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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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最後の季節の始まりに

同じベッドで眠る茜と純に騒ぎを起こした末野アパートの面々は翌朝になっても帰る気配を見せなかった。緩やかに流れる夏の時間は微睡んだまま、彼らを包んでいた。

 甘く、静かに時を止めた時計の針。それは彰の嬌声で再び動き出した。駆けつけた全員が目撃したのは同じベッドで眠る純と茜の姿だった。

 その翌日。宴を終えた後も彼らはアパートを出る事なく、そのまま一つ屋根の下で眠って過ごした。

 朝早く仕事の為に関口がアパートを出る際、ダイニングに目を向けると誰もが遊び疲れた子供のように静かな寝息を立てていた。

 寄り添うようにして眠る千代と茜。その横で教材を開いたまま眠る翔。テーブルに突っ伏して眠る矢所の手元には、半分酒の入ったグラスが残されていた。残りのメンバーは和室と洋室で眠っている。

 余りに静かな光景に微笑むと、関口はそっと玄関の扉を閉めた。


 昼前。良和が寝ぼけ眼のまま洗面所で頭を抱えている。


「あー……しまった。歯磨き粉切れてた。まぁ……水だけでいいか」

「あ、良和君偉い。水だけでもブラッシングは絶対した方が良いよ」

「え?ブラッシングって、何?」

「歯磨きの事だよ!朝から何言ってんの、もう」


 歯科大に通う千代がそう言うと、その声の大きさに畳の上で眠っていた岳が目を覚ます。起き上がり、辺りを見回すと既に起きていた翔と佑太が「ジョジョ」を読みながら何か言い合っている。


「翔さぁ……スタンドのセックスピストルズに不吉なナンバー「4」がいない代わりに「7」がいるって設定、最高にクールって思わねぇ?」

「それよりも……何で舞台がイタリアなのにナンバー「4」が不吉なんだ?って思わねぇ?」

「あ……確かに。さすが翔……頭良いぜ……」

「いや、そういう問題じゃねーと思うぜ」


 岳は飲み過ぎたのか、頭の芯がズキズキと痛む。ゆっくりと起き上がりペットボトルの水を飲み干すと、岳は真っ青の顔をしながらそのまま外へ出て行った。

 茜と千代は午後になったらこのまま群馬の温泉へ向けて出発するのだと言う。純はラジカセでK DUB SHINEを流しながら密かに二人の会話に聞き入っている。


「ねぇ、千代ちゃんさ。面倒だから高速乗っちゃおっか。花園からだったらそんな掛からないよね?早く着いたらどっかでランチしない?」

「賛成!変に急いでお昼コンビニとかじゃつまんないしさぁ。時間的にもちょうどいいよね。あー!温泉本当楽しみ!女二人旅っていいよねぇ!変な邪魔入らないし」


 千代の言葉に佑太は目だけ向けると、気付かれないように小さく舌打ちを漏らす。


「誰かが群馬まで勝手に運転してってくれてさ、後で勝手に迎えに来てくれたら本当文句ないけどね。しかもタダで」

「それ最高!運転手可哀想だけど!茜に運転任せちゃうけどごめんね」

「ううん。運転そんな苦じゃないし、いいよ」


 その会話を聞きながら純は「俺が」と口を挟もうか迷ったが、目を伏せたまま言葉を飲み込んだ。

 猿渡が窓際に立ちながら「お、温泉、この前行った」とひとりごちたがその言葉に興味なさげに反応したのは矢所だけだった。


「へぇ。猿だからやっぱ猿と一緒に温泉入ったんでしょ?」

「ち……ちげーよ」

「じゃあ家族と?」

「い、いや。か、彼女と」


「彼女」という台詞に一同が一斉に「えぇ!?」と驚嘆の声を上げる。彰に至っては笑い転げていた。

 彰と翔がすぐに駆け寄り猿渡に問い質す。彰はおもちゃのハンマーを手に、まるで尋問をする刑事のような表情を浮かべている。


「ちょっと待ってみ?オメェ考えてもの言った方がいいで?嘘なら嘘って言えば今なら許すから」

「う、嘘なんかじゃねぇ!」

「うっそでぇ!そんな話今まで一回もした事なかったで!猿なんだから彼女も猿なんだんべ?どこザルなん?高崎山?」

「ち、ちげぇよ!人間の、お、女だよ!」


 翔が顎に手をつきながら猿渡に訊ねる。


「じゃあ聞くけどさ、彼女はどこの誰なん?いくつ?」

「ほ……北海道。一個下だ」

「おまえ、何でグロ画像ばっか見てる奴に彼女なんか出来るんだよ!カッコよくもねぇのに。しかも年下!?ありえねぇ。くせぇな、この話は臭過ぎるぜ」

「あ、あれだよ……ネットで知り合ったんだよ!会いに行ったんだよ。う、馬小屋で一泊して……」

「馬小屋!?」


 一同が声を揃えて大笑いしていると岳が戻って来た。顔色が激しく悪い。茜が「どこ行ってたん?」と訊ね

 ると「吐いて来た」と答え、そのまま畳の上に寝転がった。

 岳は彰と翔の尋問を楽しげに眺めている。


 時折佑太が純の耳元で「で、昨日はどこまでしたん?」と悪戯そうな笑みを浮かべて訊ねて来たが、純は「何も」と半笑いで答え続けた。しかし、言葉の裏で目の前に居る茜の温もりを何度も反芻していた。

 帰り支度をしていた矢所も気になるようで、純の傍で耳打ちする。


「で、純君。昨日は茜とアレ……ほら!アレでアレだったんでしょ?」


 純は矢所に対しては気取った態度を取ったりする事も無かった為、あからさまに顔を歪ませながら答えた。


「は?アレって何なんさ。生理?」

「ちょ!ちょっと急に何言ってんの!?ちょっと!」

「それはこっちの台詞だわ。アレとは何だい?」

「つまりその、純君が茜とほら……つまり、そういう事でしょ!?」

「意味分からない。ほら、早く帰りなよ。皆帰るの待ってるよ」

「何それ!ちょっと酷いんですけど!」


 矢所が玄関を出ると、夏の熱気が一気に冷えたダイニングに入り込む。

 まどろみながらもゆっくりと流れる時間。その心地の良い重さに、彼らは身を任せていた。


 良和と千代は背伸びをし、立ち上がると窓の外に目を向けた。秩父へ向かう車が渋滞しているのがかろうじて見えた。


「風情がねぇなぁ……あ、風鈴買うかぁ」

「誰か絶対ぶっ壊すから止めた方がいいと思う」

「そっか……じゃあ止めるわ」


 太陽は叫ぶように夏を告げ始め、光がベランダの外の真夏を照らし出していた。


 夜。翔が店内のゴミを箒で外に掃き出していると青柳が止めに入った。


「ちょいちょいちょい!あかんあかん!」

「何ですか……?」

「翔さん。そないにドアを開けていたら虫が入って来ますよってに。ここは山が近いんです」

「そんなん地元だから知ってますよ」


 そう言いながら翔はしぶしぶ店のドアを閉めた。


「なんやろなぁ……?一歩足りひんのや……翔さんは常に一歩足りんのですよ」

「そうですか。時間なんで上がります」

「私が今言った事の意味、次回までの課題とします。ええですね?」

「お先に」


 店長面する青柳に辟易とした翔は苛立ちながら店を出る。蒸した夜の熱は苛立ちを加速させるようだった。

 それから数分後、酒に酔った様子の男が店内に姿を見せた。年は翔と同じくらいだろうか、攻撃的にも見える鋭い目付きが特徴的で、青柳は絡まれる事を恐れカウンター下に用事がある振りをしながら身を隠した。

 しばらくすると頭上のカウンターに何かを置く気配がして、青柳はそっと顔を上げる。


「おい……オッサン」

「は!はい!?い、いらっしゃいませ!」

「あのよぉ……客さんが来てる時はシャッ!とせいよ。おぉ?」

「あの……すんまへん……」

「すんまへんで通るほど世の中甘くねぇんだよ!おう!俺はよ……講釈ぶちだからよ……語らせてもらうけどよぉ……いいか?あんた。「男」っつーのはよ、外に出ればそこら中……全てが戦場なんだよ?いいか?」

「あの……えっと……お客様は一体どういったご用件で……?」

「おめぇ!客に「ご用件」だと!?言ってくれるじゃねぇか!俺はよ、おめぇみてぇな「おすまし野郎」が大っ嫌いなんだ!おめぇが「男」っつーのが何なのか分かるまでとことん話してやっから覚悟しろよ!」

「あの……酔ってはりますよね……?大丈夫でしょうか……?」

「いいか!聞け!まず「男」っつーのはよ……」


 夜勤帯で出勤したオーナーはその様子を一瞥するとバックヤードへすぐに駆け込んだ。青柳は救いを求めるような眼差しをオーナーに向けたが、オーナーはその視線を一瞬にして蹴り落とす。

 青柳はこの後一時間近く、泥酔した田代による「男論」を聞かされ続けたのだった。


 配達の最中にミニクーパーが目に付く度、純は「そんなはずは無い」と思いながらも自然と胸を高鳴らせた。

 茜が朝方の寄居町を走っている訳がないと分かりつつも、純はつい目を向けてしまう。茜の温もりに縋り、茜は純の言葉に応じた。翌朝は何事も無かったかのように何を聞かれても「だって純君だよ?何かある訳がないじゃん!」と笑いながら答えていた。

 純も周りに何を聞かれても「何もない」とは答えていたものの、茜に何と言葉を掛けていいか分からずについに何も話さないままその日は解散となった。

 アパートへ行けば早かれ遅かれどうせまた会えるのに、すぐに茜を思わせるものに簡単に反応してしまう自分が情けなくなる。

 瀧川の時のように「酔っていた」事にはしなかった自分へ対し少しの免罪符を与え、純はアクセルを吹かした。

 その効果が切れる前に、茜と話せることを願いながら。


 佑太は朝方、純を呼び出すと仕事終わりにカラオケへ行こうと誘った。どうせまた何処かでナンパして来た女でも連れて居るのだろうと純が向かうと、その日は佑太一人だけだった。


「あれ?誰も来ないの?」

「たまには純と二人っきりで盛り上がりてぇんだよ!」

「俺GLAYとか歌わんよ」

「知ってるよ!」


 カラオケの二時間コースを終え、そとに出ると朝の青空が広がっていた。眩しさに目を顰めた純は丸型のサングラスを掛ける。

「純、マックで朝メシ食わねぇ?」と言う佑太の誘いに応じた車中、信号待ちをしていると佑太が「あのさぁ……」と口篭った。純は「何?」と答えたが、佑太はすぐに言い出そうとはせず、青信号になるとゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


「どーしよっかなぁ……」

「え?別の店でもいいよ。すき屋でもいいし」

「いや、違うんだよ……ちょっとさ……」

「違うんかい?そっか」


 何かを躊躇う様子の佑太に構わず、純は軽い返事をした。どうせ大した話ではないだろうと純は思っていたのだ。しばらくして、ようやく佑太が口を開いた。


「がっちゃんの事なんだけど」

「がっちゃん?どうかしたんかい?」


 馴染みのある岳の名前に純は耳を傾けようと、姿勢が前のめりになる。


「誰にも言わないでおいて欲しいんだけどさ……」

「あぁ……何かな?」

「がっちゃんさ……森下の事……狙ってるっぽいんだよね」

「え……?」


 純は思わず自分の目が見開いている事に気が付いた。「何もない」と答え続けていた自分を思い出し、咄嗟に平静を装う。


「へぇ……まぁ……いいんじゃない……?」

「いや……良くねぇだろ。友利ちゃん居るのにさ」

「ほら……付き合い長いからそういうのもたまにはあるんじゃない?他の人が欲しくなるっつーか……」

「…………純はいいのかよ?」

「え?何で?」

「何でって……だってこの前さ」

「いやいや……俺と森下の間には何もないよ。その話ってさ……面白いんじゃないかな?あの二人がもし上手くいったらさ、ちょっとスキャンダルだよね。二人とも彼氏彼女いるのにさ……憎いねぇ。まいっちゃうな」

「そうかよ」

「俺、応援しちゃおっかな」

「ふーん……」

「ヨッシーとかきっと喜ぶって。ネタ的にも面白いし、ははは」

「…………」

「翔君は何ていうかな?面白いから「賭け」にするかもしれないなぁ」

「あっそ……」


 やたら饒舌になった純がその後何を言っても、佑太は生返事以外何も答えようとはしなかった。佑太と離れるとすぐに不安は純を襲った。しかし、不安と呼ぶには余りも輪郭がはっきりとしている。それは「恐怖」そのものだった。

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