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きみのねむるまち(プロット)  作者: 大枝 岳
中学時代
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眠る季節から

埼玉県の片隅の田舎町。その街の中学校に転校生がやって来た。

彼の名は「新川 純」

青春の始まりを知る事無く、彼らは青い春の中へと飛び込もうとしていた。

挿絵(By みてみん)


 騒がしく過ぎた季節が色褪せた頃、赤井あかい 良和よしかずは引越し業者と共に部屋に残された物がない事を確認し、受領書にサインをした。

 がらんどうになった2DKを広く感じ、最後に部屋を出る前に軽く見回すと、トイレのドアに目が留まった。トイレに引き籠った純を無理矢理引き出すためにトイレに開けられた大穴。それは結局直されないまま、後に修繕費を払う羽目になりそうだった。

 山積みになっていた漫画本がいつも崩れっぱなしの和室。読み終わってからジョジョの終盤の戦闘シーンを解説する翔と、それを聞いてもまるで内容を理解していない佑太のやり取りが浮かぶ。


「佑太、もう一回ちゃんとここのセリフ読んでみ」

「どういう事?時間が飛んだのは結局何でなん?だってさ、絵で描いてないじゃん!」

「だって絵で全部分かっちまったら、それは説明イラストだろ」

「え?絵で全部分かるんが漫画なんじゃねーの?」

「おまえ、もう絵本でも読んでろよ!」


 二年に満たない生活だったのに、真っ白だった壁紙はあちこち黄ばんでいた。岳が寝惚け眼で煙草を片手に、怠そうにしている。寝起きの岳におかまいなしに、良和が声を掛ける。


「がっちゃん、アンパンマンとバイキンマン、結局どっちが勝つん!?」

「あー、バイキンだろ」

「何でなん?」

「アンパンは濡れると力出ない。って事は、セックス出来ないから繁殖しない」

「あいつ頭なくても動くで!」

「知らねーよ、やなせに聞けよ」


 その風景の中には、女達も居た。裸で部屋から部屋へと移動する良和に、千代が大きな声を放つ。


「ちょっとぉ!マジで何してんの!?あー、やだやだ」


そう言いながらも、ケラケラと笑っている。その横で茜が顔を赤くして、笑っている。


「やだぁ!自分ん家だからってマッパはないでしょ!?」

「なんで!?ここ俺ん家だで!何もおかしくねぇん」


奥の洋間から投げられた良和の声に、千代と茜は声を揃えて「変態!」と叫ぶ。その様子を見て、純は楽し気に微笑んでいる。

 部屋を眺めながら浮かんで消えるのは、見慣れた夜の光景ばかりだった。

 もう、ここへ帰ってくる事はない。

 そして、誰かが訪れる事も。

 表札の名の横にお気に入りのAV女優の名を書き、良和は密かな同棲気分を味わっていた。

 純と岳が表札を指差し、腹を抱えて笑っていた姿を思い出す。

 その表札を取り外し、ゆっくりと玄関を閉じる。

 ふと、玄関の向こうから彼らの騒ぎ声が聞こえてきそうな気がして、良和は急いで鍵を締めた。

-

 90年代前半。ある少年の夏休み。

 群馬県藤岡市に住む小学校三年生の新川あらかわ じゅんは、埼玉県寄居町にある祖父母宅へ遊びに来ていた。

 藤岡に比べて少しは東京に近いはずのこの街だが、祖父母宅の近くは藤岡に比べてもこれと言った名物も名所も見当たらない。ここへ来て真っ先に目に付くのは住宅街と乾き切った畑ばかりだったが、少し足を延ばせば玉淀河原と呼ばれる荒川沿いの大きな河原があり、そこの近くのアスレチックで遊べるのだが両親が腰を上げなかった為、一人で遊ぶ羽目になってしまった。

 祖父母宅のすぐ側に名前が読み辛い小さな駅がある。純はその漢字を来る度に覚え、そして帰る度に忘れるのだった。


男衾駅おぶすまえき」  


 純はその年も駅の名を確かめ、足早に隣接された小さな公園に足を踏み入れた。すると、純と同じ背丈ほどの少女が入口脇の大きな銀杏の木の下に一人で佇んでいた。少女の横を通り過ぎながら内心気には止めたものの、純は話し掛ける事なく一人でブランコに飛び乗った。

 ブランコを漕ぎ始めると、シャツの隙間から風が入り込んで来る。それがとても心地良く、より振り幅を大きくしようと必死になって漕ぎ始めた。

 高い空を目掛けた視線は一瞬だけ飛行機雲を捉え、下に振り下ろされると、女の子がゆったりとした足取りで笑いながら近寄って来るのが見えた。純は必死にブランコを漕ぐのが急に恥ずかしくなり、力を弱めた。

 少女が歩きながら純に話し掛ける。


「すっごい漕いでるね!なんか、面白くて笑っちゃった。ねぇ、この辺の子じゃないよね?」


 ぷっくりした頬と、肌の白さが印象的な少女だった。

 純は颯爽とブランコを飛び降り、少女と向き合った。


「うん。群馬から遊びに来てるんさ」

「群馬から?ふーん」

「この辺の子なん?」

「うん。家は近いんだけどね、お母さんとお父さん喧嘩してて、家出してきたの」

「へぇ。うちは仲良いからそういう事ないよ」

「良いじゃん。本当はね、仲良しが一番なんだよ。ねぇ、一緒に遊ぼうよ。名前は?」

「俺?俺は、新川 純。おまえは?」

「あー!おまえなんて、生意気!」

「なんだよ……じゃあ、君は?」

「私?私はね」


 それから五年後の、春を迎えて間もない始業式の朝。

 中学二年の新学期を迎えた教室は期待と不安の入り混じった声に満たされている。

 同じクラスになれて喜ぶ者もいれば、苦手な同級生を横目で睨み、あいつが居るの?と眉をひそめる者も居た。

 初々しさに満ちた空気を換気するように、2年4組の担任が勢い良くドアを開いて教室へと入って来た。


「皆静かにー!静かに!藤森、さっさと座る!チョロチョロしない!はい、今日からこのクラスの担任を受け持ちます!音楽担当の飯田です、よろしく!」


 ショートカットがトレードマークの2年4組の担任・飯田 香苗が声を張り上げた。


「音楽の授業で散々知ってるだろうから、私の紹介はしなくていいね?私も君達の顔と声はしっかり覚えてる!でもね、今日は新しい仲間が来ているから紹介します!前へ出て。」

「はい」


 教室中の視線を浴びながら、落ち着いた足取りで転校生の少年は黒板の前に立つ。一年生の終業式間際から転校生の存在は噂になっていたが、女子ではない事に肩を落とした男子生徒もいた。

 あちらこちらから囁き声が漏れて聞こえてくる。少年の身長は平均より僅かに高く、顔立ちがかなり整っていたのだ。健康的な印象の浅黒い肌が、片田舎に住む中学生達には都会的に映った。


「では、自己紹介。よろしく!」


 照れ臭そうにはにかみながら、転校生は自己紹介をする。


「えー、群馬の藤岡から転校して来ました、新川 純です。よろしくお願いします」


 人前に立つ事を実は苦手としていた純は、後にこの時の感想を「吐きそうだった」と振り返っていた。

 クラスのお調子者代表、良く焼けた肌で吊り目の藤森ふじもり 佑太ゆうたが意気揚々と手を上げた。飯田が「いいぞ」と許可を出す。


「ねぇー!群馬じゃ部活何してたの?あとー、彼女とかいるんですかー!?」


 その質問に教室のあちらこちらから、失笑に近いような笑いが起きた。

 その失笑は佑太に向けられたものであったが、純は自分があまり歓迎されてないのか?と思い、転校先で馬鹿にされ続ける存在になるのが嫌で気持ちを切り換えると、はにかんだ笑顔のまま答えた。


「部活はバスケでした。えっと、彼女はいました。もう、別れちゃったけど」


 すると、教室中から一斉に「えー!?」という嬌声が上がる。特に女子達の反応が大きかった。中学二年になったばかりで異性と付き合う経験を持つ者はこの中学では皆無だったのだ。

 今まで居なかったませたタイプの転校生「純」の登場を、テレビドラマやワイドショー気分で楽しんでいる女子がいた。

「中々面白そうなのが来た」

 そう思いながら純を眺めるのは、茶色がかった瞳と垂れ目がちの二重が作る笑顔が特徴的な剣道部の森下もりした あかねだった。

 同じ剣道部の女子で、茜の後ろの席になった細身の矢所やどころ 美香子みかこが茜の肩を叩く。


「ねぇー!転校生君、かっこよくない!?イイ感じじゃない!?」


 興奮気味の矢所に茜は笑いながら振り返った。


「え?そう?でも、面白そうじゃない?マセ子供ガキみたい」


 初めて見た噂の転校生の登場に、茜は何故か妙に強い興味を覚えた。それが何故なのか、手繰ろうとしたが佑太の奇声に近い声が邪魔をした。

 調子に乗った佑太は教室中の嬌声を持ち前の甲高い声で突破すると、立て続けに質問をぶつけた。


「質問でーす!質問でっす!でっす!その彼女とはぁ、どこまで進んでたんですかー!?Aですか!?それともぉ!?」


 担任の飯田が佑太を見ながら苦笑いを浮かべている。しかし、佑太とそれに答える純のやり取りを友好的な雰囲気だと判断したのか、質問を止める様子は無かった。

 純は下を向いてはにかみ、その質問にさらりと応えた。


「あぁ、Aってやつかな?キスまで」


 教室が生徒達の嬌声で揺れた。山と畑と住宅街以外には何もない男衾に現れた「マせた」転校生の登場に、教室の誰もが衝撃を受ける。

 近頃「可愛い」と言われるよりも「美人」と言われる頻度が増えた江崎えざき 千代ちしろ:通称チヨ。は教室の誰よりも大きく響く声で驚嘆の声を上げていた。

 そのすぐ傍で「チヨちゃん、声でかい。」と、厚い唇を上げながら静かに笑うのは大人びた雰囲気を持つ今田いまだ 玲奈れなだった。

 クラスで一際体格の良い男子柔道部の飯元めしもとは自分の坊主頭を撫でながら「キィ、キッス!キ、キッスか。まぁ、な、なんだ、そ、そ、そんなもんか」と平静を装いながらも独り言を呟き続けている。

 クラスのムードメーカー、徳永が立ち上がって純を指差した。


「キスー!マジかよー!一本取られたぁ!キミ、すすんでるぅ!」

「あいつ、大人じゃん!だってさぁ、キス、した事あるか?」

「ははは!ある訳ねぇじゃん!」


女子達は肘を付け合い、盛り上がっている。


「純君ってさ、カッコよくない?」

「ね!カッコイイよね?ねぇ、大沢たかおに似てない?」

「似てるかも!バスケ部の新エースになるのかな?」

「絶対なるって!あー!ヤバイ!楽しみ増えたぁ」


 純はたちまち学年の噂の的となった。

 嬌声の端で、彫りの深い顔立ちの猪名川いながわ がくは苛立ちながらシャーペンのノックを押し続けていた。名前の読みから周りからは「がっちゃん」と呼ばれている。

 神経質そうに眉間に皺を寄せている岳に、見かねた様子の隣の席の女子が声を掛けた。


「がっちゃん、機嫌悪いん?芯めっちゃ出てるよ」

「あぁ、別に?アイツ、操り人形みたいだと思ってさ。つまんねー」

「何それ?絶対機嫌悪いじゃん」

「ちげーよ。つーか、さっきから佑太の声がうっせぇんだよ」

「うわぁ、機嫌わるっ」


 岳はつまらなそうに頬杖をつき、純を眺めていた。

 柔らかな春に「刺激」をもたらした純は次々浴びせられる質問に答えるたびに、照れ臭そうに微笑んで見せた。

 一生掛かっても好きになれそうにない、爽やかな奴だ。

 純から目線を外し、岳は持ち込んだ音楽雑誌を読み始めるとそっと溜息をついた。その後行われた自己紹介で岳は苛立ちをぶつけるように自らの紹介を演説のように行い、丸々一限を使って行った為に純とは別の意味で学年の噂になった。

 この年、同じクラスになった佑太、岳、茜、千代、そして純。この誰もが未だ知らないまま、青く長い季節は流れ始めた。

後に修正等入ると思いますが、コツコツと書いていきたいと思います。

よろしくお願い致します。

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