に火を点け始め、アパートの室内はたちまち火災現場のような有様になる。

 茜達は騒ぎが落ち着くまで決して扉を開こうとしなかった。佑太や鳥山も花火に加わるといよいよ収拾がつかなくなり、彼らに業を煮やした良和が「花火禁止令」を出す。


「物壊すのはしょうがねぇけど、火事だけはマジで起こさないで!頼む!」

「しゃーねーなぁ……じゃあ花火しに行くかぁ!」


 佑太の掛け声で急遽、彼らは荒川まで花火をしに行く事となった。ただ、全員が酒を相当飲んでいた為に彼らは歩いて行く事にした。

 明け方近い外を歩く集団の他に人影はなく、彼らの話し声が街にこだまする。

 チューハイを片手に千代が怪しげな足取りで岳に訊ねる。


「ねぇ、荒川までどんなくらいあるかな?車だと早いよねぇ?」

「車だと早いけど……んー……3kmくらいあるんじゃないの?」

「3km!?それ絶望的だよ!無理無理無理無理!」


 千代の後ろを肩を組みながら歩く翔と鳥山が「無駄無駄無駄無駄ぁ!」と声を揃えて叫ぶ。

 始めのうちこそ調子良く歩き始めた彼らであったが、朝方近い時間に酔った状態で数km歩けるほどの余力は残されていなかった。隙間なく、夜通し騒いでいたのだ。

 途中のコンビニで一同が休憩していると安田が「戻らねぇ?」と愚痴る。鳥山に至ってはそこから1km程歩けば自宅だった為、コンビニに寄らずに歩いて帰ってしまった。

 外は既に白み始めていて、呑気に川原で花火をするどころでは無くなりそうな雰囲気が彼らを包んでいく。

 安田と岳が佑太に掛け合う。


「佑太、アパート帰ろうぜ。もう眠いし、もう朝になるよ」

「良く言ってくれた!俺もそう思ってた。帰ろうぜ。純、いいだろ?」


 純は猿渡に手渡した花火セットを名残惜しそうに眺めると「了解」と呟いた。おぼつかない足取りで彼らは元来た道を帰って行く。車の往来は殆どないために歩道から大幅にはみ出し、ほぼ横並びの状態で車道を歩く。

 眠気に耐え切れそうに無かった茜は純の袖を掴む。袖を掴まれた純が頭一つ分小さい茜に首を向ける。


「どうしたんさ?」

「純君……眠い」

「俺も……ちょっとヤバイな」

「ねぇ……おんぶしてって」

「え?」

「あー、もうダメ。早く」

「分かったよ……ほら」


 茜は何とか意識を振り絞って純の背中に身体を預けた。大きな背中に純の匂いと温度を感じ、茜は深く安堵を覚える。その背中に揺られる内に茜は眠りについてしまった。

 知っている温度を背中に感じながら、純は慎重に足元を確かめて歩く。いつかは離れてしまうかもしれない温度でも、今はしっかりと感じている。


 昇る朝日は強烈な光を街に降り注ぐと、千鳥足の彼らを照らし始めた。良和と猿渡が歩きながら花火に数本、火を点けた。千代と関口が「ほらぁ、あの二人付き合っちゃえばいいのにね」と囁き合う。空の缶を佑太に手渡し、千代が笑う。関口が背伸びをして、眠たげに欠伸をする。佑太は空の缶を千代と同じように矢所に手渡す。「私はゴミ箱じゃねーんだよ!」と矢所が怒鳴る。同じ野球部の所属だった翔と安田はバッティングのフォームについて身振り手振りを交えて話している。

 岳は彼らの一番後ろを歩きながら、その光景をぼんやりと眺めている。

 もうすぐ、朝が来る。実は「今日」がとっくに終わっているのかもしれない。新しい一日がこうして、また始まる。楽しげな彼らの声を聞いてるうちにふと、友利に会いたくなっている事に気付く。


 打ち上がる火花。飛び交いながら筋を描く閃光の真下、茜を背中に乗せて歩く純。それら全てを岳は微笑ましい気持ちで眺めていた。

 2004年の夏がこうして終わり、季節は秋へと変わって行った。

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