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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
135/183

リフレイン

茜と離れて数日。気付けば純は茜を感じない日常に戻っていた。そんな最中、勤務中に事故を起こした事を岳達に報告するが…。

 暗い窓辺に何度掌を翳してみても、見飽きた自分の掌だけが視界に映る。そこにもう一つの掌を思い浮かべ、重ねる。

 布団の中で生まれた熱はすぐに去り、残り香もやがて失せた。

 肌に付けられたいくつかの小さな痣はいつの間にか消えてなくなり、知らぬ間に日常の中にいる自分に気が付く。

 溜息をつきながらベッドから下りると、純はアルバイト先の専売所へ向かう為に住み慣れたはずの部屋を出た。

 茜と離れて数日が経つ。

 あの日の夜の出来事を蒸し返す事もなく、まるで何事も無かったかのように日々は過ぎて行った。

 アパートで別れてから二日後に届いた茜からのメールは

「借りる予定だったCD、次会った時に貸して!完全に忘れてた。。」

 というものだった。

「オッケ。いつがいい?渡し行こうか?」と純が返したのに対し、茜からの返事は

「次、集まる時でいいよ〜」

 と、純はその文面にどこか素っ気ない印象を受けた。


 純はあの日の夜の事で茜に対して煮え切らない気持ちになる。

 しかし、純からは決してその話題を出す事は無かった。

 茜の想いを確実に聞いた訳でもなく、自分の想いすら伝え切る間もなく朝が来てしまった。

 これ以上物理的に進めないという距離まで触れられたはずなのに、茜といつかまた離れてしまう日が来るのだろうか。

 喜びは時間が経つと冷えて固まった。安堵へ至りたい欲求が確信を求め、新たな感情が生まれていく。

 考え事をしながら朝方の街で配達をしていると、住宅街に差し掛かる小道で前輪が突然半回転し、純は勢い良くバイクの上から路上に叩き落とされた。

 バイクが倒れ、何かが割れる乾いた音がした。

 肩に鋭い痛みが走り、思わず息だけで喘ぐ。よろめきながら立ち上がり、バイクを見下ろすと泥除けパーツが見事に割れている事に気が付いた。

 バイクを立て直し、落ち込んだ気分のまま専売所に戻ると社長とその妻に事情を説明した。


「すいません……暗くて溝に気が付かなくて……泥除け割っちゃいました」


 年配の社長が白髪交じりの頭を掻きながら豪快に笑う。


「なぁんだ!ははは!いやいや、いいんだ。寧ろこれくらいで済んで良かったよ。大きな事故にならなくてさ。なぁ?」

「そうよ!命あってこそなんだから。無理にバイク乗らなくてもね、車で配達してくれたって良いのよ?ちょっとくらい配達遅くなったって、今の人はどうせ早起きなんかしないでしょ?絶対に無理しちゃダメ。安全第一で、ね?」

「あの……ありがとうございます。すいません、本当に」


 純が深々と頭を下げると、社長と妻が揃ってかぶりを振った。

 朝になる過程の景色をバイクに乗りながら感じる事が好きだった純にとって、車で配達をする事に対してどうしても気乗りしなかった。

 純は何より、変わり行く季節の匂いや風を直に感じていたかった。


 ベランダで良和と関口が座り込んで自家栽培用のプランターを眺めている。


「ねぇ良和君、コレは何?」

「あぁ、それは、トマト」

「あー!ホントだ!なんか小ちゃいのなってる!可愛いねぇ」

「そう?関口さんも可愛いで」

「あぁ、ありがと。胡瓜とか作らないの?」

「胡瓜とか茄子は生り過ぎちゃうんよ」

「ふーん……でもいいねぇ、こういう趣味」

「趣味でもあり実益もある。食べられるからさ。この前はトウガラシ獲れたんよ」

「トウガラシ!?すっごいね……ベランダで作れるんだ……」


 するとベランダの真下から翔が頭上の良和に声を投げる。


「やっぱダメだよ!デッケー鍵付いてる!」


 所有者がイマイチ分からないアパートの隣に立つ蔵を探索しようと思い立ち、翔と岳はアパートの脇を抜けて蔵の入口に立った。しかし、頑健な鍵はビクともせず、すぐに探索は終了となった。

 良和がふざけ半分でジョウロの水を真下の二人に浴びせると「ひょおー!」と声を上げ、気持ち良さそうに両手を広げた。

 佑太がベランダに出て「平和だー!」と叫ぶと、左手の煙草の煙が高い空へと昇って行った。


 夕方にアパートに来た純は事故の出来事を皆に伝えた。半ば笑いながら、話のネタになると思ったのだ。

 すると、純の想像していたリアクションとは違い、皆が深刻な表情を浮かべていた。

 佑太と岳が特に心配そうな表情を浮かべている。


「純、マジで車で配達しろよ。またボケーッとしてて溝に突っ込んだんだろ?」

「まぁ……うん。でもさぁ、車で配達って何かおかしくないかい?」


 純の言い分に岳が舌打ちを漏らす。


「ボケッとしてて溝に突っ込む方がおかしいだろ。大きな事故じゃなくて良かったけど」

「あぁ……大した怪我もせんかったし、出来ればまたバイクで配達したいんだけどさ」

「マジかよ。純君は昔っから危ない方、危ない方に行くよな」

「そうだぜ、純?ちょっとは周りの心配とか考えろよ。この前だって森下の件で飲酒の事、おまえに言ったばっかだよな?」

「まぁ、うん……そうだね」


 翔が漫画を読みながら「飲酒だったの?」と訊ねる。


「あぁ……少しだけど……」

「それはちょっと……ねぇわ」


 漫画を手元に置くと翔は純と向き合う。目に微かに怒りが滲んでいる。


「純君、マジ気を付けてくれよ?俺ら近所なんだし親も知り合い同士なんだからさ」

「あぁ、そうだね。本当、すまん」

「まだまだ俺は純君とゲームしてたい。な?」

「それは俺も同じだけどさ。いやー……心配掛けてすまんね」

「すまんね、じゃねーよ。おまえの悲しい知らせなんか俺は絶対聞きたくねぇって言ってんの」

「分かったよ。まぁ……しばらくは車で配達するよ」


 純の言い草に岳が眉間に皺を寄せた。


「言われたからやる、みたいに聞こえるで」

「いや、ちゃんと自分で思ってるさ。大丈夫だって」

「なら……別にいいけど」


 純は不機嫌そうに煙草を揉み消す岳を盗み見て、歯の隙間からそっと溜息を漏らした。

 話のタネになるかと思ったが思いの外真剣なムードになってしまい、純は場の空気に辟易しそうになる。しかし、良和だけは純を援護した。


「純君、酒飲んでから女を車に乗せるなんて豪傑だなぁ。やりまくり!男の鑑だぜ!」

「いやぁ……どうかな……」

「ヨッシー、変に味方すんなよ!こいつマジで考え無しで動く所あっから!」

「今が無事ならそれで良いんじゃん?酒に頼って良くやった!頑張った!感動した!って褒めてやりてぇや。マジで」

「小泉首相じゃねーんだかんよぉ……。で、純……実際のとこ、どうなん?」


 佑太の質問の意味が純にはすぐに分かったが、話をはぐらかす。


「え?何が?」

「だから……森下と何かあったんだべ?もういいじゃん!言っちゃえよ!」

「いやいや……別に?最近の俺はバイクで事故ったって……それだけだけど……」

「あー!もう!ちげーよ!その話じゃなくて!」

「何の話だろうか?俺にはさっぱり……」

「じゃあもういい!まぁヨロシクやってくれ!これ以上は俺も何もいわねぇ!けど、ここでヤルなら俺も参加されて頂きやーす!」

「何が何だかね、分からんけど……」


「バキ」をペラペラ、と捲りながら岳が純の目を見ずに呟く。


「円良田湖さ、夜は静かで良かったろ?」

「え……あっ、あぁ。うん」

「あの近所が俺の昔住んでた所でさ」

「そうだったっけ。そっか」

「うん。まぁあんまり良い思い出ないし……この話は終わり。はい」

「あぁ……そうね」


 岳の言葉は純への助け舟というより、聞きたくなくて敢えて突き放したようにも思えた。

 いつか岳には正直に伝えた方が良いのだろうか、と純は考えてはいたが岳を目の前にするとその考えは何処かへ身を隠してしまう。

 佑太と翔が帰った後は気が付いたら眠りに就いていた。変に寝汗を掻き、純は何度も目を覚ました。

 ようやく寝付けた朝方に突然良和に起こされると、長瀞にある神社へ行こうと誘われた。

 同じく和室で寝ている所を起こされた岳が、お茶を飲みながら寝ぼけ眼で純を見詰める。


「おはよう、起こされた?」

「あぁ……参ったよ」

「ねっみぃよな。神社だってよ」

「神社かい……何も願う事ねぇかな。マジで眠いわ……夜中に何回か起きちゃってさ」

「人ん家だからな。あー……首いてぇ」

「中々慣れないよね……」


 岳はベッドの上で胡坐を掻くと首を回しながら言った。


「いつもみたいにさ、うるさくなくていいけど……」

「あぁ……ゴロゴロいっぱい人がいるからね」

「うん。あのさ……ちょっと良いかな?」

「何?」


 バイクの事で再び何か言われるのだろうか、そう思うと純に一瞬、緊張が走る。


「森下の事なんだけど」

「え?森下かい?」

「あのさ……」


 岳の言葉を待つ間、純の脈拍は一気に跳ね上がった。岳に先を越されて何か言われる事は想定外だった。しかもこんな起き抜けに。

 大きく伸びをした後に岳は笑いながら言った。


「純君……俺に気遣わなくていいで」

「…………あ」


 起き抜けの頭が一気に覚め、恥ずかしさが純の思考を支配し始めた。

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