スピンオフ・茜のおしゃべり
それぞれの日常を生きる彼ら。そんな何気ない日常を作品とシンクロさせながらも一人称で綴るスピンオフ。
茜のおしゃべり。
先週、出勤直後に私の担当していた有村さんが亡くなったと主任から知らされた。
知らされたっていうか、主任はあくまでも事務的に淡々言ってたんだけど。そう、あれだ。「報告」ってやつです。
98歳のおじいちゃん、きっと大往生!って事なんだろな。
朝の点検時に見回った時にはもうベッドの上で冷たくなっていた(らしい)。詳しいことはわからない。
専門学校を卒業して介護施設で働き始めて数ヶ月。人ってやっぱりどんなに長生きしても、最後は死ぬんだなぁというのが正直な感想。
だって、マジで死んじゃうんだもん。
職員皆で集まっていつもの黙祷。
「長生きしてくれてありがとう」
有村さんの遺族達は有村さんに対してそう言って泣いていたけど、何処か晴れ晴れとした表情にも見えた。
「あー、やっと死んでくれたわぁ」みたいな。
だって、「息子さん」って言ったってもう75歳だって。うち、普通に同じ年くらいの入居者いるし。
まぁ、介護者を持つ家族って色々と大変なんだろうな。事情やら私情やらは深くは突っ込まないようにしている。そう、なってしまった。
悲しくないかって言われたらそりゃもちろん悲しいんだけど、私は遺族じゃないし施設の職員である訳で、一々深く悲しんでいたら身も心も持たないし、割り切りが必要なんだって分かって来た。
だって仕事だよ?毎日の連続だよ?誰よりも深く悲しんだからって私は一生分の給料をもらって仕事から解放される訳ではないのだ。
大人みたいな事考えるなぁって思うけど、私はもう大人だった。
日勤が終わって帰ろうとすると夜勤の阿達さんが北海道旅行のお土産を私にくれた。定番の白い恋人。
阿達さんはほっぺがふっくらしてて、いつも笑顔で、明るくて、気さくで、可愛らしいなぁって思う。
でも男にはモテないタイプ。っていうか簡単に騙されそう。これは「絶対」と言えるけど、阿達さんには口が裂けても言えない。
あー、疲れた疲れた。帰ろ。
仕事に対してある程度の使命感みたいなものはあるけど、仕事だけに振り回されて生きるのは嫌だ。だって、大人って言ってもまだ若いもん。私はもっともっと自由でいたい。自由でいるために働くのだ。
本当は好きなことを好きな時にして、好きな人と好きな距離で求め合って、好きな場所で寝たり起きたり好きな物を食べたり飲んだりして過ごしたい。
私が自分勝手なんじゃなくて、世の中は自分勝手な者同士の勝負の世界なのだ。譲歩したら負け。
なので、帰ろうと思ったけど仕事終わりに自由を求めにクラブへ行った。そう、今付き合ってるDJの彼氏と。
お酒を飲んでリズムに身体を預けると、本当嫌な事も何もかも自然と全部どっかにいっちゃう。
で、そこで最悪な出来事が起こった。けど、何が起きたかは言いたくない。
そういう微妙でおおっぴらにしたくない事は腐れ縁の「ヤドピー」こと矢所さんに相談。小学校に入った頃から私の側にはいっつもヤドピーがいた。
ちょっとギョロ目で、容姿が原因でずっとイジメられてたりしたけど、ヤドピーはイジメに負けることなく常に前向きに立ち向かっていた。他のコだったら泣いちゃう時でも、ヤドピーはいつも吼えていた。
ガッツ&ファイト。
ヤドピーを思う時、私はいつもその言葉をイメージする。
助けられない時も沢山あった。ヤドピーの強さにかまけて助けるギリギリで傍観していた私。
ださいかな?ださいよね。ごめん。
どんな話でも受け入れてくれるヤドピーは私にとっての心のゴミ箱。ん?いやいや、心のリサイクル工場。
「えぇ!?また別れたの!?やぁだー!!」
ヤドピーは私の話を聞くと、大袈裟過ぎるほど大袈裟に驚いてみせた。ていうか、「また」って言われるほど今回は短くなかった気がするんだけど。
私の話を聞いてもらって、今度は私がヤドピーの話を聞く番。
レンタルビデオ店で働くヤドピーの最近の楽しみはイケメン探しなんだって。
深夜帯はとにかく変なお客さんばっか来てうんざりするけど、たまにイケメンが来ると癒されるらしい。
なんか幸せだなぁ、そういうのって。
私が言いたいのはヤドピーのレベルが低いとかじゃなくて、そういうのが素直に喜べるっていう所。
私は強くて確かなものばかりについつい目がいってしまう。
バーテン?最高。サーファー?最高!DJ?最高!!
これがいけないんだろうなぁ。
今回のDJはマジ、大失敗だった。でも、自分の彼氏が主催するイベントってめっちゃ、いや、もう考えないようにしよう。こないだまでのスイートメモリーズは、無縁仏になりました。
「で、純君とはどうなの!?ねぇ!この前さぁ……何かあったんでしょ?」
「だから何もないって!皆してそればっか!何もありません。以上!」
「純君も教えてくんなかったんだよー!?二人して隠しちゃってさぁ」
「え?待って。ヤドピー、純君に直接聞いたの?」
「え?聞いたよ?」
最悪。
「茜、布団の中で純君と何かあったんでしょ!?想像するだけでドキドキするわぁ」
「別に何もないよ。たまたまベッドに入ったら純君が先に寝てただけだよ」
「嘘つき」
「あのさぁ、何も無いから何の話も出ないんだからさ、もうこの話は終わり!終了」
「えー!だって彰が「してる」って叫んだじゃん……」
「してるって、何を?」
純君に無遠慮に二人のことを聞いた罰。
格好だけはバリバリの「B-BOY」なのに中身はポンコツ。皆の中に居る時はヘラヘラ笑ってて、たまにイジられてる純君。しつけの行き届いた犬みたいに素直だと思ったら、次の瞬間には病気の人みたいにブツブツ何か独りで呟き始めて自分の世界に引き篭もったりする気難しい人。
そんな純君に微妙で繊細な事をデリカシーゼロで堂々と聞いてしまうヤドピー。
私はヤドピーにちょっとイジワルする。ヤドピーは今の今まで彼氏がいたことがない。
そのイジワルに、ヤドピーは途端に目を泳がせ始めた。
「してるって、だから……その、ほら!アレでしょ!してるって言えば、アレ!」
「アレって何よ?ちゃんと言われないと答えようが無いなぁ」
「だからほらっ!せ、せっ……」
「せー?せ、何?」
「せっ……て言ったら分かるじゃん!茜のイジワル!言わせないでよね、恥ずかしい!」
思惑通りヤドピーは目をギョロギョロ、いや、白黒させたので私は少しだけヤドピーを許す。
「ぜーんぜん、分かんない。あーあ、どっかに良い男いないかなぁ」
アイスカフェ頼んだけど、もう氷が溶け始めてる。さては、安い氷だな。ストローでかき混ぜたら薄まっちゃった。こうなると飲む気が少し失せる。
ヤドピーが大声で言った。
「純君がいるじゃん!イケメンだしさぁ、茜とイイ感じ?じゃん!」
「さっきから何言ってんの?あとさ、声でかいよ」
「えっ……ごめんごめん。……で、純君とはイイ感じなんでしょ?」
「何もないよ。ある訳ないでしょ」
ヤドピーも佑太も、千代も、きっとがっちゃんも、そう思ってるんだろうなぁ。
正直、自分でも分からない。純君はなんていうか……中学校の頃とか、最初は本当ただのバカ犬みたいなもんだと思ってた。
剣道部に入ったのはいいけど全然部活に来ないでサボってばっか。佑太とがっちゃんと一緒にヘラヘラして、放課後になると教室にいる癖に部活には来ないの。部活来ないなら帰ればいいのに校内に残ってるし、当然目に付くから余計ムカついて、いつも教室まで迎えに行ってたなぁ。
クラスが同じだったとはいえ、女子剣道部の私がだよ?
何で行ってたんだろ。やっぱムカついてたからかな。
塾が一緒で、三年になってクラスが別々になっても顔を合わせる機会は多かった。電話でも結構色んな事話した。でも、私は忘れっぽいからすぐに話した事とか忘れちゃう。
音楽の話しとか、塾の先生の悪口とか、くだらない事ばっかだったと思うけど。
それでも、純君と過ごす時間は嫌だなぁって思わなかった。
変に男臭くないからかな?むしろ、無臭。
大人になってから会った純君は凄く背が伸びてて、髭まで伸ばしてて、おまけにB-BOYになっててビックリ。
でも、たまにすっっっっっっっごく暗い!!時がある。
皆で集まってる時だって部屋の片隅でポケットゲームして遊んでる。座敷わらしかな?
でも、こないだカラオケ屋でUFOキャッチャーでクマのぬいぐるみを取ってくれたっけ。
純君から「取ろうか?」って言ってくれて、その顔があんまりにも真剣だったから私はつい、見入ってしまった。
カッコイイ!とか、抱かれたい!とか、純君に対しては多分、一生思わないと思う。ちょっと違う。
あの時は横顔があんまり真剣だったから、ついつい見てしまった。進んであぁいう事を言ってくれたのも、実は嬉しかったんだ。
皆とはいつもちょっと違う場所にいる男の子、かな。
どう接していいか分からない時もあるけど、あんまり考えると純君まで一緒に考え出してまた暗くなるだろうから、私は純君の前ではいつも笑ってる。でも、無理はしてないよ。
その点、良和とか佑太は楽。バカの見本市。放っといても大丈夫。けど、たまにうるさい。翔は頭もいいし、計算なんかする時は本当に役に立つ。あの中じゃまとも。でも、アニメや漫画の話しが多いかな。髪の毛空けばもっとカッコよくなるのに、残念ボーイだ。猿渡は何か、怖い。グロいもんばっか見てる。がっちゃんはいざって時は頼りになるし、皆のお兄ちゃんって感じだけど、いかんせん身体が弱すぎ。皆と騒いだ後はいつも寝てるか、ぐったりしてる。
「俺ん家、離婚してるんだ」
そう言って笑ったがっちゃんに、中学二年の私は驚いた。だって親の離婚話しなんてまだタブーみたいな空気あったし、私ん家も離婚してたけど、そんなあっけらかんと言える人いるんだって思って、私も素直に白状した。
経験してるからこそ笑って話せることって、やっぱりある。
そっからすぐに仲良くなった。
けど、いつだったか私が皆の前で笑ってる時に凄く冷めた目でがっちゃんに言われた。
「森下、無理してない?」
その瞬間、私は崖から突き落とされたような気分になった。あと、恥ずかしくて逃げ出したかった。
心の裏側とか、皆に隠しておきたい事とかをさらっと言う奴。
きっとずいぶん前から気付かれてたんだろうなぁ。
凄く怖い人だなぁって思って、そこから少しだけ苦手になった。
もしかしたらそれって同属嫌悪なのかもしれない。
人を苦手になると人の事をよく見るようになってしまう。それはつまり、処世術。
見方と敵を見分ける技を身につけた。
そう意味で言えばいつも豪快に笑う千代も実は繊細で臆病なんだって知ってる。
人に強くものを言ったり、豪快に笑ったりするのも自分を守るためなんだよね。
千代はいつも綺麗で可愛い。憧れる部分もあるけど、私が守らなきゃって思っちゃう時もある。明るく笑うけど、実は臆病で不器用な千代。
あー、私は千代が大好きだ。また泊まり行くからいっぱいおしゃべりしようね、千代。
ヤドピーと別れた後、私は「彼」のいない日常を送り始めた。
けど、特に心境は変わらなかった。なんでだろう。あ、でもヒップホップはしばらく聴きたくないな。
軽くトラウマになりそう。本当にライトなトラウマ。仕事が終わって、外へ出たら何故か急に虚しいような気持ちになって、純君の声が聞きたくなった。
特に用事はないんだけど、生存確認。
すぐに電話に出た純君は妙に優しい口ぶりで「もしもし?」とか言った。
なんか、その言い方が純君に似合わなくてムズムズする。
皆で海に行く前に頼んでた事を思い出して聞いてみたら、買出しに行くはずだったがっちゃんが寝込んじゃって、代わりに良和と猿渡が買出しに行く事になってた。最悪。溜息が出る。がっちゃんは意外とストレスに弱いし、それがすぐ身体に出る。実は皆気付いてる。
「はぁ……嫌な未来しか想像出来ない。ねぇ、純君今何してんの?」
「え?バイトまで暇してるからゲームしてたんさ」
出た。ゲーム。本当に純君はゲームが好きだ。そうだ、この子をたまには外に連れ出そう。ゲーム漬けはよくない。本当に犬みたいだけど、外へ出さなきゃ。純君!外の空気吸わないと心が腐るよ!
「またゲーム?ねぇ、暇ならご飯でも食べ行かない?」
「あぁ、いいよ。迎え行こうか?」
「当たり前じゃん!」
偉そうに私がそう言ってから純君はたった30分で迎えに来た。偉い。でも、私は褒めない。
背が伸びて声もすっかり低くなった純君の隣で、私は外を眺めてる。中学の時の純君の声はもう少し……えっと、どんなだったかな。とにかく、高かったはず。
「どっちがいい?」
そう聞かれて指差した今回のチュッパチャップスは少し、甘酸っぱい。柔らい味。
考えてみたら私、男の子と二人っきりなんだよなぁ。
でも、なんだろう。ドキドキするとか、そういうのじゃない。何て言えばいいのか分からないけど、私は純君の下手糞な運転の横に居て、安心している事は確実だ。
昔から知ってるからなんだろうか。でも佑太だったら嫌だなぁ。それも昔っから知ってるから?
「黒人の店で買ったティンバーランドさ、実はめっちゃボラれてた」実に、純君らしいエピソード。
その話しを聞いて私は笑う。
そんな話しを純君は一々少し恥ずかしそうにするもんだから、ロマンチックな言葉なんて飛び出す訳がない。
どこに行こうか?って聞かれたから、私は国道沿いのファミレスの名前を出した。
気を遣わないでいっぱい喋れるし、私達には洒落たイタリアンなんかよりよっぽど庶民的なお店の方がしっくり来る。二人で洒落たイタリアンの店に居るのを想像すると、少し笑えた。
せっかく一緒に居るんだったら、いっぱい話したい。
景色がどんどん夜になっていく。車のヘッドライトがつらなって、同じ車間でたくさん走ってる。皆、どこに行くんだろう。
昔は自分がどう思うかって事しか考えてなかった。今は周りがどう思うかってより、自分がどう思うかって事を意識して大事にするようになった。
そのうち、自分がどう思うかって事を探すようになっちゃうんだろうか。
見つけられるうちに色んな事を見つけたい。だって、私は忘れっぽいから。
たまーに見える純君の「心の病」みたいな部分も、いつかちゃんと聞き出せたらいいなぁって思うけど、そうなったら私はまたいつかの「ださい」私みたいになっちゃうんだろうか?
うーん。どうなんだろう。でも、案外しっかり「割り切って」考えて、まっ正面から聞けたりして。
でも、仕事じゃないからなぁ。
そう、仕事じゃないんだよ。
だから、純君が笑う時は私もつい笑っちゃう。
今日もまた、いっぱい笑っちゃおう。
あー、本当にこの人は運転が下手だ。え?隣の車が寄せ過ぎてるから?いやいや、純君が単純に運転下手なだけだよ。バック駐車、さっきから何回切り換えしてるんだろ。
目の前にファミレスがあるのに私達は中々車から降りられないでいる。
「マジ下手!次、私に貸してみなよ!」
そう言って私はさっそく笑った。




