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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
12/183

佑太

「なな~、ななぁ~」


 茜が上機嫌で歌いだすと純が「やめて!」と止めに入った。茜は笑いながら


「えー?何で?スピッツの歌、歌ってただけよ?インディゴ地平線知らないの?」


 と済ました顔で歌い続けた。

 純が木村を好きだと言った翌日には、同じ班の千代も玲奈も純の片思いの相手を知っていた。

 上機嫌で歌う茜にスピッツ好きの岳が調子に乗ってコーラスを合わせる。


 やめてくれと懇願する純に「可哀想だから止めるよ」と茜が言った瞬間、廊下を歩く木村奈々の姿が見えた。

 すると茜が「あ、奈々ちゃんだ」と言い、再び「なな〜」と歌い出す。純が「マジ止めろって!」と焦りを隠さず茜を止めに入った。



 千代と玲奈は手を叩きながら笑い「タチ悪い」と茜の純への悪戯を評価した。


 放課後、純がゲームをやりたい、と言うので佑太と岳、良和と猿渡と共にベイシアのゲームコーナーへ向かった。

 純が「メタルスラッグ」をワンコインで進めていくと佑太が「俺も!」と2Pで参加したが、佑太の操るキャラクターはすぐに敵の銃弾に倒れた。

 純に「かえって邪魔!」と一括されている。

 猿渡と良和が感心しながらプレイを眺めてる間、岳は自動ドアを一枚挟んだ場所のベンチに腰掛け、外を眺めていた。

 茜はテープを聴いたのだろうか、と考え、そして特にこれと言った理由もなく、ただ茜の事をぼんやりと思い描いていた。

 自動ドアが開き、外の蒸した空気が中の冷えた空気を掻き回す。良和が何か冗談を言ったようで、ドアが開くと彼等の笑い声が耳に届いた。

 すると佑太がジュースを手に、隣に腰を下ろした。


「がっちゃん!迷子かと思ったぜ!」

「え?まさか、小学生じゃないんだから」


 力の抜けた笑顔を向けると佑太は岳の顔を覗き込んだ。


「どうしたん?機嫌悪いん?」

「ううん。こういうの好きなんだよ」

「え?どういうの?」

「皆がわいわいやってる場所から少し離れて見てるのが好きなんよ」

「えー!一緒に盛り上がろうぜ?」

「俺、あんまりはしゃぐと頭痛くなるから嫌なんだよ」


 岳は立ち上がり、自動販売機の缶珈琲のボタンを押した。ブラック珈琲のラベルを見ると佑太は一瞬顔を歪ませた。


「えぇー……ブラック?苦手だぁ」

「俺は大丈夫なんだからいいだろ!」


 岳は転校して間もない時に佑太に救われた。岳の兄がスイミングスクールでコーチをしており、その時の教え子が佑太だった為、兄の計らいで転校前に顔を合わせていたのだ。


「先生の弟なら俺が何でもしてやるからさ!任せろよ!」


 陽に焼けた佑太の姿は、転校が決まっていた岳の目にはとても頼もしく思えた。「甘いものが食べたい」という佑太の要望で小五で共に「家庭科クラブ」へ入部したが男子は他におらず、女子に囲まれながら甘いものどころか二人で裁縫する苦行も味わった。

 クラスにすぐに馴染めず、孤独を覚えた時も佑太はいつも遊びに来ていた。

 佑太は時に我儘で、そして口も態度も悪かった為に決して皆に好かれている訳ではなかったが、仲間だと認識した友人には義理堅く世話を焼く奴だと岳は知っていた。そうして今もこうして、隣で腰を下ろし珈琲を見て顔を歪ませる佑太をやはり岳は嫌いにはなれなかった。


「がっちゃん、今度「ビーバップ・ハイスクール」観ない?」

「ビーバップ?あのヤンキー映画?」

「そう!小木に教えてもらったんだけどめっちゃ面白いんだって!」

「んー……ヤンキー映画かぁ」


 岳が余り良い反応を示さなかった為、佑太はすぐに話題を変えた。前々から感じていたことを岳に聞いてみようと心の中で鼻息を荒くした。


「がっちゃんさ……」

「うん?」

「前から気付いてたけど……森下の事好きなん?」


 佑太は「ついに言った!」と岳へ思っていた事を聞けた事への達成感で満たされた。岳はきっと答えないかもしれない、という事は分かった上での質問だった。


 岳は自分の想いを指摘されたが焦りは無かった。茜に対しては他の女生徒より好意的に接していた上、一番前の席で茜と毎日話をしていた為に周りに隠しようもないだろう、とも思っていたし、茜の事を好きになっている自分に抗う気が全く起こらずにいた。しかし、早いところ全てを終わらせたいという想いは強くあった。告白して付き合って、デートして、幸せになる。という誰もが好きな人へ願う当たり前のような光景は、何度思い描いても上手くいかなかった。


 岳は佑太の目を見て、はっきりと答えた。


「好きだよ。それもめちゃくちゃ」

「えぇ!?」


 佑太は岳の余りに堂々とした答えが予想外だった為にその場で仰け反り、何故か「体を真っ二つに切られた」と感じていた。

 佑太は一呼吸置いて岳と向き合う。


「がっちゃん、マジかぁ」

「マジだよ。見てりゃ分かんだろ」


 珈琲を飲みながら平然と、まるで他人事のように言う岳を見て、佑太は「こいつ、どこかおかしいのかもしれない」と思ったが、口には出さず飲み込んだ。

 岳はさらに続けた。


「言いたかったら別に誰に皆に言ってもいいよ」

「いや、それはさすがに出来ねぇ……」

「あ、そう」


 聞いてきた佑太が思い悩んだ様子になったので、岳は「まぁ、そのうち告白するよ」と何となく宥めた。

 ゲームを終えた純と入れ替わりに良和が台に座る。ゲーム画面にはクリア後のエンドロールが流れている。佑太が走り終えたランナーのような表情をしている純の側に立ち、杉下の様子を伺ったが今日は特に何も無かったとの事だった。

 上機嫌の純の耳に口を近づけ、腕組みをしながら佑太は一瞬、躊躇いを見せた。純が「何なんさ。気持ち悪い」と笑う。佑太は目を瞑り、少しの間を置くと純に耳元に呟いた。


「がっちゃん……森下が好きなんだって」


 その瞬間、純の胸に鈍い衝撃が走った。思わず目を見開き、言葉に反応する事を忘れてしまう。良和が目の前で遊んでいる格闘ゲームの騒がしい音声が一気に消し飛び、代わりに頭上の業務用エアコンが噴出す風の音だけが耳に入って来る。


 冷たい鉄の棒を飲んだような感覚に純は思わず咳払いをする。

 分かり切っていた事だったが、信じたくは無かった。


「やっぱ、そうなんかい」


 辛うじて生まれた言葉は余りに頼り無かったが、佑太は頷いた。

 純の視線の先で赤い髪の学生服を着たキャラクターが動いている。

 ただ、動いていた。


 気付けば岳が戻って来ており、真顔で子供用の自動車遊具の椅子に腰を掛けている。

 純は岳を眺め、明確になってしまった事実をどう噛み砕いて飲む込もうかと考えていた。


 ゲームを終えた帰りに彼等は花火を買った。

 ドラッグストアの裏の、田んぼに架かる小さな橋の上で花火を広げる。

 岳は欄干に腰掛け、その様子を眠たげに眺めている。

 猿渡が回転花火の羽根を折っている。

 佑太が「早くやろうぜ」と急かす。


「こ、これ、投げるとブーメランみてーになるんだよ!」


 と言い、意気揚々と花火に火を点けると、飛んで行った花火は急激な弧を描き猿渡の眼前で炸裂した。

 一同は笑っていたが、純は「サルは投げ方が下手なんさ」と言い、純が手本を見せた。


 花火は見事に大きな弧を描き、2m先辺りで炸裂した。

 一同が「おぉ」と声を上げる。

 その後、人が変わったかのように純は笑いながらロケット花火を手に持ち、そして火花が噴出する手前でタイミング良く投げた。

 次に良和がターゲットにされ「やめて!」と純に頼んでいたが、純は構わず良和にロケット花火を投げ続けた。

 まるで何もかもを忘れてしまったかのように、笑いながら純は夢中で花火を投げ続けた。


 火薬の匂いが流れ、蛙の鳴く声が夜の隙間を埋めていた。

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