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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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ただいまの日常

いつもの光景が実は当たり前ではなかった事。ただいまと思える場所。壊れたパズルのピースはひとつひとつ、長い時間を経てやがてひとつの絵となっていく。

 佑太の提案により再会を祝う名目で突如始まった飲み会。和室の押入れで眠っていた岳は佑太の買って来た商品の数々を眺め、顔を顰めながら吠えた。


「俺はビール買って来いって言ったんだよ!俺の千円札が何でこの瓶に変わってんだよ!」


 佑太は首を傾げながら言う。


「えぇ?カシスだよ?で、これはウーロン茶じゃん?カシスウーロン最高じゃん!」

「はぁ!?どんな組み合わせの飲みもんだよ!気持ち悪ぃ!」


 純は吠える岳を眺めながら、良和の事を思い電話口で声を荒げていた数時間前よりもきっと本気で怒っていると感じていた。

 カシスウーロンを知らないと言う岳を佑太が笑い、良和に問い掛ける。


「がっちゃんこんな事言ってっけど……ホストとかで普通にカシスウーロン飲んでたよな?」

「あぁ。全然普通だぜ?甘くて美味いし。がっちゃん、何が嫌なん?」

「何って、そのカシ何とかって酒が嫌だわ!冷蔵庫にビールねぇの?」

「俺がビールダメだから無いよ」

「マジかよ!純君こんなん飲める!?」


 純は成人式に瀧川にしてしまった事を反芻しながら両手でバツを作る。結局、それ以後瀧川へは謝罪出来ていなかった。

 散々文句を言いながらも、岳は佑太の作ったカシスウーロンを黙って飲み始めた。

 知らない物を与えようとすると激しく抵抗する岳に面白みを感じ、良和が一同にある事を耳打ちする。

 佑太が「大丈夫大丈夫」と言いながら岳に目隠しをする。その間に良和がキッチンで何かを調理し始める。

 純は岳のリアクションを想像しながら、既に笑いが堪え切れなくなってきている。


「はい、これ食べてみて」

「ちょっと何?マジで何?納豆じゃないよね?納豆だったら殺すかんな」

「違うよ!美味しいもんだよ!」


 目隠しをされた岳は素直に口元に運ばれたものを口にした。一同は笑いを堪え切れずに忍び笑いを漏らす。

 口に含んだものの柔らかな食感と辛味に、岳はそれが何か想像出来ず突然吐き出すと暴れ始めた。

 岳が手足をバタつかせると振り回した足が純のみぞおちに入り、純がその場に蹲る。

 笑いと痛みで純は強烈な吐き気を覚えたが何とか堪える。目隠しを外した岳は本気で激怒していた。


「おまえら俺に何食わせた!?おい!てめぇ!言え!」

「お、お、お、俺じゃねーよぉ!」


 岳に睨まれた猿渡は尻餅をつきながら良和を指差す。良和は笑いながらアボガドを手にしている。


「何でそんなに暴れるん!?アボガドとわさびと醤油だぜ?「トロみたいで美味い」って評判なんに」

「だったらトロ食わせろよ!あー気持ち悪い!あと純君、蹴っ飛ばしたけど純君も悪いかんな!俺にこういう事するとこうなるって覚えとけ!吐いてくる!」

「はははは!はー!オッケーオッケー!」

「ったくどいつもこいつもよぉ!」


 岳はトイレに篭るとすぐに吐き始めた。高校時代から酷くなった偏頭痛に苦しめられて以来、食べた物をすぐに吐く事に抵抗が無くなっていた。

 純はファンタグレープを飲みながら佑太と良和に訊ねた。


「どう?こうして会ってみると懐かしいなぁとか思うかい?」


 純の問い掛けに嬉しそうな笑みを浮かべた佑太は「懐かしいなぁ」と言ったが良和はカシスウーロンを飲みながら唸り、言った。


「そんな感じしねーかな。佑太自体は別に」

「やっぱさ、俺の事怨んで毎日のように考えてたからなんじゃねーの?」


 佑太が自虐的にそう言って笑うと良和は「いや」と否定する。


「そんな毎日考えちゃいないよ。ただ、この状況が懐かしいんじゃん?」


 文句をぶつぶつ言いながらトイレから出てくる岳。壁に凭れながら皆の話を聞きながら笑い声を上げる純。一際甲高い嬌声を上げながら騒ぐ佑太。持ち込んだパソコン動画を皆に見せるも相手にされない猿渡。そして思いつきで次々と新しい事を試す良和。

 それらの光景は中学校時代の放課後ととても良く似ていた。

 純は再び感じた居心地の良さに微笑み、やっと帰って来れたと密かに呟いた。


 岳が青柳の顔を見るだけでも苛立ちを感じ始めていた遅番の日。共にシフトに入っていたのは翔だった。

 レジ操作にも慣れたようで、まだたどたどしい部分もありながらも接客は何無くこなしているように見える。

 客が居なくなったタイミングで翔が岳に声を掛ける。


「俺さぁ……こんな感じで任されてっけどいいんかな?」

「何が?」

「だってさ、まだ何日も経ってねぇのにがっちゃんと二人きりってさ」

「大丈夫でしょ。それとも青柳にみっちりマンツーとかが良い?」

「それは勘弁だわ……」


 かつてアパートの一室で経営されていた個人塾。高校三年生の翔は青柳に全てを否定された。


「翔さん。合格の為にはまず何をすべきかご存知でしょうか?」

「それは……やはり勉強じゃないですか?自分の能力を引き上げて戦うことだと思います」


 すると青柳は回転椅子の上でおおげさに自らの額をぴしゃり、と叩いた。


「たぁー!アカン!もうアカン!これやから地方の受験生というのは……アカンアカン……」

「あの……じゃあ何か別の方法があるんですか?」

「翔さん。正直言いますわ。受験はドラクエのようなレベル上げでは勝てません」

「はぁ……じゃあどんな……」

「受験がドラクエだとしたら、急にレベルが上がる裏技を使えばええんです」

「そんな事出来るんですか?」

「はっきり言いましょう。最短ルートで翔さんを合格へと導きます。ワシにはその絶対的自信があります。合格へと続く最短ルートを、非常に効率よく学べば何も怖いことなんかあらへんのです」

「じゃあ……信じても大丈夫なんですね?良いんですよね?」

「はっはっは!何を言うはるんですか!ワシに掛かればどんなバカでも一年で東大に入れます!まぁ最も、明治卒のワシは敢えて東大を選ばなかっただけですが」

「へぇ……それは何で選ばなかったんですか?」

「効率が悪いからです。何でもかんでも「東大」というレッテルを貼られては卒業後のフットワークが制限されますからね。明大であったおかげでワシは悠々自適にこうして効率良く暮らしている訳です。他に質問は?」

「いや……良く分かりました。確かに効率的にやった方が早く結果は生まれますから。修正するのにも時間の制限あるし……。よろしくお願いします」

「翔さんは大船に乗ったんですからご安心を!はっはっは!」


 青柳の説く「効率の良い」勉強法を実践し、翔はその年の大学受験に失敗した。一年の留年期間中は都内の予備校に通い真っ当な勉強法を改めて身に付ける事で効率を選択しようとも、それを実践で活かせる基礎がない限りはそれは虚構に過ぎないと悟った。そして、その翌年晴れて大学に合格した。

 一方青柳の経営する個人塾は生徒の激減により閉鎖し、「悠々自適」な生活を奪われ隣町の実家へと戻る事になった。そして、コンビニアルバイトをしながら生計を立て、自身に「明大卒」というレッテルを貼り続ける事で鍋底に僅かに残ったプライドを保ち続ける生活を送るようになっていた。


 翔と岳が二人きりでシフトに入る日は週に1、2日程だったが、シフトが重なる日は青柳の小言もなく、アルバイトというより殆ど遊びに来るのに近い感覚で楽しんでいた。

 岳は翔に末野に良和が引っ越して来た事を伝えると、近いうちに遊びに行きたいという話しになった。

 翔が先に上がり、深夜帯になると店内は一気に静まり返った。田舎町の為に客が来るピークは限られていて、12時を越すと終電組が数人訪れるのが定番だった。

 その日、夜中の1時近くになってから慌しい様子でコピー機を操作する女性客の姿があった。

 紙詰まりや故障以外に声を掛けられる事など滅多にないので、岳は暇つぶしに煙草の補充作業をしていると声を掛けられた。


「すいません……小銭切れちゃって両替出来ますか?」

「あー、いいっすよ」


 カウンター越しに千円札を受け取ろうとした途端、二人の視線が重なり、止まった。


「がっちゃん!」

「千代さん!」


 コピー機を操作していた女性客は髪がだいぶ伸び、更に大人びた風貌になっていた千代だった。

 互いに絶叫に近い声で偶然の再会を喜び合う。千代の声の大きさは中学時代と何ら変わっていなかった。


「何でがっちゃんがここにいんの!?やーだぁ!もうマジでビックリだよ!」

「なんでってここでバイトしてるからだよ!」

「えー!?私たまたまこっち戻って来ててさ、大学の資料コピーしようと思って赤浜セブン行ったら故障中でさぁ、それでこっち来たらがっちゃんじゃん!?これって偶然だよね!?結構な偶然じゃない!?あっちのコピー機壊れてなかったら私このセブン一生来てないよ!つまりがっちゃんと一生会わなかったって事でしょ!?」


 相変わらずの喋りの容量とスピードに岳は苦笑いを浮かべながら答える。


「何もここじゃなくても同窓会とかでいつかは会うんじゃない?」


 岳の言葉に千代は「あー!」と声を上げ、両手で頬を抑える。


「そうだった!今私恥ずかしい事言ったよね!?そうだよね?ごめん、今のは撤回させて!全然!ドラマチックじゃなかった」

「たまたま、くらいな感じじゃん?」

「そうだよね!?あー、でもこうして会えて良かったわぁ。あー!そうそう!両替!」


 岳は千代のスピードに笑いながら小銭を手渡す。その日は「今度皆で会おう」という話になり電話番号を交換した。

 それは社交辞令ではなく、すぐに実現した。


 無論、千代と仲の良かった茜の姿がそこにあった。

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