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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
終章〜きみのねむるまち〜
101/183

成人式

各中学校から懐かしい面々が集まる成人式。そこで佑太と純は岳が完全に男衾の人間ではないことを思い知らされる。

 成人式の朝。グリーンのシャツの襟元の狭さに、純は鏡の前で何度も首を傾げた。純の兄が純を観て笑い声を立てる。


「そんな気になる?細めのシャツなんて皆そんなもんだって」

「いやぁさ……あんま慣れてないっつーか」

「普段ダボダボの服ばっか着てっからだよ。たまにはピシッと格好つけねーと女にモテねーぞ」

「あー、はいはい。分かってるよ。どいつもこいつも女、女ってさぁ……もう」

「そういう年頃だろ?言わない方がおかしいんだって。ほら、これ」

「え?」


 兄は純に小さな点袋を手渡した。純は兄からの祝いを素直に受け取る事が出来ずにまごついてしまう。


「え……ちょっと、いいの?これ?」

「成人式だろ?純、フラフラしてないでいい加減しっかりしろよぉ?」

「あぁ……ありがとう」

「おお。俺出掛けて来るからさ、母さんに遅くなるって言っといて」

「せっかく帰ってきたんにさ、もうどっか出掛けるんかい?」

「そういう年頃なんだよ」

「へいへい。いってらっしゃい」


 純は自分と兄が対照的な事に改めて気付かされ、同じ家庭で育っても考え方は変わるものなのかと、純は鏡の前で一人首を傾げた。

 黒ジャケットに白シャツ、そして黒ネクタイという出で立ちで岳は純の家へと向かう。

 パンツこそパンクスの特徴である赤チェックだったが、上半身だけを見れば成人式ではなく葬式そのもののスタイルだった。

 男衾駅で待ち合わせをしていた純は、その格好を見た瞬間に手を叩いて笑った。


「がっちゃん!葬式じゃん!」

「そうだよ。子供の俺とは今日でお別れだから」

「だっせぇ!何その言い訳!」

「えー?マジだよ。マジ」

「めでたい式なのにやるなぁ……」

「でもオーナーの奥さんからさっき祝儀もらったよ。香典じゃなかったぜ」

「だったら大丈夫かな?しっかし、スゲーなぁ……」


 人と違う事を美徳とする岳の行動に純は驚嘆したが、それと同時に昔と何一つ変わっていないのだという事を実感し安堵していた。

 しっかりとした袴姿で登場していた方がきっと驚いていたかもしれないと純は思う。そこには岳特有の「皮肉」がないからだ。

 電車で3駅隣の寄居駅へ着くと男衾の外、城南、寄居の三つの中学校の新成人達で会場の外は賑わっていた。

 純が岳がポケットに手を突っ込みながらその光景を眺めていると、黒スーツに黒シャツ、そして銀色のネクタイを締めた佑太が純と岳を見つけて大声を上げる。


「ここだぜー!おーい!」


 特徴的な甲高いその声に、周りの人達の視線は佑太に向けられる。純は思わず岳に訊ねる。


「どうする?行く?」

「めっちゃ嬉しそうに手振ってんじゃん。恥ずかしいんだけど」

「上げた拳とテンションは振り落とさないとね」

「随時上がりっぱなしだぜ。多分壊れてんだよ」

「そうかもしれんね。仕方ないな、行くかい」

「あぁ。そうすっか」


 純と岳が佑太の元へ向かうと岳は腕を捕まれた。振り向くと寄居小学校時代の旧友達だった。彼らと目を見合わせた岳は驚嘆の声を上げ、見るからにはしゃぎ始めた。


「がっちゃん!おーい!久しぶりじゃん!でっかくなったなぁ!」

「池ちゃんもー!随分横に伸びたなぁ!懐かしいな!おい!原田じゃん!」

「がっちゃん懐かしいなぁ!腹踊りやってよ!」

「久々に解禁するかぁ!ほら」


 岳が腹を曝け出して特技の腹踊りを始めると輪の中から喝采の声が上がる。


「出たぁー!これで父鉄止めたんだよな!」

「それ言うなよ。あの森にめっちゃ怒られたんだぜ?森っていつまで居たん?」

「俺らが小5の時にさぁ……」


 純は取り囲まれた岳の肩を叩くと「先行ってるよ」と声を掛け、佑太と合流する。佑太は煙草を吸いながら岳を眺めながら純に言った。


「そーかぁ……がっちゃんって寄居と男衾、半々だもんな」

「ずっと男衾じゃないんだもんね?」

「小4の終わりからだよ。純みたいに遠くから来てればあぁいう光景なんか目にしねーけど。こういう時に実感するよな」

「なんかさ、ああやって知らない人達と懐かしいとか言い合ってるの見るの不思議な感じだよね」

「なんか変だよな?たまに忘れるんだよなぁ。なんかがっちゃんって昔っから居るような気になるんだよ」

「小学校の時の俺ってどうだった?」

「当たり前だけど純は小学校の思い出にはいねぇ」

「ダメだったかぁ。ちくしょう、騙せなかったか」

「つまんねー嘘ついてねーで行こうぜ」

「オッケー」


 公民館の中に入ると、そこは所狭しと新成人が溢れ返っていた。スーツと振袖の集団が皆が楽しげに話をしている。男衾中出身者がちらほら目に付くようになると、純は安堵の溜息をついた。遅れてやって来た岳の姿がエントランスに見えたと思いきや、今度はバンド経験者が多い城南中の新成人達と話し始めた。

 佑太が感心したような声を漏らす。


「がっちゃん何気に知り合い多いんだなぁ」

「今死んだら葬式にすげー大人数来るんだろうね」

「なぁ。本人葬式みてーな格好してっけど」

「やっぱそれ思った?」

「思った」


 純と佑太が笑い合っていると純は誰かに急に肩を揉まれ、思わず仰け反った。


「うぉ!やめろ!」

「ははははは!純君は変わらねーなぁ!」

「あれ!?鳥山君!」

「おう。久しぶり」


 相変わらず耳に大きな穴を開けている金髪の鳥山が純の隣に立つ。佑太はその耳たぶに空いたピアスの穴に関心を示した。


「すげーなぁ……それ、指通る……?」

「え?誰?あれ、なんかその声……聞いた事あるな」

「がっちゃんのライブに何回か行った藤森でーす。佑太っす」

「あぁ!毎度どうも。解散ライブん時話したよな。忘れてたわ、ごめん」

「もー!頼むぜー!?これで覚えてくれよー!?」

「あぁ……テンション高いな……すげーな」

「あれだけ激しいドラム叩くのにさ、大人しくね?」

「いや……バンドマンなんて皆こんなもんだよ」

「へぇ……」

「そういや純君さ、米田は元気してんの?死んだ?」


 その言葉に純は笑い声を立てて否定する。


「まだ生きてるよ。VOGUEの近くのB系の店に良く一緒に行くんさ」

「あぁ。何かあったな。黒人の店だろ?」

「そうそう。この前米田君、ボッタクられたって騒いでたよ」

「ははは!あいつらしいな。ハンパやってっから舐められんだよ」


 B系スタイルに身を包んだ米田は今後はセダンを改造したVIPカーに乗る予定なのだという。その話を純は鳥山に話したがまるで興味が無いようで「へぇ」と薄いリアクションをして終わった。

 そこへもう一人、背の高い青年が近付いて来るのが見えた。

 モスグリーンのシャツに紺のネクタイをした安田だった。

 安田は純を見つけるなり、すぐに後ろから羽交い絞めするように抱き締めた。


「純-!もう来てたんかよ。着いてたなら連絡欲しかったなぁ」

「悪い。なんかバタバタしててさ」

 鳥山は安田を見るなり「あぁ」と頭を下げる。


「前にさ、純君と録音手伝ってもらったよね?」

「久しぶりっす。ドカ雪降ってた日だよね。レコーディングなんてした事無かったから楽しかったよ」

「あの後純君と自転車で帰ったんだろ?」

「そう。純君、男衾まで五回はコケたよな?」

「もっとじゃない?フレーム曲がってたもん」


 一同が純の言葉にどっと笑うと佑太が「いいなぁ」と呟く。


「俺もレコーディング参加したかったぜ。いいなぁ」

「その声は使い辛いなぁ……」

「え!?ダメ!?」

「いや……まぁ……天性のもんだと思って今後頑張って」

「それって特別って事!?」

「まぁ……うん。そうかな」

「やったぁ!純!俺天才だってよ!」

「そう言ったかな?良かったじゃん」

「へへへ」


 雑談が終わり鳥山がその場から離れると、入場を促すアナウンスが始まる。

 入場する集団に合わせて歩き始めると、肩で息をしながら現れた小木が佑太の肩を掴んだ。


「こ、こ、ここに居たんかよ!どこ行けばいいか分かんなくってよ!おい、女共がよ、皆良い女に見えるぜ」

「そりゃそうだよ!振袖着ててブサイクなんはよっぽどだぜ!」

「お、おう。喧嘩もいいけどよ、だ、誰か口説きてぇな。純君!元気かよ?」

「久しぶり。まぁまぁ元気してるさ」

「そっかそっか、良かったぜ。た、田代いっかな!?成人記念にもう一回ボコすか!純君、今度は手伝えよ!」

「いやいや、めでたい日だから止めとくよ」

「じゃ、じゃあまた今度な!」

「ははは、分かったよ」


 せっかちな性格の為か、小木は先に進む集団を無理矢理掻き分けながら先へと進んで行った。

 会場に入っても姿を現さない岳を純が心配したが会場を見回すと、何故か寄居中学校の集団の中にその姿があった。

 すると周りに頭を下げながらその場から抜け出し、男衾の集団の方へ駆け足で向かってくる。

 純と佑太が手招きすると、岳は笑いながら手を振った。席へと向かいながら岳が純に軽く頭を下げる。


「悪い。あちこち立て込んじゃって」

「もう式始まるってよ」

「あぁ。こっちで一緒に聞こうぜって言われたけど断ってきた所」

「がっちゃんが懐かしかったんじゃない?」

「うん。でも俺は男衾だから」

「フリーな感じするけどなぁ。どこにでも居れそうじゃない」

「いや。男衾の方が落ち着くわ。変なの多いし」

「ははは!ありがとうとは言い難いな」

「そりゃ、どういたしまして」


 成人式が始まると壇上に上がった町長の話が始まる。全てを要約すれば「年金を払って下さい」というものだった。

 新成人の誓いという宣誓がされると、式は呆気ないほど短い時間で幕を閉じた。

 寄居町の為に書き下ろしたという吉幾三のCDを手に、新成人達は再び会場の外に集まり始めた。

 ヤンキー上がりの新成人達が胴上げや記念撮影しているのを横目に純が


「あぁいうのは無縁だなぁ」


 と呟くと、けたたましいエンジン音を響かせながらローライダー使用のインパラが純の前に停まった。

 運転手は男衾中の同級生の郁川だった。


「純君!がっちゃん!流そうぜ!」

「すげー!金掛かってんじゃん!」

「モロのチンだぜ!」


 HIPHOP好きな純はその車に興味津々、といった様子ですぐに乗り込んだ。

 ハイドロ装置により激しくホッピングする車内は嬌声で埋め尽くされ、それは正に先程純が言った「無縁」のはずの騒がしい成人式の一風景そのものだった。


 その夜、町内のスーパー銭湯で男衾中の成人式同窓会が行われた。

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