約束はいらない-06◆「探索への礎」
■ナイオール・ドラ/王宮/小広間
小広間と呼ばれるその部屋は、これまで様々な歴史の情景を見つめてきた。
広さは、そう二十名も入れば一杯になる位だろうか。
繊細な装飾で飾られた室内では、“勇者王”バド国王が“賢女”ラーライン女王の足下に己の剣を捧げた瞬間や、シェリドマール同盟が成立する前の様々な話し合いの光景が展開されてきた。
「この部屋からは、来るたびに“時”の流れと重さを感じます。」
「そうだな。確かにここは歴史の香が宿っている。永い時を見つめて来たのだからな。」
ローランとカーシャが話していると、奥の扉が開いてユゥア十三世ことユージェーヌ・ド・コーランドが入ってきた。
「あぁ、そのままそのまま。今、アリサがお茶を運んでくるからね。」
「相変わらず、御自分達でやられるのですね。」
「勿論だよ。そうそう他人を煩わせることも無いからな。自分で出来ることは自分で行う。」
「良いことです。王族の方には、なかなか出来ないことですが。」
「やれやれ。カーシャ、私も昔は冒険者だったのだ。自分でやるのは、当然のことだな。」
「誰も、ユージェーヌの食事まで作ってはくれませんでしたからねえ。」
にやにや笑うギリバルトに、ユージェーヌは苦笑いを返す。
「そうだな。冒険者になった当初は、随分と食事を抜かされたものだ。」
皆でユージェーヌを魚に話していると、お盆を持ったアリサ姫が部屋に入ってきた。
「ご機嫌よう、カーシャさま、ローランさま。お茶をどうぞ。」
二人のお客様に優雅に挨拶をすると、アリサ姫は慣れた手つきでお茶を注いで回った。
太陽の恵みを十二分に受けたお茶を暫く堪能した後、徐にユージェーヌが口を開いた。
「さて。ここに来た目的は大体分かって居るつもりだ。リュラックが報告してきた“真夏の海”の件だな?」
「その通りです。」
カーシャの肯定の言葉に、ローランも頷いた。
「彼の地の探索許可を頂きたいのですが。」
「無論、該当地域への立ち入りと調査は許可しよう。我々としても、状況を調べてきて貰えれば助かる。それでどうかな、ローラン殿?」
「ありがとうございます。」
「必要な支援は差し上げよう。まずはステリック公国の首府、イストヴィンに赴くと良いだろう。モラン公には、貴殿達を支援する様に頼んでおく。事件が事件なので、私も行きたい所だが、政務が煩雑でそうもいかないのでね。」
残念そうに言うユージェーヌを見て、ギルバルトとアリサは視線を合わせて微笑んだ。
「途中まで、ギャルドの騎士を三人付けよう。どうかな、ギルバルト?」
「ジューヌ・ギャルドの若手を二騎と、レスコー卿を出しましょう。」
ギルバルトの提案に頷くと、ユージェーヌはローランとカーシャに事情を話した。
「レスコー卿は老近衛に属する熟練騎士だ。きっと頼りになるぞ。無論、SEA(SPECIFIED ENCHANTED ARMOR、魔導で強化された鎧)“アヴァロン”を持たせるので、足手まといにはならないと思う。後の二人は若手だが、その腕は一流だ。」
「ご配慮、有り難うございます。」
「ありがとうございます。」
カーシャとローランは、丁寧に頭を下げた。
戦役の友とは言え、破格の扱いだった。
十二騎しかないコーランド最高の騎士に加え、若近衛に所属する若手の精鋭を二騎。その上、名工アルトゥール・アルバラーン四世が創り上げた、国宝の魔導鎧であるSEA“アヴァロン”まで・・・。
「必要な物が有れば、ギルバルトに言いたまえ。用意させる。」
そう言うと、ユージェーヌは立ち上がった。
「ゆっくりしてってくれ。私は、まだ公務が残っているので、すまないがこれで失礼させてもらう。」
カーシャとローランの手を取った後、ユージェーヌは公務へと戻って行った。
「ごめんなさいね。お兄さま、各地の復興対策で多忙なの。」
「状況は重々承知している、アリサ姫。我々は、彼の地域の捜索許可が頂ければ十分なのだ。」
「悪いな、カーシャ。俺も今はここを空けられないんでな。」
「厄介ごとか?」
「いや、なに。暗黒神が去っても、悪事を企む奴は減らないって事だ。海の海賊王子どもやら、ロートミルの山賊どもやら、ジョオテンズの巨人どもやら、心配事は絶えないぜ!」
何処か嬉しそうに言うキ゛ルハ゛ルトにアリサが呆れたように言う。
「どっちに転んでも、動乱好きなのよねぇ、この人は・・・」
「動乱好きとは、酷い言い方だなアリサ。」
口調とは裏腹に、ギルバルトの表情は笑っていた。そんな二人にローランが突っ込む。
「あと、アリサもね。」
「あら、酷いわね。私は動乱なんて好いてはいませんわよ。」
「どうだかな?」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべるギルハ゛ルト。
だが、ローランはふむ、と唸ると首を振る。
「そう取るか? 俺が言いたかったのは、『キ゛ルハ゛ルトがアリサを・・・』ってことだよ。」
「どう言う意味だ???」
「な、アリサ?」
「どう言うことですの? 私にもよく分かりませんけど?」
訳が分からない、といった二人に、ホ゜リホ゜リ頭を掻いてローランがぼそぼそと言った。
「キ゛ルハ゛ルトが動乱が好きなのと同じぐらい、いやそれ以上ににアリサを・・・ってことだよ。」
「あら・・・。」
あらあらあら、と頬を染めながらも、アリサはちらりと横目でキ゛ルハ゛ルトを見た。これは、憎いほど平然としている。
「まぁ、そうだな。その通りと言った所か。」
なるほどねぇ、素直なんだかそうじゃないんだか――ちょっと苦笑したローランだが、一転して真剣な表情で言った。
「キ゛ルハ゛ルト、話が変わるんだけど、“真夏の海”の写った泉のような前例があれば、また、調査結果がでていたら教えてくれないか?」
「先例か・・・」
「あと、細かい状況を聞くために、リュラックに直接会いたい。」
「リュラックに逢うことは問題ないだろう。彼の隊なら、ステリック辺境の砦にいるはずだ。しかしな、先例と言うとなぁ。まぁ有るには有るんだが何れも暗黒魔導の産物で、今回の例と類似した件か、正直判断が難しいところだ。」
「ああ。暗黒神神殿の近くだからな。暗黒魔導の産物の可能性は大きい。だが、暗黒神の力が去っているから、別の可能性が生じてきている。」
「そう考えた方が良いだろうな。」
カーシャは腕組みするとふぅ、と息を吐いた。
「恐らく、今回の件は過去のどの例とも合致しない特殊なケースと考えた方が自然だろう。即ち、現場検証しかないと言うことだろう。」
「でも、カーシャさま。それでは対応策も何も無いって事になりますわよね?」
「先例が無い故、そう言うことになるだろうな。」
アリサの問い掛けに、カーシャは頷いて言った。
黙って聞いていたローランは、カーシャの言葉に頷いた。先例がないことで目の輝きは鈍るどころか逆に輝きを増していった。
「あーあ。こんな人物がいるんだから、俺の事を無鉄砲などと言わないでくれよ、アリサ。」
「それとこれとは別よ。カーシャ様は無手活流に見えても、きちんと考えられているんだから。キ゛ルとは違うのよ。」
「やれやれ、これだよ〜。」
哀れっぽく振る舞うキ゛ルハ゛ルトだが、誰も同情はしなかった。
「よかろう。ローラン殿、方針が決まったからには、明日に備えて休息を取るのが良いだろう。」
「そうですね、ラダノワ伯爵。」
「あぁ。そうした方が良い。明日は長い一日になりそうなきがするからな。」
「アリサ、ありがとう。美味しかったよ。」
「どういたしまして。」
ローランはお茶のカッフ゜を笑顔でアリサに渡すと、同様にカップをアリサに渡して席を立ち上がったキ゛ルハ゛ルトを呼び止めた。
「キ゛ルハ゛ルト、フォンテン大使がここにいないということは、ナイオール・ト゛ラにはおられないのだろう。大使に会ったときに『お心使い、感謝します。彼の地に向かいます』と伝えておいてくれないか?」
「お安い御用だローラン。間違いなく伝えておく。」
「ありがとう。よろしく頼むよ。」
ローランは、快諾してくれたギルバルトに屈託のない笑顔を向けた。