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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
111/183

飲み会

ついに開かれた飲み会。それはまるでいつか置き去りにした忘れ物に再び出会ったかのような喜びだった。

中学校の放課後の嬌声はまた、街の片隅に響き渡る。

 単純に「一番暇そう」という理由で抜擢された純の誘導により、茜達は良和のアパートへ到着した。岳と佑太は片付けに、良和は酒やテーブルの準備に、猿渡はノートパソコンのフォルダ整理に追われていた。

 階段を上がる集団の足音と千代の「ここ何処!?寄居?秩父?くらーい!」という絶叫が聞こえて来る。

 純が先導して玄関を上がり、それに続いて茜と千代、矢所、彼らの同級生の関口 麻衣の姿が現れる。

 部屋に入るなり挨拶よりまず先に、千代が佑太を指差し叫んだ。


「ちょっと何で藤森佑太が居んの!?てかめっちゃ黒いし!うわー最悪!」

「おまえ……最悪って何だよ!まだ何もしちゃいねぇだろ!?」

「はぁ!?何かする気だったの!?そういうのって言葉の端々に現れるんだからね!?藤森佑太は昔っからそういう所あるよ?欲望が滲み出てるからそんなに肌が黒いんだよ。あーやだやだ。」

「何で千代にそんなに言われなきゃいけねーんだよ……ひでぇ!酷すぎるぜ!」

「ちょっとうるさい。黙ってて。良和君!元気!?」


 落ち込む佑太をほったらかした千代に笑顔を向けられた良和は、冷蔵庫の前で「あぁ。いらっしゃい。」と手を振る。

 茜はつまみの入った袋を床に置くと岳と軽く挨拶し合い、純の隣に腰を下ろした。

 細面の矢所が千代同様、佑太を指差す。


「うわー!藤森佑太が居るんですけどぉ!サイアクー!って感じ!?」

「うるせぇ。テメェには言われたくねぇわ。オメー帰れよ!呼んでねぇから。」

「はぁ!?ふざけんなよ!テメェが帰れ!こっちだって別に会いたくなかったし!」


 千代の時とは打って変わってムキになる佑太と矢所を茜が嗜める。


「二人共座りなよ!ガキじゃないんだから喧嘩しないの!第一、ここ良和の家だから!ね?」


 茜に同意を求められた良和はビールを取り出しながら「俺ん家だけど、発言力がねぇ。」と笑う。

 しぶしぶ、といった様子で佑太と矢所は離れた場所に腰を下ろした。急に密度の高くなった部屋で猿渡は行き場を失くしたようにウロウロと動き回るが関口に声を掛けられ立ち止る。

 同じ年の彼らの中に居ても、常に落ち着いている関口には何処か余裕と貫禄が垣間見えた。


「猿君、よっ。久しぶりじゃん!」

「お、おう!な、懐かしいな。」

「家近いのに全然会わないよね?元気してた?」

「ま、ま、まぁな。普段俺は外に出ないから。」

「へ……へぇ……。そりゃ健康にあんま良くないね。」

「お、俺は不健康そのものだ!ははは!」

「そう……まぁ生きてれば猿君にもそのうち良い事あるよ!頑張れ!」

「お……?あ、あぁ……。ははは!」

「おー!純君にがっちゃんだ!相変わらず仲良いんだねぇ!」


 声を掛けられた純は手を上げて微笑み、岳は「おう。」と言いながら紙コップを手渡し、回すように指をくるくるとさせる。

 ダイニングのテーブルを囲んで懐かしい顔ぶれと座り始めた彼らは、まるで中学校の放課後のような錯覚に陥る。

 茜が純に紙コップを渡しながら声を掛ける。


「こうして近くで見るとまた背大きくなったよね?この前気付かなかったな。」

「そうかな?あんまり変わってない気するけど。」

「あん時さぁ、何で寝っ転がってたの?本当にただの飲み過ぎ?」

「え?そうだよ。飲み過ぎただけさ。」

「えー?誰かにフラれたんじゃなくて?」

「いやいや……。」

「あ、図星だ。」

「違うよ。もういいじゃん。」


 純は瀧川の姿を思い浮かべ、一瞬気分が塞ぎ掛けたが隣に座る茜との距離の近さに気を取られた。少し動けば肩が触れそうな気さえした。

 テーブルに座る千代が壁際に凭れ立ったままでいる猿渡に向かって声を上げる。


「ちょっとさぁ!猿、何で立ってんの!?」

「あ……あぁ……お、俺はここでいい。」

「はぁ!?目障りなんだけど!座ってよ!」

「ま、まぁ気にしないでくれ。」

「じゃあ勝手にしてて!」


 その時、良和が「あー!」と岳を指差す。一同が岳に目を向けると乾杯が始まる前に既にビールを飲み始めていた。

 佑太が「何やってんだよもう!」と叫ぶが岳は気も留めない様子で平然と飲み続ける。


「だって中々始まらないんだもん。」

「本当アル中!皆!早くコップ手に取って!いいね!?はい!かんぱーい!」

「かんぱーい!」


 茜の音頭によって男女揃っての最初の飲み会がようやく始まった。中学校の頃の思い出話に華を咲かせながらも、今目の前にある問題に彼らは思い悩んでいて、それぞれが愚痴を吐き出したりしている。

 佑太がカシスウーロンを飲みながら言う。


「鉄道の枕木あんじゃん?あれを毎日運んだり交換したりしてる訳よ。でもさぁ、作業出来る時間も限られてるしレールは変な所で曲がってたりしてて思うようには進まないわけよ。」


 関口が大きく頷く。


「ねー。仕事って本当思うようにいかなかったり分からない事ばっか。私ね、今年専門出てホテルの厨房で料理するようになったんだけどさ、私の先輩「飯元」なんだよ。」


 その言葉に一同が「えぇ!?」と声を揃えて笑う。柔道部で体格が良く、やたら自分に自身を持っていた飯元が厨房に立つ姿を皆が想像する。


「あいつの味見は軽く人の一人前はあるだろうな。」


 口の周りを真っ黒にしながらココアパンを齧っていた飯元を思い浮かべ、岳が言う。関口の話しでは飯元は面倒見の良い先輩なのだという。

 それぞれの成長ぶりが話題にのぼる中、純は自分の居場所に次第に自身を失くして行く。

 学生なり、正社員なりと学んだり働いたりする同級生達の中で自分が酷く中途半端に生きている事を痛感してしまう。

 誰かがそれを指摘した訳でもないのに、純は丸裸にされ、まるで彼らの前に吊るし上げられているような気分になる。

 嬌声の中で黙り込んでいると茜が気付き、声を掛けた。


「純君、顔色悪いけど大丈夫?」

「いや……まぁ……。うん。」

「吐きそうなの?トイレ行って来れば?」

「…………あぁ……。」


 純はトイレに入ると便座に座り、鍵を掛けた。先程までは楽しいはずだった扉の向こう側の楽しげな声達が、徐々にプレッシャーに感じてしまう。

「一体、自分は何がしたいのか。」

 その段階で迷い続けている自分にとっては答えを見つけ、堂々と歩き出す彼らの姿を見ているのが辛かった。

 いつか振り向かれ

「何をしてるの?」

 と指摘されるような気がして、純は恐怖と焦りを覚えた。

 すると、頭の中で何も考えまいとラップを呟き始める。それは止まる事無く、延々に続けられた。


 茜は純が席を立つのを見送ると岳と話し始める。


「なんかさ、学校みたいじゃない?」

「メンツがそのまんま中学校の放課後だもんな。」

「たまにはこういう飲みも良いなぁ。懐かしいしやっぱ落ち着くわ。」

「普段飲んだりすんの?」

「彼氏と飲み行ったり、あとクラブ行ったりするの多いからさ。騒がしい所で飲むのが多いかな。」

「イェーイ!とかやったりすんの?」

「え?するよ?」


 岳は茜がグラスを片手に「イェーイ!」と盛り上がる姿を想像し、家庭環境による埋められない寂しさを未だに抱えたままなのかもしれない、と思うと安堵と懐かしさの為に笑いが込み上げるのを感じた。


「何?バカにしてんの!?」

「いや?別に?おー!イェーイ!」


 すると、岳は急にそう叫んで立ち上がった。それを見た佑太が一緒に立ち上がり「イェーイ!」と叫ぶと、顔を真っ赤にした良和が「イエダニ!いっぱいいるん!イエダニピョンピョン!ピョンッ!」と笑う。

 千代が「マジでいんの!?本当嫌なんだけど!無理!」と叫んで立ち上がる。トイレに嵌められた丸型の取っ手を掴むと鍵が掛けられている事に気付く。


「あれ……?純君?」


 千代はうっすらと、純が当分前から居なくなっていた事を思い出した。軽くノックすると、扉の向こうに声を掛ける。


「純君?入ってるの?」


 しかし、何の返答も無い。すると千代はダイニングで騒ぐ彼らにも聞こえるように声を大きくする。


「純くーん!ちょっと出てくれない!?漏れそうなんだけど!」


 ノートパソコンを拡げながら「ブスの行進曲」という映像つきの歌を矢所に見せつける猿渡を始め、彼らは騒ぐのを止めるとトイレの前へ一斉に視線を向けた。

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