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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
126/183

スン・シン

花火大会の後に彼らは中国人留学生のスン・シンの家へと向かう。しかし、そこで彼らを待ち受けていたのは…。

 水天宮花火大会が終わるとスン・シンの誘いで純達は寄居の山深い場所にあるスン・シンの祖母宅に泊まる事となった。

 良和と純の車二台に分乗して、彼らは山に向かう真っ暗な農道を進んでいく。その間、ギターが好きなスン・シンは岳と楽しげに喋り続けていた。

 車を停めて二階建ての古めかしい家屋に入ると、大きな柱時計の音だけが彼らを出迎えた。


「お婆さん、もう寝てるし,耳悪いから大きな音しても大丈夫です。私ね、ギター好き!岳さん、一緒ギター弾きましょう!早く、皆さん部屋行きますね!」


 先を進むスン・シンに手招きされて、彼らは玄関で靴を脱ぎ始めた。

 薄暗い廊下を進むと壁に貼られたカレンダーが二年前のものである事に気が付き、純は祖母が普段丈夫なのかどうかが気になり始めた。

 畳敷きの六畳間に入るとスン・シンは数本のギターのうちから一本を岳に手渡し、いきなりハードなギターリフを演奏し始めた。岳はあまり慣れないジャンルの為に少々戸惑ったが何とかコードを拾ってバッキングを合わせ始める。すると、盛り上がり始めたスン・シンはTシャツを脱いで上半身裸で演奏し始め、興奮の為なのか中国語で何かを絶叫し始めた。

 身体を揺らすたびにポッコリとはみ出た腹がギターの裏から見え隠れして、純と佑太はその度に苦い笑いを漏らした。

 部屋に貼られた無数の「ブルース・リー」のポスター。大型の電子ピアノとヘヴィ・メタル向けギターの数々。乱雑に脱ぎ散らかされたベッドの上の衣服。

 スン・シンはギターを置くと上半身裸のまま、前置きする事なく喋り始めた。


「今日はね、いっぱいな人来て私は嬉しいです!私はね、上海でドラム缶使って遊んでましたよ!使ってない倉庫基地にしてね、皆、泥棒します!はははは!」

「スン・シン!それは遊びじゃなくて犯罪だよ!は、ん、ざ、い!分かる!?」


 佑太のうんざりしたような声にスン・シンは肩をすくめ、わざと知らない振りをする。スン・シンは佑太の言葉に構うことなく続ける。


「日本の遊びですね、人の殺すゲーム沢山あって楽しいですね!中国、殺すはうるさいからとても出来なかったですよ!日本来たらね、殺すがとても最高です!殺す一番ですね!皆さん、どんどんゲームで殺します!純さん、あなたはゲーム好きでしょう!?」

「え?まぁ、そりゃゲームは好きだけどさ……」


 純は目を輝かせながら「殺す」と連呼するスン・シンに狂気めいた気配を感じていた。この場にいる事自体、後ろめたい気持ちにさせてしまう。


「じゃあ殺す好きな人!あなた「パンヤオ」ですよ!殺すゲーム、ここあります!さぁ、殺しましょ!純さん、たくさん、殺しましょ!」

「え……うん……まいっちゃうな……」


 純はスン・シンに言われるがまましぶしぶゲームコントローラを握り始めた。

 ゲーム画面には街で縦横無尽に敵を銃で撃ちまくるデモ画面が映し出される。

 全く知らないゲームだったが純はすぐにコツを掴み、難なくステージをクリアしていった。


「もう一回」「もう一回」「もう一回」

 と純は何度となく興奮するスン・シンからゲームプレイを要求され、疲れ果てた顔をしながらもそれに応じている。佑太はスン・シンに時折「もう止めようぜ?」と声を掛けたがまるで反応する様子を見せなかった。

 ゲームを止めると今度は眠たげな表情を浮かべる岳を揺すり、ギターを弾き始める。

 深夜を過ぎてもスン・シンは眠る気配を見せず、その調子はどんどん上がり始める。

 良和が「スン・シン、もう寝ようぜ」と諭すもスン・シンは目を見開いたまま「NO、です!」と叫んだ。

 明け方近くになってもスン・シンは興奮気味にほぼ一人で喋り続けていた。純と岳は「あぁ」「へぇ」と生返事していたが佑太と良和は疲れ切った様子で時折、目を瞑っていた。

 眠ろうとするとスン・シンが「起きて下さい!」としつこく彼らを揺さぶった。


 全員が疲れた気配を隠す事なく横になり始めたその時だった。煙草の換気の為に僅かに開けていた窓から部屋に入り込んで来たナナフシをスン・シンが捕まえ、嬉しそうな声で叫んだ。


「わぁ!これ良いですよ!楽しい事します!皆、起きて!イベント始めますよ!ほら、凄いです!皆楽しみましょう!起きて起きて!」


 スン・シンに叩き起こされた彼らが起き抜けに目にした光景。それはゴミ箱の上でナナフシにライターオイルを掛けるスン・シンの姿だった。


「純さん、これ燃やしたら面白いでしょう!純さんなら分かるでしょう!?殺す、しましょう!」

「いやいやいや!やめなよ!スン・シン、それはダメだって!」

「何故です?純さん、ダメは何故ですか?楽しくない?殺すは楽しいです!」

「それはダメだから!何で分からんかなぁ……もう!」


 純が止める横で良和は「うわぁ……」と小さな悲鳴を上げ、佑太は口を一文字に結んでいた。岳は吐き気を催したのか、口元を押さえながらスン・シンを睨んでいる。

 スン・シンは楽しげな表情のままナナフシに火を点けると高笑いを始めた。


「あはははは!笑えますね!面白いはこれですね!あははははは!」


 スン・シンの異常な行動に岳はその場を飛び出し外へ出て行く。純が苛立ちを滲ませながらかぶりを振り、佑太と良和がスン・シンを何とか説得して止めさせる。


「スン・シン!危ないから止めろよ!皆いるんだし、家燃えたらどうすんだよ!」

「そうだで!スン・シン、日本じゃやっていいことと悪いことがあるん!中国だってそうなんじゃねーの!?」

「何、言いますか!?では、何で日本人、中国人いっぱい殺しましたか!?私、お爺さん、頭の皮剥がされて死にましたよ!面白いですね!はははは!」

「もう寝ろよ……」

「まだ寝ません!次、何殺しましょう!?燃えても大丈夫、私は逃げられます!お婆さん、死んでも私は平気ですね!だから大丈夫!」

「おまえ…………」


 良和と佑太は顔を見合わせて眉間に皺を寄せ、スン・シンに背を向けて座り込んだ。

 説得を放棄した良和と佑太はそれ以上は何も言わずにゲームを始めた。スン・シンは余程はしゃぎ疲れたのか、横になるとすぐに深い寝息を立て始めた。良和はスン・シンが眠ったのを横目で見るとコントローラを放り投げた。気分が悪そうに頭を抱えながら「先、帰るわ」と部屋を出る。

 佑太が静かに頷き、純が「あぁ」と返事をしながら何気なくゴミ箱の中を覗き込む。黒焦げになったナナフシの下、ティッシュの隙間からは何か別の黒い物体が見え、純はそっと溜息をついた。


 純は火を使った遊びが好きだった。花火はもちろんの事、中学生の頃に川原でキャンプをした時は一晩中焚き火を眺めて過ごしたりもした。高校卒業後、無職だった時期に部屋のゴミ箱の中にあったティッシュを燃やした事が何度かあった。

 燃え上がる炎を見詰めている間は全ての事を忘れ、何も考える事のない無心で居られた。

 岳の部屋にあったステンレス製のゴミ箱。岳の居ない隙に純は衝動に駆られてその中身に火をつけた。自分でも気が付いたら火をつけていた、という感覚だった。すぐに部屋に戻って来た岳はその光景を目にした途端、火の上がったゴミ箱ごと純を蹴り飛ばした。

 純は部屋で一人、火を眺めながら笑っていた。


 しかし、純は常軌を逸した行動で部屋の中で火を燃やすことはあっても、ただの一度も生き物を対象にしたりはしなかった。

 自分の中の抱え切れないストレスを吐き出す為に、純はゴミに火をつけていたのだ。

 スン・シンが火をつける理由は命を奪う楽しみの為だった。

 平然と生き物の命を奪ったスン・シンは穏やかな顔で寝息を立てている。上半身裸の為、大きな腹が呼吸をする度に膨らんだり引っ込んだりする。

 それを見ながら純は何故か燃えるゴミを連想する。火をつける妄想に駆られ、それをかき消すためにかぶりを振った。

 急な階段を下り、引き戸の玄関を開けると岳は外の暗闇の中で煙草を吸っていた。


「がっちゃん……大丈夫かい?」

「いや……」

「まぁ、大丈夫な方がおかしいか」


 純はわざと明るいトーンでそう言ったが、岳は何も答えなかった。

 湿気を持った夏の明け方の匂いがし始める。山の匂いだな、と純は感じる。

 岳は煙草を揉み消しながら、精気のない言葉を吐き出す。


「あの中国人狂ってんだろ……猿渡だって生き物殺してる所なんか見た事ねぇよ」

「俺も虫燃やすのにはまいったよ……やる事エグいよね」

「放火仲間なんじゃないの?」


 岳の皮肉めいた言葉に純は軽く笑い声を漏らす。


「いやいや。流石に何か殺すのはちょっとないよ……。部屋戻るかい?」

「いや、あんな所で寝たくない。なんだったら歩いて帰るわ。胸糞悪い」

「車出すからさ、一旦コンビニでも行かんかい?佑太置いたまんまだけど」

「そうしようか」

「あぁ。ちょっと逃亡しよう」


 佑太はまどろんだままブラウン管に流れ続ける「死亡遊戯」を見詰めていた。純と岳が戻って来ない事に不安を感じ始めたが眠気が勝ってしまい、携帯電話を手にする気力が振り絞れない。

 ブルース・リーの目にも止まらぬ動きをうつろに眺めている内に段々と視界が狭くなり、いつの間にか佑太はスン・シンの横で深い眠りに落ちてしまった。


 コンビニに着いた純と岳は珈琲を飲みながらスン・シンの異常性について語り合っていた。

 二人はスン・シンが「いつか人を殺す」という結論に至り、佑太を犠牲にしてスン・シンの部屋には戻らずに男衾へ帰った。

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