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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
131/183

良和の夏

第131話「良和の夏」

それぞれの日常を生きる彼ら。そんな何気ない日常を作品とシンクロさせながらも一人称で綴るスピンオフ。

 1、2、3。まだだ。まだ空かない。レジで順番待ちしてるカップル。あれはヤンキーだ。男は夜なのにサングラスだから確実。女も豹柄の服だし、怖い。

 ちょっと待て、大問題かもしれない。店員がすげー美人。いや?見方を変えたら興奮するか。スカトロAVをどういう顔でレジ打ちするんだろうか。あぁ、慣れっこだろうから何とも思わねぇか。

 やっと人が空いたと思ったら変な店長っぽい顔のギラギラした男が美人を指差して他の店員に何か言い始めた。


「このコはね、まだ入って一ヶ月も経ってないのにここまで出来るようになりました!拍手!」


 他の店員がつまらなそうな顔で拍手をしている。ありゃ言われた方も言われてる方も損だ。あの気持ち悪い男店長の独壇場。気持ち悪い。気の毒に。

 少し前までバイトしてたレストランの店長に言われた。


「赤井君。ちょっといいかな?」

「はい……あの、何でしょうか?」

「何で赤井君は人と目を合わせないの?何で?」


 何で、といわれても人と目を合わせないと死ぬなんて法律もないし、そういう人間だっていっぱいいる事が気に入らないなら俺だって俺の言い分がある。

 でもあれこれ言うの面倒くせぇん。考える前に手が出た。

 クビになったけど清々した。「ひゃえ、ひゃっ!」って怯えてたなぁ。あの表情、写真に残しておきたかった。

 あぁいう人間の顔とかを世界遺産にするべきだと思うのに、何でなんねーんだろ。


 四月になってから色々と忙しくて、人間関係も増えた。徐々に上手くやっていけたらいいと思ってるけど、定時制の高校は思ってたより悪くない。本気の馬鹿とか人間性に問題抱えてる奴らがいる場所っていうのは悪くない。

 自称良い人の「松村」が遅れて来た俺にそっと声を掛けて来た。


「なぁ……ヨッシ、ヨッシー……」

「あぁ?どうしたん?」

「どうして遅れてきたんだよ?」

「あぁ、バタバタしててさ。それだけだよ」

「そうかぁ、バタバタしてたら忙しいもんな……だから遅刻したって訳だ」

「そうだよ」

「忙しいと、間に合わないから、忙しいんだもんな……」

「当たり前じゃん。何言ってるん」


 決して遠回りな皮肉を言っている訳ではなくて、松村は真面目にそんな事を言って俺に同情するような顔を向けていた。


 夏の前か。佑太が純君達と一緒にアパートに来た。

 佑太が謝りたいって言ってたが俺は佑太と向き合うことを拒んだ。怖かったし、思い出したくなかった。

 最終的に埒が明かなくなって一応、許すとは言ったけど心の底ではまだ安心し切れてない。

 佑太を完全に許せる自信なんてないし、自分を抑えきれる自信もない。

 はて、これからどうやって付き合っていこうかって言う所だ。がっちゃんに任せるか。


 純君は暇がある時に呼んだら来てくれる。来て、その辺で漫画読んだり勝手にゲームしたりしてる。

 ビデオ観ながら解説とかすると一々リアクションしてくれるのが嬉しい。

 たまに頭の良い鳥みたいだって印象を受ける時がある。その理由は正直分からん。勝手なイメージだが。


 飲み会をやった後から年がら年中、このアパートには人が集まるようになった。ゴミを出したり散らかしたりするのは仕方ないんだけど、それっぱなしにしてて翌日帰られるとムカつく時もある。

 朝起きて関口さんと佑太が掃除してた時は驚いた。めっちゃくちゃピカピカになってて、純君と一緒に感謝した。

 がっちゃんを「見てみ!」って起こしたら「あぁ」って言ってすぐ寝た。


 その夜、互いの言い分はかなり白熱した。

 俺は思うん。男としての自信は女の数で決まると思ってる。よって、この世の男の頂点に立つのはイケイケガンガンのホスト。種を残す本能に長けている。血の気の多い格闘家で女とヤリまくってるやつらも凄い。経験人数が多ければ多いほど、それは強さの証であって、その証が自信につながるのは、あ・た・り・ま・え!!

 森下と千代さんが俺に噛み付いてくる。前もそうだった。

 チューハイを片手に千代さんが叫ぶ。


「彼氏のいない私が言えた事じゃないけどねぇ、私はそんな男、絶対!無理!」

「違うん!結局そんな事言ってても実際迫られたらヤッちゃうんだって!」


 あきらかに答えが出てる議論だけに、俺は笑いながら話す。


「だってヨッシーだっていつかヤりたい訳でしょ!?なんでいきなりそんな所目指す訳!?一人も満足させてない男が大勢を満足させようとしてる時点でおかしくない!?」

「千代!さっすが!女の子だって人間なんだよ!?男を計るための物差しじゃありませんからぁ!」


 森下も加勢して来た。デカイ声がふたつ。声がデカイっていうのは心理戦的に有利だ。


「だったらさ、モテる男と貧乏で不細工な童貞と、どっちがいいん?」

「そういう問題じゃないんだよ!分からないかなぁ!」

「えー、私絶対イケメンのモテる男がいい」

「ちょっと茜は黙ってて!」


 お、森下は意外とこっち側の加勢になるかもしれん。経験あるだけあってやはり分かってるんだな。なるほど、面白い。


「私はね、ヨッシーが心配で言ってるんだよ?変な風にヤケ起こしてトラブったりしないか心配なの」


 千代さんが眉を八の字にして議論の展開を変な方向に持っていった。心配している、なるほど。俺はヤレさえすればそれでいいんだがな。だったらヤラせてくれねーかな。


「だったらヤラせて。千代さん、お願い」

「やぁだよー!なんでヨッシーなんかとヤラなきゃいけないの!!」


 だったら最初から変な心配とかしなきゃいいのに。それかヤラせてくれる友達を連れてきてくれたらこの問題はすぐにでも解決するのに。

 気が付いたら知っている男の半分は童貞を卒業している。

 高校生の時に彰とがっちゃんがそういう話しで盛り上がったり相談し合ってるの見てまるでドラマでも観てるような気分になった。

 そこに至るプロセスに必要なのは結局はコミュニケーションな訳でしょ?

 ヤルことは決まってるのに面倒くせぇん。一々、一々、一々一々!あー、嫌だ。

 純君は興味もないのか焦らないし、むしろもう童貞仙人みたいになってる。


 男女間のコミュニケーション。大切にしたり、されたりしなきゃならない。

 そんなんじゃなくて目的決まってるんだからコンビニみたいなんでいいじゃん。

 女達の「さぁ、私をその気にさせてみなさいよ」みたいな目も、雰囲気も、全部ダメ。怖い。

 ジッと見られてる間に汗かいてきて、喋れなくなる。つまり、このままだと俺はずっと童貞でいなきゃいけないん。それはそれで困る。

 あ、そういえばマーチの具合が良くないって言ってたわ。心配だ。


 千代さんはまだ何か言っている。


「本当に少しずつでいいから私はヨッシーに誰かを大切にして欲しいって、そう思ってるんだよ」


 思ってるのはいい。だが何もしないなら何も言わないで欲しいって言うのも本音ではある。がっちゃんなんか何も言わないの通り越して友達同士なのに水臭いくらいだ。頭から血を流しててもきっと「さっき、あっちで佑太が困ってたぞ」とか平気で言いそうで逆に怖い。

 海で佑太がしたみたいに千代さん、俺にもケツくらい……いや……胸くらいダメかな。何かできねぇかな。


「じゃあさ、千代さん。今度デートしてよ」

「えっ!?デート?どうしよ……茜」

「私は別に良いと思うよ?行ってくれば?いいじゃん、どうせ何もしてこないだろうし」


 純君が欠伸をしながら「いーね」と言っている。全然、本当にどうでもよさそうな顔で。がっちゃんに至っては笑いながらも携帯に夢中だ。相手は友利だろう。笑い方が適当だから心ここにあらず、なのがすぐに分かる。

 千代さんが一瞬顔を伏せて、それから言った。


「分かった。いいよ」


 良いの!?本当かよ!!こりゃワンチャンか!?


「千代さん!いいの!?」

「その代わり変な服着て来たら私帰るからね!」


 やったぁ!変な服?どれが変で変じゃないかっていう基準がまずわかんね。がっちゃんに見てもらえばいっか。目の前を黒い手が横切る。


「千代ぉ!そりゃねーよぉ!」

「佑太は無理!それに彼女いんでしょ。口挟まないで」

「そんなぁ……」


 佑太は無理だっていうのは俺でも分かる。ガッツは認める。デートが出来る!いや、この感じ。待て、待てよ……。デートが決まった。それはそれで一歩前進な訳だが……セックスというより、何だか説教みたいなものを感じる。なんだこの展開は。あ!分かった。きっと女共が言う「愛」がなんたらっていうのを教えたいのだろうが、童貞で性欲ばかり強い俺にとってそんなまどろっこしい物を味わっている暇も、心の味覚も、持ち合わせていない。

 最高で即ホテル、最低でも最後にホテルは必須だ。家でもいい。


「デートするならどこが良いのかなぁ……人目の多いディズニーとかいいんじゃない?」

「あー!そうだね!さすが茜!」


 げっ。森下が鋭い。ちゃんとしたデートは困る。たくさん話さなきゃいけないし、相手に身体以外の興味が持てない。しかもディズニーだと?これだと色々と俺が困る。

 サキイカを噛んでいた翔が「ちょっといいかな」と話に水を差す。さぁ、童貞連合の翔!俺への助け舟か?それとも……。


「千代さんさ。さっきから聞いてて良いのかなぁって思ってんだけど……」

「え……?デートのこと?」

「あぁ。本気でしようっていうならいいよ?でもさ、こいつ嫌でも期待しちゃうと思うんだけど」

「そりゃ男だったら当たり前っしょー!何かねぇ方がおかしいぜ!」

「ちょっと、佑太は黙っててくんねぇかな」

「今日、俺全然喋れてねぇ……」

「で、その程度ってのはどんなもんなの?」


 確かに、そうだ。お散歩程度のデートだったら時間も、何よりも金の無駄だ。遊ぶ訳じゃなくてデートなら何かない方がおかしい。費用対効果が欲しいのは至極、当然、当たり前だ。


「程度っていうか……人と触れ合うっていう当たり前の事をヨッシーに知って欲しいだけだよ」

「じゃあさ、その触れ合いって言うのはどれくらいまでオーケーな訳?」

「どれくらいって……そう言われても……」

「じゃあ可能性として聞くけどさ、セックスは?」

「無理」


 無理なんじゃん!何なん!最初からそう言ってたんに何でわざわざデートオッケーしたん!!俺にそこからセックスに方向転換される技量なんかねぇん!なんかの慈善事業のつもりなんか!?えぇ!?


「じゃあさ、キスは?」

「……無理」

「じゃあ……ハグとか手を繋ぐとかは?」

「それは……それはちょっと……考えてもなかったから……」

「じゃあ現状無理って事だよね?」

「まぁ……そうなるね」

「だったら最初から言うなよ!何が触れ合いだよ!」

「そんなつもりじゃ……」

「だったらどんなつもりだよ!?デートなんかオッケーされたらさぁ、こいつがどれだけ期待すると思ってるん!?」

「それは……だって……」

「だってもヘチマもねぇだろ!俺だって童貞だよ!彼女なんか居た事ねぇよ!デートオッケーされたら完全に浮かれるに決まってんじゃん!」

「楽しいかなぁって……そう思ったの!私だって全部が全部嫌とか、そんなつもりじゃなかったんだよ!」

「こいつはちげーんだよ!過剰に期待しちまうんだよ!千代さんだって分かってんだろ!?そういうの馬鹿にしてるって言うんじゃねーの!?ヨッシー餌にして遊んでるだけじゃねーかよ!!」


 翔のいう事はもっともだ。危なかった。うっかり騙される所だった。玄関を出る前に駐車場に敷かれた地雷を片付けてもらったみてぇな気分だぜ。

 あら。

 千代さんが涙目になって俯いてる。下唇を噛み締めてる。あ、あぁ。あの唇くんねーかな。今はなんか、食べたらしょっぱそうだ。

 気軽に「デート行ってきなよ」と煽った森下は薄ら笑いを浮かべながら困った顔で首を傾げてる。まぁ、そりゃそうや。ガチの説教だもんな。

 皆が静まり返っちまった。こうさせたのは軽い気持ちで俺を騙そうとした千代さんだな。やはり、俺は正論を言っていた。

 強いものが全てを制す。


 明日辺りヤるんかもしれないがっちゃんはその場とは無関係の人間のように、一人楽しげな顔をしながらメールを続けている。

 ほら、やっぱ童貞じゃねー奴が勝つんじゃん。


 それから数日後だった。

 夏はまだまだ厳しく、俺は太陽の眩しさに目をチカチカさせながらベランダのプランターに生えるトウガラシに水をくれる。そろそろ採っても良さそうだ。

 トウガラシを手に取り、色味を見ているとインターフォンが鳴った。

 暇な誰かが来たかと思ったが宅配便だった。


 何か頼んだ覚えも無かったが、荷物を受け取るとそれは千代さんからの暑中見舞いだった。

 夏にはもってこいのジュースの詰め合わせと、手紙が同封されていた。

 驚くほど達筆な字。いわゆる女の書いた丸っこい字ではない。プロみてーな字だ。

 俺は手紙の匂いをまず嗅いで、それから文面に目を通した。


「この前はごめん。いつもお邪魔させてもらって、本当にありがとう。また、遊ぼうね。 千代」


 ほう。そっか。なんでだろうか分からんが、もう少し暑さが続いてもいいな、そう思った。

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