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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
124/183

遊び疲れ

海を後にした彼らは埼玉へ帰ることになる。茜の代わりに運転する佑太は後部座席に茜と純を押しやり、純は…。

 海の帰り道。最初のパーキングでの休憩が終わると佑太が茜に運転を代わると告げた。


「オメーずっと運転してて疲れたんべ?代わるよ」


 8人乗りの白いワゴンを眺めながら、茜がどこか不満げに身体を捻る。


「えー、助かるけど……絶対ぶつけないでよ?」

「はぁ!?トラックドライバーナメんなよ!埼玉までゆっくり休めよ」

「まだまだ掛かるもんね……じゃあ任せよっかな」


 そのやり取りを眺めながら良和がアイスを舐める翔に耳打ちする。


「ホラ、今がチャンスだで」

「何がだよ?」

「運転代わればモテるぞぉ。運転する男はモテるぞぉ?」

「先週免許取ったばっかだぜ?さすがに遠慮しとくわ」

「何でー……モテるチャンスなのに」

「おまえ、死にたい?」

「いや、全く」

「じゃあ佑太に任せよう」


 佑太が運転席に乗り込む前、男達にそっと何かを耳打ちする。それぞれが顔を見合わせながら首を縦に振ると一同は車を降りた。


「おい、猿。降りろよ」

「な、なんで?」

「そこ居たら邪魔なの。いいから降りて」

「わ……分かった」


 岳に促された猿渡がしぶしぶ車を降りる。佑太が茜を三列目の奥へ誘導し、その隣に純を半ば強引に押し込めた。

 佑太は満足気にスライドドアを閉めると運転席に乗り込んだ。その途端、助手席の千代が声を上げる。


「あー!茜が遠いよー!」


 千代の言葉に茜が一番後ろから「千代ちゃん、ここだよー!」と手を振る。


「ねぇ!佑太とカップル……いや……夫婦とか思われたら私どうしよう!?」

「どうもなんねーから!黙って乗ってろよ!」

「えー!?「何であのコの彼氏あんな黒いの!?」とか思われるって!」

「黒いのは仕方ねぇだろ!頼むから黙って乗っててくれよ!」


 千代は文句を言いながらも車が発進すると大人しく窓の外へ目を向け始めた。一同は深夜から騒ぎ通していた為か、帰りの車内は異様なまでの静寂に包まれている。

 気が付くと佑太以外の全員が眠りに就いていた。


 岳がふと目を覚まし、何気なく後ろを振り返ると茜と純が同じタオルケットに身を包みながら寄り添うようにして眠っていた。

 思わず微笑みたくなる光景だった。岳がそっと顔を戻すと、猿渡が眠る二人にちょっかいを出そうとしている。

 にやける猿渡に岳は目だけで合図を送り、その行為を止めるように諭す。

 つまらなそうに肩をすくめると猿渡は再び眠りに就いた。

 純に明確な気持ちを聞いた訳では無かったが、岳はこの静かな時間が純にとって永遠であれば良いと願った。

 願う事しか出来ず、それは寧ろ歯痒さを生む事もあるかもしれないが、純にとって茜の存在が日に日に大きくなっている事を感じ始めていたのだ。

 それは茜にとっても同様だろうとも。


「お願いだから流して!いいじゃん!哀愁あるで!」

「こういう時だからスピッツが良いんじゃん!」

「頼む!本当流して!純君も好きだよな?心からのお願い!」

「じゃあ一曲だけだかんね」


 良和と千代のやり取りに目を覚ました岳は窓の外を眺める。オレンジ色の夕景を遠くの稲田が映し出す。

 車内の音楽はラルクアンシエルに変わり、良和の無茶振りに純が応えている。


「ほら!純君、この詞を体で表現して!」


 そう言うと純は座席の上でゆらゆらと体を捻った。一際大きな良和の笑い声が響く。

 良和の狙いが寝起きの岳に向けられ、純は体を立て直すとバスタオルを手に取り、眠る茜の後ろにそっと腕を回した。

 窓からの夕陽が眩しかった為、茜が起きないように窓にバスタオルを当てる。

 首に違和感を感じて茜が目を覚ますと、純の顔がすぐ目の前にある事に驚いた。腕を後ろに回し、その手に握られたバスタオルが夕陽が入り込むのを塞いでいる事に気が付く。


「今起きた……純君、ありがとね」

「なんだ……起きちゃったか」

「良和の声で起きただけだよ」

「笑い声……デカいからね」


 茜は回されたままの純の腕に心地良さを感じていた。それがもし、佑太のものだったなら起き抜けに飛び上がっていただろう。

 純の小さな優しさを拒否せず、自然と受け入れている状況に茜は安堵を覚える。

 逃げ出す度に掴んでいた腕が、自分を包んでいる。頼りないと思っていたその存在に、今は不思議な心地良さを感じる。

 すると運転席の佑太が声を荒げた。


「おいおいおい!一番後ろイチャついてんじゃねーぞ!」

「佑太!それを言うのはヤボだよ!」

「だってよぉ……俺、千代とまだ何もしてねぇじゃん!」

「しなくていいの!ちゃんと前見て運転して!殺すよ!」

「はいはい」


 佑太はそう茶々を入れたが純のしている事に誰もが何も言わずにいた。それが分かっている限り、彼らは見守る事に徹していた。


 純は「こういうのさ……迷惑かな?」と茜に耳打ちする。茜は「ううん」と小さく応え、その温度を感じながら少しの間眠りに就いた。


「死んでんじゃねーの?」

「誰か叩いてみろよ」

「猿、猿。がっちゃん叩いて。思いっきり」

「や、やだよ!」

「じゃあ翔叩いてみて」

「おう……。おい、起きろよ。起きろ!……コイツやっぱ死んでんのかな」


 腰に衝動を感じて岳はゆっくりと起き上がる。寝ぼけ眼で外を眺めるとすっかり見慣れた17号沿いの景色が目に飛び込んで来る。


「あれ……埼玉じゃん……」

「あれじゃねーよ!おまえどんだけ寝るんだよ!パーキングの休憩の時だって起こしたのに一回も起きなかったんだぞ」

「嘘でしょー……?そっか……」

「銭湯行くんだから寝んなよ!もう着くぜ」

「おー……じゃあ寝れるな」

「おまえ……人の話聞いてねぇだろ?」


 翔に怒鳴られながら窓に凭れかかり外を眺めると、車は国道沿いの大きな銭湯へと入って行った。

 海の塩気はシャワーだけでは簡単に洗い流せない為、帰りに銭湯へ寄ろうという話しになっていたのだ。


 ロッカーで脱衣し、純と岳が腰にタオルを巻いたが良和はどこも隠す様子も無く堂々と風呂へと向かう。

 擦れ違う老人がその股間を凝視し、良和の後ろを歩く佑太に「君の友達、凄いな!」と声を掛ける。

 翔が感心したような口ぶりで岳に言う。


「あいつ、今日は金玉もビッグサイズだもんな」

「ヨットハーバーに戦艦大和が来たみたいなもんだぜ」

「恥ずかしくて一緒に行けねーんだけど」

「ヨットはヨットなりに進むしかねぇよ」

「あぁ……そうだな……」


 風呂場では佑太と純が腫れ上がった良和の陰部を見て大声で笑っている。猿渡は銭湯に慣れていないのか、どこか落ち着かない様子で前を隠しながら洗い場の横をうろうろと歩く。

 各々が冒険気分で好きな風呂へ入ったりしているうちに時間はあっという間に過ぎ、風呂を出る頃には茜と千代を待たせる羽目となった。

「大広間に行ってる」

 という茜からのメールを見て、岳は思わず「やっちゃった」と声を漏らした。


 急いで大広間に駆けつけると茜と千代が「遅い!」と眉間に皺を寄せた。隅のテーブルに腰を掛け、二人の手元に目を向けると既に空になったジョッキが置かれていた。

 茜が佑太を指差して叫ぶ。


「あんたら、いつまで風呂入ってんの!?」

「さーせん!楽しくってつい!」

「子供かよ!何か頼もうよ。もう飲んじゃってるけど」


 彼らは食事を済ませると眠気に襲われたのか、佑太と岳以外はその場で眠り始めた。木製テーブルの上に腕を置き、佑太が微笑む。


「焼けたなぁ。俺、テーブルと同じ色してるで」

「テーブルの方が若干薄いくらいじゃん?俺も焼けたわ」


 眠る一同を良く見ると、皆肌が焼けている事に気付かされた。茜と千代は肌が白い為、焼けたというよりはピンク色に見える。


「がっちゃんさ、こいつらと来れて良かったわ」

「うん。俺もだよ。楽しかったなぁ」

「来年も来ようぜ?再来年も、その次もさ」

「ずーっとか?皆とずっと一緒に遊べたらさ、人生面白いだろうな」

「そうなろうぜ?いつか皆が結婚とかしたらさ、皆の子供とかも連れてさ。……純は森下と結婚するかな?」

「それは……どうだろな?そうなったら面白いけど」

「絶対、面白いよな。翔の子供はやっぱ頭良くなるんだろうな。ヨッシーは……考えるだけでも怖いわ」

「そりゃそうだな」


 そう言って二人は笑うとまだ知らない未来の世界を一瞬、思い描いた。このままのメンバーで同じ年を生きていけたら、きっとそうなる日は検討違いでもないのかもしれない。

 自分達の子供同士が自分達と同じように遊ぶ事を考えるとそれはとても愉快な気分になった。


 中学時代の放課後に覚えた夏の匂いがふと、蘇る。蝉時雨の奥から香る木々の匂いや、川辺の水の匂い。風に混じった咽るような肥料の匂いや、土の匂い。

 大人になってから強く感じるのが夜の湿った匂いばかりだった。

 今日覚えた潮の匂いを、きっと何年か先にふと思い出す日が来るのだろう。

 いつもの誰かの嬌声や、いつもの笑い声と共に。


 銭湯を出た佑太は車を返すべき茜の家ではなく、自然と寄居方面へと走らせた。佑太の間違えに気付いた茜が「何処帰るの!?」と指摘すると佑太が「やっちまった!」と笑う。

 純は「それもいいんじゃない?」と間延びした声で言ったが佑太や翔の車は茜の家に預けたままだった。


 一同は茜の家へ着くとそれぞれの車に分乗して解散となった。

 暗い畑に散らばる数台のヘッドライトが、名残惜しそうに夏の闇を照らしていた。

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