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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
136/183

発狂

岳に隠し続けていた事実を本人からあっさりと言われ、純は心の裏側を暴かれた気分になり、塞ぎ込んでしまう。

「俺に気遣わなくていいで」


 岳の言葉は純の思考を一瞬のうちに破壊した。その結果、激しい混乱を生んだ。

 心の一番奥に隠していたはずの感情を見透かされ、さらに、見事に掴まれていたのだ。

 いつからバレていたのか。いや、森下が言った?いや、それはきっと無いだろう。この前の行動があからさま過ぎたからだろうか?

 思考にブレーキが掛からなくなり、恥ずかしさの余り、純は言葉を失った。


「あー、あー、あー、あー、あー、あー」


 純は何も聞きたくない、というように耳を両手で塞ぎ、あー、と声を発し続ける。和室に入って来た良和が「うへぇ!」と声を上げた。


「がっちゃん!純君どうしたん!?」

「あぁ、壊れた」


 岳がそう言って笑うと、良和は「こりゃダメだわ」と呆れたように笑った。

 三人で車に乗り込み、神社へ向かう。出発した時間がかなり早かった為に朝に成り切る前に到着した。

 車を降り、大きな鳥居の横に造られた池を悠々と泳ぐ亀を眺める。その見事な大きさに岳は驚嘆の声を上げたが、純は真っ青な顔で池の周りをグルグルと歩き続けている。

 道中では一言も口を開く事が無かった。間も無く境内では雅楽の演奏が行われた。

 森に囲まれた中で聴く伝統的な音楽を岳と良和は感心しながら聴き入っていた。

 しかし、純の耳には心を平穏をかき混ぜる為の不協和音のようにしか聴こえなかった。

 アパートへ戻り、陽射しの強い朝を迎えても、純はダイニングで一人座ったままラジカセに流れる音に乗せて何かを延々呟き続けていた。

 話し掛けても名前を呼んでも、呟き続ける純は何の反応も返さない。


「がっちゃん……あれ……何してるん?」

「ラップ……だろうね」

「えぇ……何で?っていうか何で急にあんなんになったん?起きた時は普通だったで」

「うん。俺がポツンと、とんでもねぇ事言ったみたいだ」

「何て言ったん?」

「森下の事で「俺に気遣わなくていいで」って」

「それ、マズイんじゃない?」

「何でよ?寛容な友人じゃない?」

「だって……多分、昔から森下の事好きだったんじゃねーの?」

「昔って……あぁ」

「その時の事まで蒸し返して、あぁなったんじゃねーの?」

「えぇ?そこまで蒸し返す?」

「純君は蒸し返すでしょ。ヤバイで、あれ」


 座り込んでラップを呟き続ける純を眺めている内に、岳の顔からは徐々に精気が失われていく。

「やり過ぎたのか」そう思ったが、一度塞ぎこんでしまった純を立ち直らせるのは容易では無い。

 岳は純の隣に腰を下ろし、純の顔を眺めた。目を瞑ったまま、ひたすらラップを呟き続けている。


「純君」

「でよー……悲しい言葉……その音が……」

「純君、そのままでいいから聞いて欲しいんだけど……」

「………………」


 岳の言葉に純のラップがピタリと止む。ラジカセから流れるビートは軽快なリズムを奏でている。


「あのさ……気付けなかったんだよ。マジで、本当。ごめん」

「………………」

「もっと早く言えば良かったんだけどさ……」

「…………YO、それは街角、夜の八時の……」


 再び始まってしまった純の呟きラップに岳は頭を抱える。

 それから約30分程、同じようなやり取りを二人は重ねていた。洋間からテレビ画面が放つ喘ぎ声が聞こえてくる。

 カセットテープが停止し、裏面を再生しようとデッキが音を立てると純が停止ボタンを押した。

 そして純は俯いたまま、深く長い溜息をついた。


「分かってたんかい?」

「うん」

「がっちゃん……すまんね」

「何が?」

「うん……何か、色々さ」

「いや……別に」

「恥ずかしいわ」


 そう言うと純は突然笑い出し、頬を両手で覆った。


「あー!恥ずかしい!「恥で死ぬ」で、恥ずか死しそう!あー!マジか!あー!」

「聞いてるこっちが恥ずかしいから止めろよ」

「いやぁ、ヤバイヤバイヤバイ!あー!ヤバイ!はっはっはっは!あー!」


 そう言うと純は急に立ち上がり、そのままの勢いで部屋を出た。しばらくしてからミラのエンジン音が聞こえてくる。

 岳は一瞬困惑したが純がこの場に耐えかねて帰ったのだと把握した。

 案の定、洋間から駐車場を覗くと純のミラが消えていた。


「ヨッシー、純君帰ったで」

「そうなん?何とかなったん?」

「いや。何か突然笑い出して帰っちゃった」

「へぇ……恥ずかしかったんかね」

「多分」

「それよりコレ!倉本ちゃんの新しいビデオ観てみ!可愛いんねぇ。ぷにぷにしててたまんないんねぇ」

「あっ……そう。てな訳で、悪いけど送ってってくんね?」

「あぁ、いいで。それより、ちょっと座って!観て!」

「おう。とりあえず観るわ」


 岳は画面に目を移したが純との間に埋められないような溝を生んでしまったのではないだろうか、と気が気ではなかった。

 ビデオの中の女性は柔らかな声で楽しげに何か話していた。しかし、ものの数分後には喘ぎ声に変わってしまった。


 散らかった頭の中が幾分落ち着きを見せ始め、純は溜息をついた。岳の前から完全に逃げ出してしまった。

 バレてない方が確かにおかしかったのかもしれない、と考え始めるとこれ以上隠し続ける理由もないだろうと諦めのような気持ちにもなった。

 しかし、自分の思いを他人に指差される事だけは我慢ならなかった。

 岳が指差しながら嘲笑う事はないだろうと分かってはいても、その可能性がある限り誰にも触れさせないつもりだった。

 格好つけていたのかもしれない。まるで「ダサイよ」と面と向かって指摘された気がして、純は恥ずかしさから逃げ出した。


 その夜、純は意を決して夜中のコンビニへと車を走らせた。


「いらっしゃいませ」


 ゴミ袋を片付ける青柳を無視し、純は店内に入る。バイトを終盤の岳が雑誌を並べながら「いらっしゃいませー」と声を上げる。


「やぁ」

「おぉ、純君」


 俯きながら純は苦笑いを浮かべながら言った。


「昼は本当、すまんかったね。取り乱しちゃってさ」

「あぁ……ビックリしたわ。もう大丈夫なん?」

「うん、まぁ。もう終わるっしょ?」

「あの馬鹿が戻って来れば終わりだよ」


 岳はそう言って外を指差す。純はすぐに青柳を連想して笑う。


「ちょっとさ、軽くドライブでも行かん?」

「あぁ、いいよ」


 バイトを終えた岳がオーナーと入れ替わりに店を出る。オーナーは店に入るや否や「青柳!灰皿爆発してんじゃねーか!」と怒鳴り声を上げた。青柳がゴミを片付けた後、ほんの僅かの間に誰かが車の灰皿のゴミを丸々捨てていったようだった。つくづく運のない奴だな、そう思いながら岳はほくそ笑んだ。


 走り出した車は東秩父村へと向かった。良和や松村らとドライブした時と殆ど同じルートだった。

 暗い山々に目を凝らしながら岳が呟く。


「今さら言う事じゃないけど、俺と森下は何もないよ」

「その事は、なんていうかさ」

「別に無理して話さなくてもいいよ。何があったかわざわざ聞く必要もないしさ」

「それならありがたいけど……ただ謝りたくてさ」

「いや、だから気違う事なんかないって」


 岳はそう言って笑うと純は「いや」とかぶりを振る。


「あのさ、話しせずに逃げちゃったからさ。それは本当申し訳ないなぁって思ってさ」

「それ謝りたかったの?」

「まぁ……うん」

「それなら便所のドア壊されたヨッシーに先に謝れよ」


 皮肉めいた事を言って高笑いした岳の横で、純は笑いながら心を解いた。

 本気で苛立ちや怒りを抱いた時、その口からは皮肉は生まれない。

 岳もまた、純との軋轢を避けられた事に深く安堵していた。


「佑太みたいにあれこれ聞かないけどさ、まぁ上手くやってくれよ」

「皆にこれから先さ、色々言われたりしないかさ?」

「その辺は……皆大人だから信じるしかないよ」

「大人か……そっか。そうなんだよね」

「そうだよ。だから飲酒は気を付けて」

「あー、耳が痛い。ショックで事故るかもしれん」

「ショックで事故る?そんな奴が運転すんのがそもそも間違いだろ」


 小さな車の中で二人は笑い合った。


 ミラが暗闇を照らしながら、夜を懸命に走り抜けていく。

 具体的では無く抽象的なやり取りで、話は進んで行く。それだけで充分だった。

 純の中にあった数年に渡る岳への葛藤は、この日で幕を下ろしたのだった。

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