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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
13/183

柔道部と剣道部

 花火の翌朝。岳が教室へ入り席へ着くと、茜が筋肉少女帯のカセットテープを岳に手渡した。


「絶対良いからマジ、聴いてね」


 岳は茜から受け取ったテープに書かれた曲目の字を見て、自分の字の拙さを嘆きそうになった。

 そしてまず最初に目についた「高木ブー伝説」が曲のタイトルだとは思えず、岳は茜に尋ねた。


「これ、曲!?」

「そう、めっちゃ良いの!これがまたカッコいい曲なのよ」


 どんな曲なのか想像出来なかった岳は「早く帰って再生したい」という高揚を覚え、これが普段茜が聴いている音楽なのか、という事に喜びを感じていた。

 茜と「誰なんだおまえは」というラジオ番組の話をしていると、佑太が教卓の前に立ち、茜と岳を見下ろした。


「お二人さん!朝から仲良しでございますねぇ!」


 からかう様にそう言うと佑太は「付き合っちゃえよ」と追い討ちを掛けた。岳が「ないない」と否定し、茜が「何言ってんの?」と呆れた口調で佑太を見上げた。

 佑太は「分かってねぇ!二人とも、分かってねぇ!」と叫んだが「分かってねぇのは佑太だろ」と岳が言うと、佑太は大人しく自分の席に戻った。

 純が覚めないままの表情で教室へ入ると茜が「来たなぁ!」と自分の椅子を純の席に近付けた。

 その姿を見た純は顔を蒼くしながら席に着く。


「純君!昨日部活サボったでしょ!」

「いやー、申し訳ない」


 薄笑いを浮かべながら純は謝ったが、茜は真剣そのものだった。


「何笑ってんの!?馬鹿じゃないの?」

「本当すまんね。いやー、申し訳ないな」


 岳は「部活サボってメタルスラッグやって花火で興奮してたよ」という言葉を出す代わりに、だんまりを決め込んだ。


「純君。罰として昼休み奈々ちゃんに告白して来て」

「えぇ!それは違うじゃん!」

「じゃあ部活出なさい。剣道部でしょ」

「まぁ、考えておくよ」

「大体、友達が悪いんだよ!この三馬鹿トリオ!」


 茜がそう言うと、岳と佑太は「ははは」と笑いながら頭を掻いて誤魔化した。


 昼休み。岳が図書室から戻ると佑太が声を掛けた。


「がっちゃん。いつ告白すんの?」

「え?いや……まだすぐって訳には」

「なんで?絶対上手くいくって。付き合ってるって噂してる奴もいるんだぜ?」

「はぁ?それは困るよ。次、聞いたらちゃんと否定しとけよ」

「ええ?だって、いいことじゃん!本当にしちゃえよ!」

「俺は好きだけど、多分森下にその気はないで。困るだけだろ……」

「そんな事ねぇって!分からないじゃん!?」

「いや……なんていうか……」


 岳は早くこの気持ちを終わらせてしまいたいと思う反面、すぐにそれを伝えられない自分に戸惑いと苛立ちを覚えていた。

 さっさと打ち明けて終わりにしたら良い。と思えば思うほど、それを口に出す事が永久に不可能なように感じられた。

 思い描けない幸せが現実になるのも怖ければ、また、振られて傷付くのも怖かったのだ。


「がっちゃん。逃げんなよ」


 佑太のその言葉が岳の心に深く突き刺さる。逃げているんだろう。認めたくは無かったが、その自覚はあった。

 佑太が更に何かを言い掛けたその時、大きな身体が二人の所に迫って来るのが見えた。

 同じクラスで柔道部の飯元めしもとという男子生徒だった。巨体が岳の机に影を作る。


「がっちゃん。話あんだけど。いい?」

「あぁ……いいよ」


 教室の隅へ連れて行かれ、飯元が岳を角に追いやる。完全に逃げ場を塞いだ形だ。

 岳には飯元に話があると言われる理由が思い浮かばなかった。寧ろ、先日給食の「ココア揚げパン」を気前良く飯元にあげた事を感謝されても良いくらいだった。飯元は口の周りを真っ黒にしながら嬉しそうに頬張っていたはずだった。

 しかし、目の前に立つ飯元は岳を睨みつけている。

 とてもではないが「ココア揚げパンありがとう」と言い出す雰囲気ではない。

 それに飯元は人を呼び出すようなタイプでも無かった。

 これは只事ではないな、と岳は感じると先に口を開いた。


「飯元、何?」

「がっちゃん……森下が好きってマジか?」


 飯元が腰に左手を当てながらそう聞いてきたが、質問内容よりもあどけない顔とその巨体に似つかわしくない澄ましたポージングが気になり、岳は思わず噴き出しそうになる。

 岳は笑いを堪えながらも真剣に答えた。


「あぁ、そうだよ。俺は森下が好きだよ」

「そっか……残念だったな」

「ん?どういう事だよ?」


 茜を好きでいるのが残念と言われる理由が分からず、岳は急に不安を覚えた。茜に関して良くない噂などは特に無く、恋人も居ないはずだった。岳には飯元に「残念」と言われる理由が分からなかった。

 飯元は両手を腰に当て始めた。岳は「このポーズならしっくり来る」と、内心納得した。


「がっちゃん……俺も森下が好きだ。俺の方が絶対好きだ!」

「うん。良いんじゃない?で、何で残念なの?」


 岳は飯元の想いに特に興味も持たずに「残念」の真相を急かした。

 飯元が実は茜と「付き合う事になった」という万分の一にも無いような奇跡が起こったのかもしれない、と岳は考えた。

 包容力のある人が好きだ、と茜は言っていた。だが、目の前に居るのは「包容」と言うより「圧迫」と言う方が正しいような気がしていた。


「がっちゃん。剣道部と柔道部は近い」

「あぁ。隣だもんね」

「だから……残念だったな……」

「は?」


 岳は本当に飯元の言っている意味が分からず、思わず神妙な顔つきになった。


「飯元、意味分かんないんだけど」


 すると飯元は「やれやれ」とでも言いたげに首を左右に振った。


「剣道部と柔道部は隣だから、俺は森下と付き合える。だって隣だから」

「え……?」

「だから、残念だったなって言った」


 飯元の根拠なき大いなる自信に、岳は声を上げて笑った。そうかそうか、と笑い泣きしながら飯元の背中を叩き「ガッツマン頑張れ。隣だから大丈夫!」と励ました。「

「隣で付き合えるなら、同じ剣道部員はどうなるんだろうか」とも考えたが飯元理論に根拠などは不要だった。


 岳は飯元みたいな奴でも好きな人とは結ばれたいと思うのが当たり前なんだな、と思うと自分だけが置いていかれているような気持ちになった。

 もし茜もそうだとしたら、自分はその輪の中に飛び込まずに消える方が良いだろう、とも感じていた。


「あー、笑った」


 岳はひとりごちて席に着くと千代から「ちょっといい?」と声を掛けられた。千代の隣の席の純は寝ていた。良く見ると目が薄っすらと開いている。目の前に手をかざしても反応が無く、純の癖に岳は驚いた。

 千代の方に顔を向ける。


「どうしたん?」

「がっちゃん、話があるの」

「話……今日は俺に話がある奴多いな」

「皆がっちゃんに聞いて欲しいんだよ。ねぇ、放課後時間ある?」

「あるよ」

「じゃあ、皆帰った後、私残ってるから教室に来て。がっちゃんだけね?変なの連れて来ないでね?」


 奇声を上げる佑太、花火を持つ純、どもる猿渡、エロについて語る良和の姿が続々と岳の目に浮かんだ。


「大丈夫。教室来ればいい?」

「うん。二人だけで話したいことがある」

「分かった」


 岳は今までの千代の振る舞いからして告白などではないだろうな、と思っていた。

 それは当たりでもあり、外れでもあったが茜に気持ちをぶつけようと奮起する切っ掛けにもなった出来事であった。

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