ーHCレベルー
それからどれ位が経っただろうか?
エリカは僕の隣へ来てモニターを使いながら、この仕事がどんなものなのか説明を続ける。
高度経済成長を果たした日本、いやこの世界ではヒューマロイド、いわゆるHRが経済活動において不可欠となっている。
またこうしたHRにも様々な種類があり、ロボットとの違いをあげるのだとすれば、Hという文字が表すように、人工知能を駆使したより人間に近い感性を持ち合わせている点だろう。
一昔前までは、パソコンというものは人間によりマウスやスクリーンのタッチによって知りたい情報を得ていたが、今ではHRに知りたい情報を伝えればHRがピックアップした情報を同期したモニターで表示させることができる。
知りたい情報の傾向などHRは持ち主の思考までも把握するため、HRとの時間が長いほど、より持ち主を理解するのを売りの1つである。
「聞いてますか?」
これまで美咲以外に女性の免疫が乏しい僕にとってエリカの存在はまさしく思春期に憧れの女性と手を繋ぐことに等しく、それを不安に感じたエリカは不思議そうに首を傾げている。
「無駄無駄。とりあえずやらねーことにはこの仕事は分かんねーよ」
僕とエリカの掛け合いに痺れを切らしたかのように、後ろから気だるそうな男が近づく。
その男はスーツこそ着ているが、その姿はお世辞にも美しいとは言えず、なんなら少し無精髭まで顔のアクセントとして付け加えられているほどだ。
これが公務員というのだから、この世の中は素晴らしい限りだ。
「よぉ。俺の名前は梶原亮太。いわゆる先輩ってやつだ。彼女募集中の34歳だ」
梶原が冗談交じりにそう言おうとする言葉に割って、女性の声が飛ぶ。
「ふざけないでください。」
「怒るなってルーシー。わかってるよ。わかってる。」
梶原が面倒くさそうにしながらそういうと、まったく顔に書いてあるかのごとくルーシーは梶原を捲し立てるのであった。
「自己紹介をしてませんでしたね。私はHRI対策室NO.35ルーシーです。付け加えると、このどうしようもないおじさんのパートナーです。」
そう言う彼女は、梶原と打って変わってしっかりとスーツを着こなし、眼鏡がその知能の良さと真面目さを際立たせている。いや梶原がそれを際立たせているのかもしれない。
顔立ちはどちらかというと幼さが若干残る印象で、容姿からすれば公務員と言うよりは生徒会長といったほうが適任だろう。
「そんなことより、これから初任務だ。今日俺の仕事でHCレベル3のユーザーのところに行く。この仕事のことなんて、それを見れば十分だろ。」
整っていない髪をボサボサかきながら、梶原は僕とエリカにそう告げた。
「いってらっしゃーーい」
ハーフだろうか髪は美しいブロンドで、出るところだけはまさしくハーフ、しかし体格は日本人と言った、梶原とは違う意味で公務員が似合わない、お嬢様と共に美咲が手を振っていた。その姿を横目に、少し残念そうな真白は梶原の後を追うのだった。
ーどうやら僕の教育係は梶原さんのようだー
この世界の交通手段というのは、メジャーなものから車(空は飛ばない)、電車、バスだろう。これらはほぼ昔と変わらない形状で存在しており、唯一変わったとすればHRを同期させることで可能とする自動運転だろうか。
また運転という言葉はなくなってしまい、全てはHRによって動かされている。ハンドルも存在しないため、運転する楽しさは専用のサーキットでないと楽しむことは難しい世の中だ。
車で移動しながら、ルーシーは今回の対象となるHRとユーザーの情報について説明してくれた。
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ー金原大吾ー
年齢:29歳
職業:無職
ーマリアー
HR「俺の嫁シリーズ」
HCレベル:3
HC検診:1年以上なし
対象理由:HRに依存するあまり社会性を著しく欠落している。
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「今回の対象は典型的な俺の嫁シリーズによる社会性の欠落が原因ですね。」
淡々と説明を続けるルーシーとは裏腹に梶原は外を眺めながら、34歳の春を招き入れようとしている。
「HCレベルって知ってか?」
「一応は、、、」
梶原が関心なさそうに真白に聞く。真白が自信がなさそうにそう言うと、問題ありませんと、ルーシーがHCレベルについて説明を始めるのだった。
そもそもHRというのは俺の嫁シリーズから始まった。元々男性のエンターテイメント商品とした意味合いが強い商品だったHRだがその性能と人気から性別を超え、最終的には用途までも超えて世界の常識となったのだ。
アニメ文化の強い日本ならではの、理想の嫁を作りたいとしたHRIの社長とその仲間によって作られたのだというが、現在では生産ラインも確立されHRがHRを作ることでそのコストは一昔前の車以下となっている
そんなHRが生み出した社会問題がHR依存だ。あまりに高性能で理想的なHRは人間の可能性を奪い続け、それを防止するべく国の規制としてHRに搭載されたのがHCレベルというワケだ。
「HCレベルはHRのユーザー観測データの項目の1つとして存在していて、ユーザーの好みなどと一緒にHRがユーザーへ与える悪影響をポイントとして集計し続けています。」
「そのポイントが溜まり、ユーザーに注意を促す程度ならレベル1。社会性を失いつつあるとして専門のカウンセリングが必要な場合がレベル2。」
ルーシーが淡々と、業務的に言葉を進めていく。
「じゃあレベル3はどうなるんですか?」
その異様な重圧感に負け、真白は恐る恐る声を発する。
「即リセットだ。」
梶原は先ほどの春はどこへ行ったのか、もともと鋭い眼光をさらに凄ませながら、そう静かに言う。
「このアパートだな。」
そう言うと車は1棟の少し古びたアパートの前で停まった。
「レベル3のユーザーがどんなものなのか、しっかりその目で見てな。」
梶原はよいしょと思い腰を上げ、ルーシーと共に車を降りる。
そもそもリセットというのは、HRにとってかなり特殊なパターンだ。
基本的にHRは進化型人工知能「AIS」が壊れるまで体の部品を交換で、その生命は維持され続ける。
つまりは基本的にHRは不死身というワケだ。
ただし例外がある。
それはAISに何らかの不具合が見つかったパターンで、HRの動作が正常を保てないと自己判断するとHRは自身でHCレベルをエラーとし回収対象となるのが基本的な例外である。
しかし今回はそれとはワケが違う。
ユーザーに不具合があって、HRが強制的にユーザーの元を引き離されリセットされるのだ。
ユーザーが納得するはずもなく、その際は対策室HRによってユーザーは体を麻痺されられ、強制カウンセリングと治療ののちに社会復帰を目指す。
その際の対象のHRはリセットがかけられ、社会復帰を果たしたユーザーの元へ戻すのだ。
「できるのだろうか・・・」
初任務ながらも重大すぎる任務内容に真白は声を震わせながら呟く。
「大丈夫。私がいますから。」
エリカは震えの止まらない真白の手を握ると、ニコッと笑って見せた。その姿は先ほどの可憐さに加え、日光という天然の力も作用しより煌びやかに輝いている。
この状況で笑えることは、常識的におかしいのか、それともパートナーとして頼もしいのか頭がごちゃごちゃになる頭で考えた。
ー僕は決めたんだー
真白はその細く美しい手を握り返すとこれから起こる非常識を受け入れる覚悟をするのだった。
ブックマークを初めていただきました!
とても嬉しいです!
正直描写など、すごく読みにくいと思いますが、作品の質を上げていくのでこれからも宜しくお願いします!