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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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ぬいぐるみ

週末恒例になった飲み会は最早日常となりつつあった。彼らが深夜カラオケ店に移動すると、純は茜の為にとある行動を起こす。

 アパートに集まる機会が増えると、その中での取り決めごとのようなものが自然と生まれていた。皆で話し合う時や騒ぐ時は決まってダイニング。身体を休めたい時や何か大切な話をする時には和室。ゲームやビデオをで盛り上がりたい時は洋間。

 岳の誘いを受けた同じ男衾中出身の翔が顔を出すようになると、ゲームをする機会が増え週末のアパートは純にとっても居心地の良い場所へと変わっていった。

 ゲームに興じていた洋間からダイニングへと戻った翔と純に、顔を赤くした茜が声を掛ける。


「ねぇ、ゲームばっかやってて飽きないの?」

「飽きないからやってるんだなぁこれが」


 翔は楽しそうに微笑むと、持参したパソコンゲームに目を落としている猿渡を見て言う。


「ほら、一人でやるのと誰かとやるのじゃ大違いだし」


 その言葉に反応した猿渡が各国のサイトから集めた「グロ動画」と呼ばれる映像を翔に見せようとする。


「ゲ、ゲームより本物の人殺しだろ!翔、グロ動画見る!?」

「見ねーよ。第一、パソコンってのは道具として使うもんだぜ。テレビじゃねーんだよ」

「将来はIT志望なん!?そうなん!?」

「だとしてもおまえに関係ねぇだろ。さぁ、飲も飲も」


 翔と純を交えて飲み始めると、茜は純にある事を思いついて訊ねる。


「そういえばさ、純君ヒップホップ詳しいよね?」

「え?まぁ好きだからね」

「私も最近彼氏の影響で最近すっごい好きになってさぁ。日本人で聴きやすい人、誰かいないかな?」


 純は茜の口から零れた「彼氏」という言葉に胸の疼きを覚えたが、顔には出すまいと堪える。


「日本人かぁ……色々いるけど何枚かチョイスして貸そうか?」

「いいの?じゃあ後で貸してよ。ダサかったら割って返すから」

「それは勘弁してくれん?」


 純は笑うと茜と肩が触れた事に小さな喜びを感じた。茜がそれを避ける様子は微塵も無かった。純は平静さを装う為に、敢えて意地の悪い質問を茜にぶつける。


「でもさ、彼氏だってヒップホップ好きなんでしょ?俺じゃなくて彼氏に借りれば?」

「うーん……いつも同じようなのばっか聴いてるのも飽きるし。そういうの無い?」

「まぁ分からなくもないかな。俺もたまにメタル聴いたりするし」

「メタル!?メタルはいいや。汗臭そう」

「そっか。いいのになぁ……まぁ後でチョイスしとくよ」

「うん。よろしくね」


 茜は純の問い掛けに、何故かそうしなかった自分が居る事に気が付いた。彼氏に借りれば、教われば、それで全て済むはずだった。

 アパートに来れば真っ先に純の隣に座り、安心している自分が居る。純にCDを借りようとする自分が居る。

 それは彼氏で埋められるはずなのに、どうしてだろう。


「体調が悪い」と和室で眠っていた岳が目を覚まし、襖を開けると突然「カラオケ!」と叫んだ。

 一同はその意味が分からず顔を見合わせたが、佑太がすぐに岳の意図に気が付き「いいねぇ!」と言う。カラオケに行きたい、という事らしかった。

 その途端に翔の表情が曇る。


「マジか……俺マジで下手だから行きたくねーんだけど……」

「誰も聞いてねーから大丈夫だよ。歌は心よ」

「いや、そもそも歌わないけどな」


 岳の言葉に翔は乗らなかったがカラオケには付いてきた。隣町にある大きな貸し店舗を改装したカラオケ店へ一同は向かった。

 駐車場に着くと、店の外に据え置かれている「ストラックアウト」で翔と佑太は遊び始めた。

 入り口に入ると騒がしい音を巻き散らすクレーンゲームやビデオゲームの筐体がずらりと並んでいる。

 岳と千代が受付に向かっている間、茜は純と何気なくクレーンゲームの景品を眺めていた。すると、その中にあった小柄な「くまのプーさん」のぬいぐるみに茜は目を奪われた。


「うわぁ!これ可愛い!」


 茜が少女のように目を輝かせると、純は茜の背後からケースの中を眺める。


「あそこにあるクマのプーさん?」

「うん。すごく可愛くない?あれ欲しいなぁ」


 純は財布に数枚、百円玉が入っているのを確認すると茜に言う。


「森下。取ってやろうか?」


 ゲーム好きの血が騒いだのとは別に、茜の小さな願いを今なら叶えられそうな気がしたのだ。


「え?悪いよ……」

「いや、ちょっとやらせてみて」


 純はそう言うと百円玉を投入し、クレーンを動かし始めた。アームは一瞬胴体を掴みかけたが、空ぶって宙を掴んだ。純は「あーあ」と溜息を漏らしたが構わずもう一枚百円玉を投入する。


「純君、いいの?」

「さっきは手前過ぎたんだよなぁ。こっちに向いてるから……そうか……。任せて」

「うん……。頑張って!」


 茜はクレーンを操作する純を横で眺めながらも、その小さな優しさに喜びを感じていた。いつもは自分に怒られてばかりで、嫌なことがあればすぐに逃げ出していた純が自分の為に何かを成し遂げようとしている。

 ただのクレーンゲームのはずが、人生を懸けた純の挑戦のように思え、茜はくすりと笑う。

 三度目の挑戦が失敗した所でカウンターに居た岳が「16番だかんなー」と叫び、奥へと消えていった。


 純の真剣な横顔に、茜は思わず息を呑んでしまう。

 すると、純は「次、取るから」と低く、静かに呟く。その声に茜は頼もしさのようなものを感じる。横に並んでいると純の背の高さに改めて驚かされ、知っているはずの純の匂いに深い安堵を覚える。

 煙草の煙が染み付いた空間で、その匂いだけが茜を守っているような感覚に陥る。

 背の高さ、声の低さ、いつもの匂い、少しだけ浅黒い肌、意外と高い鼻。見慣れたはず、知っているはずの純のパーツ一つ一つを、茜がまじまじと見つめていると純が「あっ」と言う。

 ケースの中のアームがぬいぐるみの脇を捕らえていた。

「落ちるな!落ちるな!」

 茜と純が声に出してそう祈るとぬいぐるみは見事、穴の中へと落とされた。純は喜びのあまり笑いながらぬいぐるみを取り出し、茜に手渡した。


「ははっ!やったよ!」

「純君やるじゃん!」

「はい!あげる」

「えー、いいのかな?」

「まぁ、大事に持っといてよ」

「うん。本当ありがとう!」


 純は自分の力で茜が喜ばせた事で、自身が満たされていく喜びを知ったのだった。心の隅々まで茜の喜びが伝わり、自身も嬉しくなる。こんなに嬉しい事が平凡な日常の中にあった事に驚きはしたが、純は笑みが止まらない想いだった。

 二人で肩を並べて16番の部屋へと向かう。茜は先ほど取ってもらったぬいぐるみを胸元に抱き締めている。

 とても小さな出来事だったはずなのに、今は一緒に歩いている事でさえ誇らしげに感じてくる。

 束の間の充実は部屋のドアを開ければ醒めてしまうのかもしれない。ほんの僅かに自分の歩くペースが遅くなっている事に、二人は気付いていたのだ。


 扉を開けると猿渡と良和がソファの上に立ち、マジンガーZのテーマソングを熱唱していた。

 佑太は千代に向かって顔を近づけ、何かを語っている。幾ら口説いた所で何の成果も上がらないのは目に見えているはずなのに、佑太は隙あらば千代に手を掛けようとしていた。


「佑太!それ以上近づいたら警察呼ぶからね!」


 佑太を指差しながらそう言うと、茜は純の傍らから離れる。千代がぬいぐるみに気付き「何それ!?可愛い!」と言うと茜が純を指差した。何か言っているようだったが良和の「ロケットパーンチ!」という絶叫に掻き消されてしまう。

 代わる代わるマイクが巡り、純は得意のラップやチサトを歌う。時間が更けて来ると眠気を覚えた佑太や良和、千代はそのままソファで眠り始めた。

 翔は関口と共に猿渡に対し「グロ動画とか誰も見ないからマジで止めろよ」と諭している。

 歌う者がいなくなり、マイクを独占した岳は「ここぞとばかり」と歌い続ける。歌詞の流れる画面を純と茜はぼんやりと眺めながら、純は言う。


「森下……CDいつ貸そうか?」

「ん?いつでもいいよ。でも、近いうちが良いかなぁ」

「後でさ、暇な日教えてよ」

「うん……。いいよ」


 茜はどこか眠たげな声で答える。断続的に襲う睡魔と戦っているうちに、時間は朝方近くに差し掛かっていた。

 純が視線を落とすと自分の右手のすぐ傍に、茜の小さな左手が投げ出されている事に気が付いた。

 数センチもズラせば触れられる距離にある左手に、純はたまらない愛しさを感じてしまう。

 しばらくの間は画面に目を向けていたが、少しずつ茜の瞼は下りていく。

 すると、互いの人差し指が少し触れた事に気が付く。

 指は触れたまま、茜は目を閉じている。

 純は息を呑み、人差し指で茜の人差し指をそっと掴んだ。すると、手繰り寄せなければ分からないほど頼りない力で、それは返って来た。

 純は誤魔化すように咄嗟に指を離し、咳払いをひとつする。恐る恐る茜を盗み見ると、いつの間にか寝息を立てている。

 安堵と同時に、少しの寂寥感を純は覚える。再び目を覚ました頃に、偶然だったのか意図的だったのかを茜に訊ねる勇気を純は持っていなかった。


 泣きそうな顔もきっとバレてしまうのに 君を待っていた


 岳が歌う画面に目を向けるとその歌詞がふと目に付いて、純はドリンクバーの薄いコーラを飲み干した。

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