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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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ガステーブル

問題を山積にする青柳。末野アパートには日々新たな面々が集まり始め、活気を見せ始める。

 昭和の名残を感じさせる照明が立ち並ぶ風景の中に、その専売所はあった。

 寄居駅前は三線を結ぶターミナル駅だというのに駅前に人気はなく、春の陽射しがアスファルトに柔らかな影を作り出す。

 純が専売所の引き戸を開けると、数台のカブが薄暗い店内に所狭しと並べられていた。奥から活気のある中年女性の声が響くと、笑顔で純を出迎えた。


「いらっしゃい!面接の子だよね?」

「あ、はい。新川です」

「座って座って!お茶でいいかな?」

「ありがとうございます」


 それは面接というよりも世間話のようだった。

「兄弟はいるの?」「部活はやってた?うちの子は運動が全く出来なくってねぇ……」「寄居の子じゃないんだねぇ!群馬はどこにいたの?」

 純は専売所の経営者の妻と三十分程そうやって話をして過ごした。その間、不思議と緊張を覚えたり逃げたくなるような気持ちに襲われるような事は一度もなかった。

 仕事を覚えてしまえば基本は一人で配達をするだけ、というのが純には何よりもうってつけだった。誰かに気を遣いながら煩わしい思いをする事なく、バイトが出来るという事が純の気持ちを気楽にさせた。

 夜中の二時に出勤し広告を新聞に折込み、三時半過ぎには各家庭へ配達へ向かう。春の朝方にまだ空気の冷たさは感じたものの、毎日同じルートをバイクで走り回り、ポストへ次々と新聞を投函していく作業に純は心地良さを感じていた。

 季節が夏に向かうにつれて暖まる風の温度と朝の静けさ。

 純は誰よりも早く季節を感じる事が出来る日常に、少しの快感も見出し始めていた。


 翔と岳がレジで暇潰しに話し込んでいると扉が開き、揃って「いらっしゃいませ」と声を掛ける。入店して来たのは休みのはずの青柳だった。先程まで楽しげに談笑していた翔の顔から笑顔が消える。

 手刀を切りながらバックヤードへ入ろうとする青柳を追いかけた岳が止める。


「ちょっと!何してんすか!今日休みでしょ?」

「いや……かめへんのです。ワシが悪いだけなので。発注をし忘れてしまいまして……やりに来ました。オーナーには内緒にしといて下さい」

「タダ働きですか?」

「いや……自己責任です」


 岳は踵を返すとレジに立つ翔に向かって肩をすくめてみせた。翔が機嫌悪そうに言う。


「あいつ何しに来たの?」

「タダ働きで発注するんだって」

「はぁ?居るだけでイライラするから帰って欲しいんだけど」

「どんだけ暇なんだよな。マジでさっさと帰らねぇかな」


 その後、青柳は帰る事なくバックヤードに居座り続けた。私服のまま飲料の補充を始め、搬入されて来た菓子類の検品まで始めだしたのだ。

 翔が休憩でバックヤードに入ると青柳特有の加齢臭と腐った脂のような臭いが鼻を突いた。パソコンに目を向けたままの青柳は翔に声を掛ける。


「あの……ワシはおらんものだと思って下さい」

「いや……居るじゃないですか」

「発注忘れはワシのミスなので……ほう?オーナーはん……疲れてらっしゃるんでしょうか……この発注はアカン……」


 青柳はデータを眺めながら翔に反応して欲しそうにそう呟いたが、翔はそれを無視してバックヤードを飛び出した。

 それから数日後の深夜、オーナーが搬入された弁当類を眺めながら首を傾げていた。


「あれぇ……?俺こんな発注したっけな?」

「どうしたんすか?発注ミスですか。老眼でボタン押し間違えたとか?」

「がっちゃーん!俺まだそんなジジイじゃないよぉ!毎日ムラムラしてるんだからぁ!」

「それは良かったです……」


 帰るついでに買い物をしていた翔が二人のやり取りを聞きながらある事を思い出し、オーナーに声を掛けた。


「あの……発注なんですけど」

「うん?どうしたの?」

「青柳さんこの前来て……裏で何かやってましたよ」

「え……?」


 オーナーは掛けていた眼鏡を外すと発注端末を睨み始めた。前週と今週の発注状況を比較しながら眉間に皺を寄せ始める。その時、店の電話が深夜にも関わらず鳴り響き岳が電話を取る。

 話しながら誰かに謝っている様子だった。オーナーに取り次ぐ岳の顔に苛立ちが滲んでいる。


「オーナー。常連の山口さんからです」

「あぁ、はい。今出るね。もしもし……あぁ……はい。はい。え……」


 翔は電話の内容が気になり、電話口を指差しながら岳に「なに?」と口の動きだけで問い掛けた。


「この前青柳がキレさせたお客さん……酔って電話して来たみたいだけど……相当キレてるわ……」

「あの馬鹿、また何かやらかしたの?」

「客に向かって「失礼ですが大学はどちらですか?」とか抜かしやがったんよ」

「さすがにそりゃねーわ……」

「毎日来てたけど最近来なくなったからな……。オーナー可哀想に」


 オーナーは頭を掻きながら電話機に向かってひたすら頭を下げ続けていた。


 その夜、アパートには岳達の姿の他に良和が通う定時制高校のメンバー達の姿もあった。何度かここへ足を運んだことのある松村と友川の他、男衾中学校の後輩でムエタイに夢中の佐川、同じく後輩でアニメオタクの稲村、小柄だが甘いマスクが特徴の仲邑が居た。

 グローブを持参してきた佐川が松村にパンチのレクチャーしている。


「だからさぁ、腕をもっと真っ直ぐ突き出すんだよ。シュッ!と撃つ!撃つ!撃つ!」

「う、撃つんだな!よいしょ!よいしょ!どうだ!」

「キックもくるからな、当然かわしながらだ。いいか?」

「そ……そうか。ムエタイはキックボクシングかぁ……パンチだけじゃなくてキックもあるから、きっとキックボクシングって言うんだろうなぁ……今気が付いたよ……そりゃ強いよな」

「おい……気付くの遅くね?」

「いやいやー、そんな事ないでしょ」


 ビールを飲み続ける岳の傍らで仲邑は岳と同じようにビールを煽っている。


「ヨッちゃん!こんな良い友達が居るなんて……もっと早く紹介してくれたら良かったのにさぁ!」

「いや、話すと面倒だけど……引っ越すまで皆で集まる機会なかったんよ」

「そうなの!?ねぇ、岳さん!これからよろしくお願いしますよ!岳さんマジカッコイイっす!」


 だいぶ酔っている様子の仲邑に岳と良和は曖昧に笑い合う。


「あぁ……ありがとう。でもあまり人を良い目で見過ぎない方が得だと思うよ」

「そんな事ないっす!岳さんは最高っす!俺もヨッちゃんみたいに「がっちゃん」って呼びてぇ!あ!「がっちゃんさん」って呼んでいいっすか!?がっちゃんさん!」

「ちゃんだの、さんだの……好きにしていいよ」

「やったぜヨッちゃん!」


 その横で水色のフランネルシャツ姿の稲村と佑太が顔を互いに眺め合っていた。佑太が首を傾げ続けている。純はその様子を壁に凭れながら眺めている。


「えぇ……?わっかんねぇ……わかんねぇ!」

「ですから……俺は男衾っすよ。佑太さんも男衾っすよね?」

「そうだよ?」

「分からないっす。多分見た事ないっす」

「俺もねぇんだよ。まぁいっかぁ!」

「うっす。純さんは見た事あるっすよ。ヤギ飼ってた家の人っすよね?」


 稲本に目を向けられた純は左手を上げ、小さく振る。


「ご名答」

「ヤギ飼ってるとかマジでクレイジーっすよ」

「あれはうちのジジイが飼ってたんさ。俺じゃないよ」

「いや、普通住宅街にヤギはいねぇっす」


 佑太が「だよなぁ!」と言いながら稲村の手元に目をやる。


「稲村、さっきからおまえ何飲んでんの?」

「え?さっき近くの自販機で買って来た珈琲牛乳っす。サングアリア?ってメーカーっす」

「サンガリアじゃね?」

「あ、本当だ。カタカナで書いてあるじゃねーかゴキブリだよ!」

「ゴキブリ?何それ?」

「分からねぇゴキブリっす」

「へぇ……」


 夜が更けると飲酒のペースも上がり、盛り上がりが最高潮に達した頃だった。佐川のムエタイを真似した岳が酔いに任せて床を蹴り上げると、地べたに置かれていたガステーブルの金具に足の裏を引っ掛けた。

 大した怪我ではないだろうと油断したが、酒が回りきっていた為にそれは凄まじい流血量だった。

 急いでシャワーで洗い流し、ティッシュで足を包んだが出血は収まらなかった。

 その為、傷が塞がるまで立つ事すらままならず、岳はバイトを一週間休む羽目になった。

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