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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
122/183

夢じゃない

早々に海へと辿り着いた彼らは浜辺で朝を迎える。純は荷物番をすると言い出し、海へと入る様子が無く…

 朝方の柏崎市内を彷徨いながらも、彼らは無事鯨波海岸へと辿り着いた。

 波の上の空はまだオレンジ色を残しており、彼らの他に海水浴に来ている客の姿は無かった。

 準備中の海の家の主人へ話し掛けると、彼らはその日海の家の一番最初の客となった。


 誰も居ない砂浜にビーチボールを叩く軽快な音と嬌声が響き、荷物の横では茜と千代が眠っている。数日前に少し早い台風が過ぎた名残なのか、海岸には所々流木が目に付いた。

 流木で煙草を揉み消すと佑太と岳は青白い空に目を細めた。


「がっちゃんさぁ、まさか本当に俺らで海に来るなんて思わなかったよ」

「いつもゲームやるか漫画読むか酒飲むか、だったもんな」

「いやさ……このメンバーで揃って来れたのが嬉しいっつーかさ」


 後ろを振り向くと翔と良和がビーチフラッグに興じ、純は楽しげな表情で猿渡の頭にビーチボールを投げつけている。

 一時は分裂していた過去を思い出し、岳は笑った。


「確かにな。本当……中学ん時の放課後みてぇだな。いや、修学旅行かな」

「なぁ……夢じゃねぇよな?」

「は?現実だよ」

「俺が原因で離れ離れになっちまった事は反省してる。でもさ、こうやってまた皆で居られる事が嬉しくってさ」

「そうだな。確かに夢みたいだよ」

「なぁ……つねってみてくれねぇ?マジ夢じゃなよな?」

「ブン殴ろうか?」

「いや……それは勘弁」


 佑太は砂浜を蹴り上げ、走って戻ると転がったボールを拾い上げ純に投げつけた。

 それから彼らは海の家で朝になり切るまで眠って過ごした。純がふと目を開けると、静かな波の音が聞こえて来る事に微かな感動を覚えた。大きな鳥が姿を見せ始め、遠くには犬の散歩をする人の姿が見える。

 すぐ傍で寝息を立てる茜の姿に、純は労わりたい気持ちになる。長旅の運転を任せきりにしてしまった分、今度は自分に何か出来る事はないかと考え始める。

 穏やかな海、夏の朝方、人気のない浜辺、傍で眠る茜。真夜中から移動していた為に感じる少しの疲労感。

 純にとってその時間はとても楽しく、そして何よりも充実していた。


 朝を迎えた鯨波海岸は既に多くの海水浴客で賑わいを見せ始めた。あちこちにパラソルが立てられ、どの海の家も客でごった返していた。


 浜辺を散歩していた良和と純と岳はある人物を見て立ち止まる。良和がその人物を指差して笑った。


「純君!ほら!田代がいるで!田代!」

「はははは!マジだ!新潟に何であいつが居るんだろ!」


 遥か遠くのテトラポットの側を歩くその男の姿は、田代そのものだった。目を細め、煙草を燻らしているように見える。あまりに遠い為に顔までは確認出来なかったが、見覚えのあるそのフォルムに彼らは笑う。


「男一匹旅」と称し、海の風を感じる為に新潟まで電車を乗り継いで来た田代は旅館を出ると朝の散歩を始めた。

「太平洋より……日本海って奴が俺の「男」を高めるぜ……」


 目を細め、セブンスターを吸い込みゆっくりと吐き出すと、ある声に田代は思わず咽そうになった。


「がっちゃん!がっちゃん!もしあれが田代本人だったら何しに来てたん!?」

「男の一人旅とかじゃねーの?風を感じる旅……とかな」

「はっはっは!相変わらずダッセー事言うんかね!?俺はよぉ……ってさ」

「言うね。海を見ながら言うね。夕陽なんか出たら100パーだね」

「はっはっはっは!」


 その声が分かった瞬間に田代は煙草を投げ捨てると、旅館へと遅い駆け足で戻って行った。


 海の家へ戻り水着に着替えた岳は海の家の開店と同時にビールを飲み始め、良和と佑太は狙撃手のような眼差しで浜辺を行き交う水着姿の女性達を凝視している。

 翔が砂浜に棒で何か計算式を書いて猿渡に言っている。


「これ分かるんだろ?じゃあここに入る値は?」

「あぁ……あぁ。分かるな。分かる」

「いや、分かるじゃなくて値を言ってくれよ」

「まぁこの段階ではな……つ、次に進んだら答えるわ」

「次なんかねぇよ。本当に「明大」蹴ったんかよ」

「け、蹴った!ははは!」


 良和はリュックサックの中から十冊近い月刊「ムー」を取り出すと純の前で広げて見せた。


「ほら!ムーいっぱい!やっぱ海と言ったら「ムー」でしょ!海といったらバーベキュー、ビール、ムーがトレンドだで」

「まぁ確かにあったら読むけどさ。しかし海に似合わねぇなぁ……」


 FBI超能力者による人類への警告、ナチス製UFOが現代で目撃!?等の見出しと海を交互に眺めて純は笑う。


 着替えを済ませ、水着になった茜と千代が戻ると彼らは歓声を上げた。

 オレンジ色の水着姿の茜を見て良和が「眼福じゃ、これは眼福じゃ」と拝んでみせる。


「どこのジジイよ!本当やだ」

「ねぇ茜!早く海行こうよ!」


 グリーンの水着姿の千代に佑太は頭を掻きながら「あのさ……」と言い淀んでいる。


「え?何?何か変?私、変じゃないよね?大丈夫だよね?」

「いや……あのさぁ……おまえってやっぱ良い女なんだなって思ってさ……」

「何そのマジトーン!気持ち悪いんだけど!っていうか早く海行こうよ!埼玉海ないんだよ!?」

「お……?おう!行く行くー!」


 一同が立ち上がるが純は水着に着替えたものの立ち上がる様子を見せなかった。茜が純の顔を覗き込む。


「純君、海入らないの?」

「いや……うん。俺荷物番してるからさ。行っといでよ」

「えー!?行こうよ。せっかく来たんだし」


 ジョッキを持ったままの岳が茜の背中に声を掛ける。


「これだけ人が居たら不良外人に荷物パクられるかもしれないし、いいんじゃない?」

「えー?でもさ、せっかく来たのにさぁ」


 すると純はムーを指差して笑う。


「読みながらゆっくり過ごしてるから大丈夫」

「そう?でも後で代わりばんこで荷物番しよ?先行ってくるけど……」

「いいよ。大丈夫だから気にせんといてよ。行っといでよ」

「分かった。じゃあよろしくね」

「うい。任せてちょ」


 そう言うと茜は千代と共に海の家を飛び出して行った。後に続く良和と佑太と翔が息を呑み、急に立ち止まると何かをじっと見詰め始めた。

 岳が彼らの後ろから声を掛ける。


「何してんだよ?行かねぇの?」


 すると良和が「しっ!」と指を立てる。翔と佑太の目はまるで野生動物を観察する調査員のようだった。良和が声を忍ばせて言う。


「千代さんの水着がズレて……尻が見えてる」

「マジかよ!」


 岳が目を向けた瞬間に水着は直されていた。茜が千代に何か耳打ちして、千代が振り返る。


「ちょっとぉ!マジ最悪!本当最悪なんだけど!」


 千代の大声に周りの海水浴客が一斉に振り返る。彼らは慌てて「いやいやいや」と被りを振りながら海の家を飛び出すと何とか千代を宥めて海へと入った。その冷たさに各々が悲鳴に近いような声を上げたが表情は楽しげだった。

 後からやって来た猿渡は入水早々、波に水着を浚われ青白い顔を浮かべている。


 足のつかない場所まで進み、途端に恐怖を覚えた岳は引き返すと浮き輪に乗る千代から声を掛けられる。


「がっちゃん!佑太が浮き輪押しながら変な事して来るんだけど!」

「してねぇしてねぇ!俺は何もしてねぇよ!」

「嘘!絶対触ったでしょ?分かってるんだからね!」


 岳はその声に応え、佑太の傍まで行き耳打ちする。


「佑太……どこ触ったん……?」

「ケ……ケツ」

「分かった。よく認めた……千代さん!俺が浮き輪押すわ!」

「マジかよ!がっちゃんそれは裏切りだぜ!?」

「君のちんぽがいけないのだよ。ははははは!」

「ひっでぇ!」


 茜は水分を摂ろうと海の家へと戻る。店のカウンターには長い行列が出来ていて、知らぬ間に昼に差し掛かっている事に気が付いた。

 砂を落としながら自分達のテーブルに目を向けると、純が膝を立てながらムーに目を落としていた。


「純君、暗いよ!」

「おぉ、戻って来たんかい?」


 そう言って屈託無く笑う純に、茜は思わず喜びを感じてしまう。「忠実」という印象を思い浮かべ、茜は微笑む。

 純の傍らには数冊のムーが積み上げられている。


「ずっとここに居たの?」

「あぁ。荷物番だからさ」

「私代わりにここ居てもいいからさ、海入って来れば?」

「いや、体調的にあんまり……遠慮しとくよ」

「ふーん……生理?」

「ははっ!まさか。心臓がさ、あんまり。医者から水入るなって言われてるからさ」

「そっか……なのに海来たんだ?」

「うん、まぁね。楽しいじゃない、やっぱ」

「皆と居るのが?」


 純はそう言って微笑んだ茜の質問にどう答えようか一瞬、考えあぐねた。「本当は」と、口にしようとする。海辺の湿った風が純の唇を撫でると、いつもより饒舌になれそうな気がした。

 しかし、暑さに負けた心が言葉を心に引っ込めてしまう。


「皆と居ると楽しいよ。誰かが勝手に何かしてくれるから楽っていうか、何の責任も感じないし」

「まぁ皆勝手過ぎだけどね。さっきだって猿渡が水着流されてさ、佑太が拾ってあげたと思ったら「汚ねぇ」って言って遠くに投げてたもん」

「ははは!佑太らしいな。あ、帰って来たんじゃない?」


 数人の嬌声が聞こえる方向に目を向けると、佑太を先頭に一同が戻って来るのが見える。千代が佑太の背中を叩いている。風に乗った良和の「ダンバインが」という声が海の家の中まで流れ込んで来る。


 純はその光景に少しの安堵を感じながらも、茜を眺めていた。茜が彼らを眺めているほんの束の間、純は意図的に茜に目を奪われた。

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