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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
121/183

深夜高速

中学時代の同級生男女8人で海へ向かう彼ら。そこにあったのは恋をする暇もない程に、ただ「楽しい時」間を貪る若者の姿だった。無駄に過ごす時間こそが、彼らにとっての宝物だった。

 彼らを乗せた白いワゴン車は深夜の関越道を新潟へ向かって突き進んで行く。

 アニメの話で盛り上がる良和、翔、猿渡。

 車に乗るなり早々と酒を飲み出した佑太と岳。音も無いのに一人でラップし始め、身体を揺らす純。

 まるで修学旅行のようにはしゃぐ男連中に、運転中の茜が声を荒げた。


「ちょっと!男がこんなにいるのに誰も運転しないってどうなの!?」


 助手席の千代が屈託の無い笑い声を立てて言う。


「本当だよね!役立たずばっか!まぁ……私もしないんだけどね!ごめん、あはは!茜、頑張って!」

「別に良いけどさぁ……私は千代ちゃんの為に頑張るから」

「そうだよ!私達の為に頑張って!後ろにゴミ載せてるけどねぇ」

「本当ゴミ!でもなぁ……行き帰り両方の運転は辛いなぁ」


 男達は茜に気遣う様子も無く、各々好き勝手に騒いでいる。

 良和が翔に向かって大声で言う。


「翔!モテるかモテないかってさ、「やる気」が大事なんだよ!女とヤリてぇ、ヤリてぇ!っていう気持ちってガソリンみてぇなもんなんだで!」

「つまり、雄としての性本能が強い奴がヤレるって事?」

「そう!ドズル・ザビは何で兄弟の中で唯一、子供がいるん!?さぁ、正解は!?」

「武人だから。戦いは数だよ兄貴!なぁるほどね!なぁるー!」

「正解!大正解!つまり、それはもう最初からDNAに組み込まれてるん!女は必然的に強い雄に惹かれるようになってるん!」

「まぁ子孫を残すのが生き物の使命だもんな。弱い男より強い男の子残したいもんなぁ。で、モテる為に具体的にヨッシーはどうしてるの?」

「今はまだ何の自信も無いん……。でもさ、最近毎日プロテイン飲んでるん」

「おぉ、やるねぇ」

「肉体だけでもムキムキになればさ、自信に繋がるんだよ、きっと。今の俺はマジで自信がねぇん。自分の自信の無さに自分が守られてるみてぇだ」

「すげーな。自分で掘った穴に自分から落ちるみてぇな話しだぜ」


 二人の会話についに痺れを切らした茜が叫ぶ。


「そんな話ししてる時点であんたら絶対モテないから!ねぇ、海行くんだよ!?もっと爽やかでマシな話し出来ない訳!?」

「茜、いちいち言ったら可哀想だよ。こういう人達なんだって割り切らないと。はははー!」

「そうだけどさー!海行ってこんな話ししてたら私ら別行動するからね!」


 その言葉に良和が「えー!何でぇ……」と落ち込む。


「がっちゃん!どんな会話したらいいん!?」


 岳は闇夜に点在する山間部の街灯りに見入っており、良和の言葉に反応する様子が無い。翔が代わりに「海は広いな、大きいなぁって話しすりゃいいんだよ」と笑う。

 窓の外の流れる景色に純は目を向けたが、暗闇に浮かぶ小さな街灯り以外は何も見えなかった。

 あまりに熱心に外を眺める岳に純は話し掛けた。


「がっちゃん、何か見えるんかい?」

「何って……これが分からないの?」


 真っ暗な景色を見詰めながらも、岳は楽しげというよりも興奮しているといった印象を受ける。


「え……何かあるんかい?寂れた街灯りしかないじゃない」

「それがいいんじゃん!こんなとんでもない山に囲まれてるのにさ、そこにわざわざ文化的な生活圏があるって思うと興奮しない?電車とか走ってんのかなぁ?大きい駅とかさ、どうなんかな?」

「いやぁ……俺に聞かれても何も分からんけど……」

「そう」


 岳は純が興味を示さない事が分かると、素っ気無く返事を返しまたすぐに外の景色に目を移し始めた。普段は全体を見て気を利かせる一面もあるが、一度何かに没入するとしばらくは自分の世界に入り込んでしまう。

 それが岳だった。

 純は佑太に「興奮出来る?」と、外を指差して首を傾げる。佑太は首を大きく横に振る。


「全然分からねぇ!がっちゃんの感性ってものが一体何なのかずっと分かんねぇ!」


 佑太の疑問に対し微動だにしない岳に代わり、良和が答える。


「いや、がっちゃんにとってこの山ん中にある街ってのはさ、女みてぇなもんなんだと思うで」

「女!?山が……え!?山の街が女!?山ん中の街は……景色だろ?」


 彼らのやり取りに茜が「こいつら、さっきから何気持ち悪い話してんの?」と笑う。


「何て言ったらいいかなぁ……がっちゃんが興奮する対象がたまたま「山ん中の街」ってだけだったんだよ」

「えぇ!?山で興奮する!?ヨッシーが変態だってのは分かるけどさ、がっちゃんも変態って事?純はどうなん?ゲームしたりして勃起したりするん?」

「勃起はしないでしょ!でもなんだろ……ゲームとか……多分そういう興奮と違うんじゃない?だってがっちゃん様子がおかしいもん」

「勃起以外、どれがどの興奮なんだか俺にはさっぱり分からねぇ!」


 欠伸を噛み殺した茜が呆れた様子でルームミラー越しに言う。


「どちみち「変態」って事でしょ。あんたら全員変態じゃん」


 良和と翔が口を揃えて「そうだよぉ」と間延びした声で言う。純は自分の普段の行いを反芻し、決して否定出来ない事が分かると途端に押し黙ってしまう。

 何せ、さっきまで一人でラップを呟いていたのだ

 海へ行く条件としてパソコン禁止令を出された猿渡は「グロが見れねー。グロ。グロ……」とうなされるように時折、呟いている。


 茜は悪戯そうな笑みを浮かべると、そんな彼らにある試練を与えて見せた。


「ねぇ、私と千代ちゃん黙って聞いてるからさ、何でもいいから女の子が喜びそうな事言ってってみてよ」

「それ面白いねぇ!やってみてよ!良和君、性感帯とかそういう話は一切ナシね」

「げっ……ハードルが一気に上がった。こりゃマズイ」


 良和は頭を抱えたが無常にも茜は「はい、じゃあヨッシーから」とスタートを一方的に切った。


「ううん……えっと……。あれだ、ほら。星!星の話しよう」


「星」というキーワードに千代は思わず目を輝かせた。隣の茜はにやけたままハンドルを握る。


「えー……?良和君、意外とロマンチック。それはどんな話なの?」


 千代は完全に聞き入る体制で笑みを浮かべる。天文学の話しなのか、それとも神話的な話しなのか……良和の話に千代は期待を込める。

 良和は指を立てながら話し出す。


「じゃあ、するで?「ガンマ線バースト」って言ってさ、いつか近い将来、遠くで爆発した星のガンマ線のスゲー影響受けてさ、人類が一瞬にして滅亡する可能性があるん!」

「やぁだ!最悪!怖い話しじゃん!次!次、じゃあ猿渡」


 千代から指名された猿渡は「お、俺かよ!俺は何もねぇ!」と頑なに拒絶したが翔が猿渡を逃さなかった。翔は意地の悪そうな笑みを浮かべながら「あれー?」と猿渡に顔を向けた。


「おまえ、馬小屋に彼女居るんじゃなかったっけ?」

「うっ、馬小屋にはいねぇよ!」

「じゃあ普段彼女とどんな話しするんだよ?」

「む……向こうが勝手に俺の事好きなだけだから、お、俺は話なんかしねぇんだ」

「でも通じ合えると?エスパーかよ」


 翔の言葉にどっと笑いが起きる。猿渡は話し出す様子が無く、茜が「次!じゃあ翔!」と煽ると、翔は顔を赤らめながら飲み会の際の公平な割り勘の仕方を計算式を用いて説いてみせた。


「飲まない奴は少なく、飲んだ奴は多く払うのが公正な割り勘な訳だから、それぞれの平均額を出せば良いんだよ。最初に会費制にすると後から損する奴も出るだろ?」


 茜と千代は「なるほどねぇ」と納得していた様子だった。しかし茜は「考えても無かったし、役に立つけどロマンがない!」と一蹴する。次に指名された佑太は翔とは真逆の「会費制の飲み会で幹事やって、浮いた金で女をラブホへ持ち帰る方法」を説くと千代は「最悪」と顔を顰めた。

 自信満々に答えた佑太を茜が一蹴する。


「それ、あんたが喜ぶ話でしょ!?」

「あちゃー!失礼しやしたぁ!」

「佑太、色も黒けりゃ腹も黒いなんて本当良い所ないじゃん。じゃあ次、純君!どんな話してくれるの?」

「え?俺かい。まいったな」


 純は照れ笑いを浮かべながら茜の為に取った「くまのぬいぐるみ」の事を思い浮かべた。それを上手く別のことに例えようとしたが、全く糸口が見つからない。

 宙をぼんやり眺めながらも何とか頭を振り絞って出した純の答えは、女性にとっての喜びとは程遠いものだった。


「あのさ、寄居駅前にライフあるじゃない?」

「寄居のライフ?それがどうしたの?」


 茜の言葉に純は咳払いを一つすると、照れ笑いを浮かべながら答えた。


「あそこのゲームコーナーの「メタルスラッグ」。実はバグッてて100円で無限プレイが出来るんさ」

「何その話!第一、女の子と普通メタルスラッグなんかやらないでしょ!?」

「そうかなぁ……?いや、いるんじゃないかな?」

「いないいない。あー、もう本当ダメンズばっかりだよ。じゃあ最後がっちゃん!」

「………………」


 岳から何の反応も無く、一同が岳を見るとまだ飽きることなく窓の外を食い入るように眺めていた。佑太が「マジかよ」と絶句し、良和が「がっちゃんの番だで!」と急かす。


「え?何?」

「何じゃねぇん。次、がっちゃんの番。何か女が喜びそうな話し、してだって」

「あぁ……そういう事ね」


 岳は窓から席に目を戻すと「じゃあ……」と前置きをする。長い間、同じ異性と時間を過ごしているだけあって周りも「模範回答」を期待する。


「あのさ、記念日の為のドライフラワーの作り方って知ってる?」


 茜と千代が「記念日!良い!」と声を揃える。千代が「こういう所だよねぇ!」と笑い、茜が「そういう話し聞きたいんだよ!」と声を上げる。

 純はそんな茜を見ながら岳に対して思わず舌打ちしそうになったが、それはゲームで負けた時の悔しさに近い感情だった。

 佑太が「へぇー」と感心した様子で岳に訊ねる。


「俺、作り方知らない!そもそもさ、ドライフラワーってどうやって作るん?」

「あぁ、実は……俺も知らないんだよ」

「知らねーのかよ!」


 茜が「思わせぶり!」と叫ぶ。一同がひとしきり笑うと岳は「まぁほら、雰囲気が大切だから。そういう事」と一方的に話を終わらせた。

 純が揺れる車内で感じていたのは決して隙間の無い楽しさだった。

 黙っていても海への期待が胸に膨らみ、喋れば海とはまるで無関係な会話が行き交う。


 外の暗闇がまるで嘘のように明るい笑い声に、純は可笑しさが込み上げて笑い続けた。

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