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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
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心臓が原因で職場で倒れ、入院してしまった純は再び無職になる。そして、青柳が居ない間に岳にアルバイトを申し出た翔にオーナーが下した決断とは。

 成人式が終わり、春が訪れる頃。

 岳の携帯電話が鳴り響く。発信者が良和だと気付くと何の声色も作ろうとせずに通話ボタンを押す。


「おう。どうしたん?」

「がっちゃんさ、寄居の末野ってどこら辺だっけ?」

「どこらも何も、俺が男衾に来る前に居た所だよ」

「そうなん!?ラッキーだわ。やっぱツイてるわ」

「どういう事?」

「親の不動産屋が持ってる部屋タダで借りられる事になってさ、そこが末野なん」

「へぇ!タダとはスゲーな。ミスターボンボンか」

「コロコロの方が人気なんねぇ。ボンボンのゲームの裏技は嘘情報ばっかなん」

「そりゃどうでもいいよ。いつ引っ越すん?」

「春くらいかな。2DKだって。広いらしい」

「一人じゃ広過ぎるんじゃねー?溜まり場決定だな」

「あぁ。皆で来てくれ。一人じゃ寂しいん」

「そう言えるヨッシーが凄いわ」


 良和の新しいアパートが末野という寄居町の片隅に位置する地域に決まり、岳は喜びと同時に僅かに心に雲が掛かるのを感じていた。

 そこは元の父親が今でも暮らしている地区だったのだった。

「会わなければいいだけだろう」

 そう思う事で岳は新しい溜まり場になるアパートを楽しげに妄想し始めた。


 コンテナから下ろされた荷物を階上へ上げる為、純は荷物を載せたパレットにハンドリフトを差したまま貨物用エレベータが開くのを待っていた。

 矢印の表示が下向きになり、1階の灯りが点灯すると同時にハンドリフトのレバーを解除し、パレットが移動できるように僅かに浮かす。

 エレベータが開いた瞬間、純は身体に異変を感じた。

 心臓がむやみやたらに脈を打つのを感じたかと思いきや、息を吸う事がままならなくなりその場に座り込む。

 息を吸い込もうとすると血流が激しく胸へと流れて行くのを感じ、息をする事に恐怖を覚える。

 純はパニックを起こすとその場に倒れこみ、手足をバタつかせた。

 エレベータから出て来た現場リーダーが純に駆け寄り、声を掛ける。

 抱かかえられながら、何か言われているのだが純の耳にはまるで水の中にいるようにしかその声は届かなかった。


 岳の家にアンフィニに乗って現れた良和は岳を乗せると末野へと向けて車を走らせた。高級車を謳うだけあって、その乗り心地はとても静かで滑らかなものだった。親戚の叔父から僅か5万円で購入したのだという。


「成人したとは言え……これは高校生の身分で乗る車じゃねーだろ」

「安かったから乗ってるん。車なんて走ればいいん」

「それ……高級車に乗ってる人間の台詞じゃねーぜ」

「ははは。車なんていつか走れなくなるんだから何でもいいんよ。そういや純君と連絡取れた?」

「あー……そういえば全然。もう三日目かな。折り返しもないし」

「また引きこもったかぁ?まぁそのうち連絡来るだろ」

「だと良いんだけどな」

「そういや末野って何があるん?」

「みかんだけだな」

「みかんだけ!?」

「おう。まぁいいや、案内するわ」

「頼んだ」


 平地側の男衾と違い、秩父山野に近い末野地区は幾つかの山が立ち並んでいる。アパートのすぐ側を通る電車は秩父鉄道。アパートの近くには「花園屋」というリカーストアが一軒あるだけで、近くのコンビニも歩いて行くのには三十分以上は掛かりそうだった。

 その代わり、下見に行ったアパートは住宅街にあったもののとても静かな環境にあった。

 裏手には五百羅漢で有名な少林寺へと続く山が広がっている。

 良和は周辺の下見を済ませると「幽霊も出そうだし、なんならUFOも出そうだし、悪くないじゃん」と気に入った様子だった。


 岳が欠勤したパートの代わりに昼勤でレジを打っている最中、純から着信が入った。

 すぐに出る訳にもいかず、朝刊の新聞をラックから抜きながら折り返す。すると、すぐに純は出た。


「やぁ。悪かったね」

「おい。どうしたんだよ」

「実はさ、脈がおかしくなって入院してんのさ」

「入院!?」

「あぁ。バイト続けられなくなるかも。また無職に逆戻りさ」

「それは仕方ないけど……大丈夫なん?」

「あぁ。検査入院みたいなもんだからさ、明後日には退院出来るから。ヨッシーにも伝えといて」

「うん、分かった。とりあえずお大事に……」

「また連絡するよ。じゃあ」


 岳は電話を切ると純が身体の限界を越えてアルバイトをしていた事を実感させられた。力仕事がメインと言っていたが、まさかこんな事態になる程に身体に負担を掛けていたとは知らずにいたのだ。

 純と同じような症状を持つ友利は余程の事がない限り、無理に運動したり体力を使う事を日頃から控えていた。

 そう考えると純の極端さに危いものを感じ、次は止めなければならないと密かに決意していた。


 夕方からアルバイトに入った青柳が職人風の中年男性と何やら口論になり掛けていた。


「何で一々オメーに言われなきゃいけねーんだって言ってんだよ!」

「ですから、ワシはあくまでも「効率が良い」と思って……そう言ったんですが」

「700円の会計で1200円出せなんておかしーだろ!?それは俺が決める事なんだよ!」

「あの……失礼ですがお客様は大学は出ていらっしゃいますか……?」

「はぁ!?頭来た!オメェ人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」

「怒らないで聞いて頂きたいのですが……700円に対し1200円を出せばお釣りは500円玉一枚で済みます」

「んな事ぁ知ってんだよ!若いのがいっぱい居るからジュース奢るのにこっちはジャリ銭あった方が助かるんだよ!」

「はっ……それは失礼しました……」

「大学がどうとか……オーナーに言っとくからな!ったく気分悪ぃ!」

「あの……またお越しくださいませ……」

「二度と来るかバカヤロー!」


 男性は真っ赤な顔で肩をいからせながら店を出て行く。


「猪名川はん……またやってしまいました。アカン……ワシはアカン!」


 そう言うと青柳は自分の頬を自分で力任せに平手打ちした。岳は目も合わそうとせず「そうですね」と呟いた。

 店長が消えて以来、近頃青柳の接客が原因で店を離れる常連が後を絶たなかった。

 客に対し金の出し方を指図したり、息が臭いなどのクレームが多くを占めた。中には店に入るも青柳の姿を確認しただけで店を出る女性客の姿もあった。

 会計を言い間違えた際、青柳は自分を叱責する為に先程のように自分の頬を平手で打つことが多々あった。

 その姿に小さな悲鳴を上げる女性客も多く、確実に売り上げが落ちているのは日々のジャーナルが物語っていた。

 22時を過ぎた夜間帯になると岳達の同級生である高崎 (かける)と芳田 武人たけとがほぼ毎日といって良いほどに店に現れた。深夜にゲームや麻雀をして共に過ごす事が多いのだと言う。

 大学生になった翔は相変わらず彫刻のような彫りが深く整った顔立ちをしている。ゲームセンターで働く武人は切れ長の目に大きな口が特徴だった。

 二人共、青柳が以前営んでいた個人経営の塾の生徒だったのだと言う。

 青柳は彼らの事を「やっこさん達」と呼び、彼らの居ない所では「世話がやけます」「彼らは大丈夫なんでしょうか」「やれやれ……」等と小言を吐いていたが、実際会えば武人などからは常に小馬鹿にされていた。

 その日、青柳が早上がりだった為に岳は深夜帯担当のオーナーと二人で店番をしていた。

 おでんの容器を洗っていると客が入ってくる気配がして「いらっしゃいませー」と声を掛ける。

 岳が振り返ると今日は一人で来た翔だった。


「翔かよ。いらっしゃい」

「あぁ……あのさ……」

「どうしたん?エロ本でも買いに来たん?」

「ちげーよ。あの……今日は客で来たんじゃないんだよ」

「え?強盗じゃねーよな?」

「いや……そのノリもういいだろ。あの……バイトしたいんだけど」

「あぁ、ここで?」

「うん。今青柳いない?」

「居ないよ」

「なら良かったわ……。あのさ、面接の時とか……何持ってくればいいの?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと待ってて」


 そう言うと岳はバックヤードにいるオーナーに向けてレジの呼び出しボタンを押した。オーナーの性格を良く知っている岳はオーナーがすぐに翔の要望にオッケーを出すだろうと見込んだのだ。


「いや……履歴書とかさ、あんじゃん」

「オーナー!」


 バックヤードから出て来たオーナーに岳は翔を紹介する。


「こいつがバイトしたいんですって!」


 レジへ向かい歩きながら翔の姿を確認したオーナーは、岳と翔が待つレジへと辿り着く前に既に大きな丸を腕で作っていた。

 オーナーが満面の笑みで言う。


「良く来る子だよね?オッケー!」

「え?」

「俺ん時は10秒掛かったから翔の方が早かったなぁ」

「え?」

「そうそう!翔君か!名前思い出したよぉ!で、いつから出る?」

「あの……え?合格なんすか……?」

「え?そうだよ。一緒に働こうよぉ!大歓迎!」

「あの……履歴書とか……書類関係は何か……」

「あー要らない要らない!顔知ってるもん!ねぇ!?」

「まぁ……はい」

「じゃあ決まり!いつから出る?」

「じゃ……じゃあ来週から……お願いします」

「オッケー!」


 秒速で終わった面接、採用という経緯の経て、翔は岳と共に同じ職場でアルバイトをする事になった。

 それはつまり、青柳とも同じ職場でアルバイトを始める事を意味していた。


 明くる日、バックヤードのシフト表を眺めながら青柳は震えていた。


「なんで……この人の名前が……ありえへん……ありえへん……ワシは認めん……認めん……」


 季節は穏やかな春を迎える、はずだった。

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