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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
125/183

クラクションの夜

海から埼玉へ戻った深夜。佑太は千代と岳を乗せて茜の家を出発する。すると、千代がキーケースを失くしたと慌て出し…。そして、想いを真正面から伝えた佑太に千代は。

 佑太の運転する車に乗って帰る千代と岳。その時、突然千代が「鍵が無い!」と叫び出した。

 バッグの中を必死に探したものの、キーケースごと無くなっていると千代は頭を抱えながら言った。


「最後に鍵があったの覚えてるのっていつ?」

「えー……海行く前に茜の部屋で遊んでて……その時かな……。茜電話出るかな?」

「今ならまだ引き返せるから電話してみろよ」

「分かった……」


 千代は佑太に言われるまま、浮かない表情で茜に電話を掛け始めた。


「…………もしもし?茜?あのさ、私のキーケース茜の部屋にないかな?そう、茶色の。え?本当!?ごめーん……本当ごめん。あやうく帰れなくなる所だったよ……。うん、うん。ありがとう」

「…………戻ればいい?」

「うん。佑太、ごめん」

「世話ねぇよ。任せとけ!」


 二人の会話を後部座席で聞きながら岳は再び眠気を覚え始めていた。何故か身体が怠く、重たく感じる。はしゃぎ過ぎて身体が忘れていたのだろうか、熱がぶり返している事に気が付く。

 結局、片道30分ほど掛けて車は茜の家へと戻った。ポストからキーケースを取り出した千代は申し訳無さそうな顔で佑太に頭を下げる。


「佑太……マジごめん」

「いいって!そんな顔すんなよ!」

「だってさぁ……私……本当ダメだ。また誰かに迷惑掛けちゃったよ」

「いいからもう行こうぜ?気にすんなよ」

「うん……ありがとう」


 そう言うと車は通りの少なくなった国道を再び走り始めた。道中、千代はいつもの佑太への強気な言葉を控えながら、とつとつと自分の事を語り出す。

 深夜の国道407号は数台のトラックが走るだけで、一般車の姿はほとんど無かった。


「私さぁ……いつも言いたい事言ってるように見えるかな?」

「まぁ……千代はパッと見はそう感じるけど。でも……実は本当はもっと言いたい事あるんじゃねーかなって思ってる」

「ねぇ、なんでそう思う?」

「なんつーか……弱さみたいなのを感じる瞬間がたまにあんだよ。無理に隠してるっていうか……」

「そうかな……私さ、片親暮らしみたいなもんだったからさ。親に甘えたり人に甘えたり出来ないんだよね。そういうのって誤魔化し切れないのかなぁ?大人になればもっと上手くやれるって思ってたんだけどな」

「隠さなくていいんじゃないの?寂しいなら寂しいって言えばいいじゃん」

「それが出来たらこんな苦労しないよ。いっつも強い事言って、うやむやにしちゃう」

「それは……森下もそうなんかな?」

「茜?茜もきっとそういう部分あるよ。親に恵まれないと子供は悲惨だよ」

「俺は……そういう時、何も言えねぇわ。親は別に離婚もしてねぇし……けど、皆で居たらそんなん関係ねぇじゃん」

「たまに、本当たまにだけど……あー、やっぱり私は違うんだなぁって感じる時はあるよ」

「そうなん?そっか……。がっちゃんとかも感じてるのかな。そういうの」

「がっちゃんが居ると安心するけど、そういうのが分かるからかもしれない。言いたい事言わないんじゃなくて……言えない人なのかなって思うよ」

「言わないと言えないって……それって違うことなん?」

「似てるけど、全然違うと思う」

「俺はまぁ……言いたい事はガンガン言っちまうからなぁ。人それぞれでいいんじゃね?って思っちまうけど。けど、何かあった時は言って欲しいと思う」

「うん。そうだよね……言わないのが一番悪いって、分かってるんだけどね」


 千代はそう言うと途端に押し黙った。車内を急に夜の静けさが包み始め、佑太は沈黙に耐え切れずにラジオのスイッチを押す。FMからは軽快なジャズナンバーが流れ、落ち着いた喋りの男性DJが曲の解説を始めた。

 佑太は裏道を使いながら山沿いにある大東文化大学横手の坂道を下っていく。長いストレートが終わり、左へカーブした先でスピードを緩めるとやっと佑太から口を開いた。


「千代さ」

「うん?」

「あのさ……マジで俺と付き合わねぇ?」


 信号機が赤に変わり、車が停止する。信号が長く感じられ、その間に千代は何か言い掛けたが、言葉を飲み込み、ゆっくりとかぶりを振ると佑太に伝えた。


「本当ごめん。今は誰かと付き合うとか、考えられない」

「そっか……分かった」

「ごめんね。最近になって佑太の事、実はいい奴なのかなぁって見直してるんだけどさ……」

「いや……もういいよ」


 ようやく変わった青信号に、佑太はやや遅れてアクセルを踏み込む。


「またさ……皆で遊ぼうぜ」

「うん、そうだね」

「おい、忘れもんするなよ?もうさすがに戻らないぜ」

「分かってるよ!言っとくけど私、そこまで馬鹿じゃないからね?」

「いや……そいつはどうだろ?」

「佑太にだけは言われたくない!」


 車は千代の家のすぐ近くで停まった。千代は入念に忘れ物がないかチェックするとバッグの中身を確認しながら車を降りる。後部座席を覗いたが岳は横たわったまま、動く素振りも見せなかった。


「寝ちゃってるけど、がっちゃんにも「ごめん」って言っといてね。私のせいで引っ張り回してしまったよ……」

「おう。がっちゃんなら平気だって!」

「平気でも言っといて!誠意がないとか思われたくないんだよ」

「そんな気にする事ねぇと思うけどなぁ。まぁ、伝えとくわ」

「佑太。海、楽しかったよ」

「あぁ、俺もマジ楽しかったわ」

「じゃあ、帰り気をつけてね」

「おう、おやすみ」

「佑太、ありがとね。おやすみ」


 千代の言葉に佑太は片手を上げて答えると車を発進させた。佑太の地声と良く似た甲高いクラクションが深夜の団地に鳴り響き、千代はくすりと笑った。


 翌週の土曜。寄居町で毎年行われる花火大会の水天宮祭を見る為に、純と岳は良和のアパートへと向かっていた。

 アパートからでも花火は見られたが、どうせならと花火が始まる前に水天宮名物でもある「舟山車」を見物に行く。

 人がごった返す玉淀遊歩道を歩き、川原を見下ろすと夕闇の水辺に浮かぶ美しい舟山車が姿を現した。

 灯りのついた提灯で彩られた舟山車は紫色に染まる景色にとても映えていた。


「露加」と呼ばれるロカビリーダンスを踊る集団が歩行者天国で踊りを披露し、鉢形城跡のある山手から花火が打ち上げられる。

 岳と純は鉢形にある元・担任の石垣の家へ顔を出す。石垣は外に置かれたビーチチェアに腰掛け、現役、OBを問わず多くの生徒達に取り囲まれていた。

 石垣は岳と純に気付くと手招きした。


「おう!おめぇら久しぶりだな!相変わらず冴えねぇ顔してんじゃねぇか!」

「久しぶりです。あの、新川です」

「んな事分かってるよ!俺はボケ老人じゃねぇんだぞ!何か飲むならビールでもジュースでも好きなもん適当に取れ!」

「相変わらずだなぁ……先生、いただきます!」

「おう!」


 後からやって来た佑太が岳に言われるまま石垣の家のガレージに現れ、岳と純の間に腰を下ろす。


「ここ誰ん家……?めっちゃ人いんじゃん」

「あぁ、あの人が俺とがっちゃんの高校ん時の先生なんさ」


 純が指差した場所には丸々としてはいるが、かなり筋肉質な中年男が若い女性を両脇に抱えてビーチチェアに腰を下ろしていた。


「先生……?あれが?あれって……ヤーとかじゃなくて?」

「いやいや、見た目怖いけどちゃんとした教師だよ」

「マジで……?」


 その時、石垣が佑太を指差して吼えた。


「おめぇ!おい!」

「は、はい!」


 佑太は無意識に立ち上がり、直立不動で返事をした。


「おめぇ猪名川と新川の知り合いか!?」

「は、はい!そうっす!」

「男衾か!?」

「はい!」

「男衾って感じのツラしてやがるもんなぁ!しっかし!おめぇは何でそんな黒いんだ!?日本人か!?」

「はい!純、日本人です!」

「嘘つけ馬鹿野郎!」

「いや……あの……本当に……」

「まぁいいや。ゆっくりしてくなり何なり、好きにしろ!」

「は、はい!あざっす!」


 佑太はゆっくりと腰を下ろすと「あれじゃ逆らえねぇわ……」と苦笑いを浮かべた。

 純がコーラを飲み干したタイミングで石垣の家を出ると良和と定時制の面々と合流する。

 その中に一人、見覚えの無い崩れたおかっぱ頭の少年が居る事に気が付く。

 見覚えの無い少年のカッターシャツの肩に手を置くと、佑太は訊ねた。


「おいおいおい……変なのばっかりの集まりに来ちゃって大丈夫?おまえ、名前は?」

「はい、私、名前は「スン・シン」です。中国の生まれ、お祖母ちゃん日本です」

「へぇ!?中国人!?マジかよ!すげーな!」

「あなた、黒い肌です。フィリピンですか?」

「ちげーよ!純、日本人だよ!」

「面白いですね、冗談、好きです!」

「冗談じゃねぇ!もう!」


 佑太はその日2回目の質問に苛立ってみせた。予想だにしていなかった「中国人留学生」の登場に彼らは新鮮みを感じていた。

 縁石に座って花火を眺めていると、純が岳の耳元に花火に負けじと何かを叫んだ。


「ねぇ!昔、花火行ったん覚えてるかい!?」

「いつの話し?行き過ぎててどれか分からねぇよ!」

「ほら、森下と杉下さんとさ」

「あー、あったね。行ったわ」


 何発か大型の花火が打ちあがり、あちこちから拍手が上がると空だけに束の間の静寂が訪れた。


「がっちゃんさ、あれって何だったんかさ?」

「えー……?忘れたよ、もう。杉下さんが純君の事好きだったから行ったんじゃないの?」

「あぁ……まぁそりゃそうだったけど……森下ってどうだったのかなぁってさ」

「どうもこうも、純君と杉下さんくっ付けようとしてたんじゃない?」

「そっかぁ。やっぱそういう感じだったのかなぁ?」

「んなもん本人に聞けよ。すぐ聞けんだろ」

「そうだけどさ、色々考えるのもまた楽しいじゃない?」

「杉下さんフッた癖に良く言うよ。純君、そういう所が性格悪いよな」

「はっはっは!まぁ、そうかなぁ」


 純は一瞬、実は中学時代に茜が自分に想いを寄せていたのではないか?と考えた。冬の塾帰りに寒空の下で延々と話し込んだりしていた記憶が蘇る。

 そして時を経た今、茜の居る日常の中で茜との距離が近づいていっている事に純は密かな自信のようなものも感じ始めていた。


 21時に終了予定のはずの花火だったが、時間を過ぎても花火は打ち上げられ続けた。

 警察が交通規制を解き始めた21時半。多くの者が駅へと向かい歩き始めていたその時、最後の一発と思われる花火が突然夜空に輝いた。

 岳は「事故かと思った」と驚いていたが、純は花火を眺めながら「こういうの、いいね」と呟いた。

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