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約束はいらない  作者: 冬泉
第一章「伝説の軌跡を追って」
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約束はいらない-03◆「紅い龍騎士」

■グレイホーク市/外人区/銀龍亭/客室


「入りたまえ。」


 間髪入れずに室内から聞こえた短い返事は、如何にも実務的なカーシャらしかった。


「失礼します。」


 扉を開け一礼した後、ローランは部屋に入った。

 窓辺には、背が高いやや痩身な女性が立っていた。燃えるような紅い髪を肩口で切りそろえ、引き込まれるような蒼い双眸には鋭い輝きが宿る。カーシャ・ラダノワ伯爵――漠羅爾バクラニ新王朝傑都ケットにあって、『龍位の騎士』第二位の位を持ち、剣と魔導双方に秀でた、通称“紅い龍騎士”である。


「久しいな、ローラン殿。マウール城の皆も息災か?」

「えぇ。皆、自分達の街を作り上げるために、頑張っています。彼らの熱気と活気は、新しい仕組みを街に作りつつあります。私は次第に飾りになりつつあって、力仕事をしたり、農作物を作ったり、何でも屋になってますよ。」

「それは、良いことだな。」


 ニコリと実直に笑う相手に、珍しくもカーシャの表情にも微かな笑み浮かんだ。

 だが、その立ち振る舞いから見ると、たとえ時代が平和に成ったとしても、カーシャが微塵もその身を安寧に委ねていないと感じる事が出来る。

 そんな印象をローランも受けたのだろうか──一層その笑みを深くする。


「ラダノワ伯爵もご健勝でなによりです。」

「うむ。戦役は終わったが、それで全ての問題が解決した訳では無いからな。」

「そうですね。ところで、あのお手紙をいただいた件なのですが・・・」

「呼びつけた様で、すまない。以前に、聞き及んでいた事柄を耳にしたのでな。貴殿にとって興味が有るかも知らぬと考えた。」

「いぇ、呼び付けたなど、とんでもありません。お知らせいただけただけでも嬉しい限りです。本当にありがとうございます。ですが・・・」


 ローランは不思議そうな顔をして続けた。


「・・・私が次元の裂け目を探索していることをラダノワ伯に申し上げていなかったと思うのですが・・・」

「あぁ、貴殿の話を私にしたお節介者か?」


 瞳を細めて、溜息を付くかのように微かに息を吐く。


「フォンテン大使殿だ。いや、ヴィクトール子爵と言った方が分かり易いだろう。」

「子爵が!」

「そうだ。貴殿のことを心配していたぞ、あれでもな。」

「子爵が・・・」

「まぁいい。本題に戻ろう。“真夏の海”の件だ。」

「はい。」

「手紙にも書いたが、場所はステリック公国の西部辺境、ジョオテンズ山系の奥だ。知っての通り、あの一帯は戦役に関係無く昔から巨人や邪龍などの怪物が徘徊する危険地帯だ。過去にあったような巨人戦役を防ぐ為に、現在では定期的にステリック公国のパトロールが山脈の奥地まで分け入って警戒をしている。」


 ローランは無言で頷いた。


「事件は先月、即ちFLOCKTIMEの月十四の日に起きた。リュラック隊長率いるボーダーパトロールの一隊は、旧暗黒神神殿の直ぐ近くで発光現象を目撃した。旧世紀の魔導かもしれぬと考えたリュラックは、慎重にその現場に接近した。辿り着いた場所は泉だった。光っていたのは、その泉だった──いや、正確に言うならば、泉に映っていた“光景”が光を発していたのだ。」

「それが、手紙にあった“空間の揺らめき”とその泉の“光景”のことですね?」

「うむ。リュラック曰く、その光景が何処かの場所の“真夏の海”だと言う事だ。少なくとも、“真夏の海”にしか見えなかったと本人は言っている。」

「その光景は、真夏の海にしか見えなかったのですね・・・」

「そうだ。話はリュラック本人に確認した。実直な戦士だ。嘘ではないと思う。」

「わかりました。」

「心安めを言うつもりは無い。これが、貴殿の心の安寧に繋がるか、正直私も分からないからだ。だが、漫然と時を過ごし、彼の少女の追憶に浸るよりはましだろう。」


 その言葉だけを取ると、ラダノワ伯爵の言い方は非常に厳しく聞こえるだろう。だが、その紅い瞳の奥には、同じ戦役を戦い抜いた者に対する優しさが宿っていた。


「・・・」


 カーシャは黙って自分の前に立つ若者を眺めた。

 黒く焼けた肌。まだ新しい剣傷。日に焼けて色が抜けかかっているマント。

 戦役のときと変わらない。いや、輝きを増した目が答えた。


「行ってみるか?」

「ええ。是が非でも!」

「そう言うだろうと、思っていた。」


 ローランの肩に一瞬手を置いた後、カーシャは戸口に向かった。

 そんなカーシャにローランは驚いた表情を浮かべていた。


「どうした? 行くぞ。」

「ラダノワ伯も同行されるのですか?」

「無論だ。異存があるのか? 斯様な事態に、貴公一人を行かせる訳には行くまい。」


 事の成り行きに些か呆然としていたローランだが、一つ息を吐くと深く一礼して、戸口に歩き出した。


「よろしくお願いします。」

「まずはコーランド王国の首都ナイオール・ドラに向かおう。ユゥア十三世陛下に、御挨拶を兼ねて領内での行動許可を頂く必要がある。」


 そう言ったカーシャの瞳に、窓の向こうの空の蒼さがやけに目に滲みてみえた。




 “紅い龍騎士”カーシャの登場です。この「約束はいらない」全編を通して、ローランと行動を共にする(はずの)重要なキャラクターです。物語はこれからグレイホーク市を離れて、更に西のコーランド王国に向かいます。そこで、ローランとカーシャを待ち受けているものは・・・。

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