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約束はいらない  作者: 冬泉
第二章「見知らぬ土地で」
22/23

約束はいらない-21◆「袖振り合うも」

■月代町/神明神社→隣町/目医者


 ごとごとと神社の門を通ってきたのは古い四人乗りの自動車だった。冬琉が手を振ると、赤ら顔をした実直そうな運転手が窓から顔を出し、気さくに手を振り返した。


「それでは、カーシャさんをお連れしますね」

「よろしくお願いします」


 奥に消えた冬琉は、すぐにカーシャの手を引いて戻ってきた。ローランは、カーシャの為に玄関に近い側の後部座席の扉を開けて待っていた。


「さぁ、カーシャさん。段があるから気を付けて下さいね」

「手間を掛けてすまない」

「そんな、いいんですよ」


 笑顔で言うと、冬琉はカーシャを慎重に車の後部座席に座らせた。


「ローランさんも後ろにどうぞ」

「はい」


 ローランが頷いて車に乗ると、物音を聞きつけたのか、天禅が玄関から出て来た。


「おぉ、気を付けて行ってきて下され。文ちゃん、慎重にたのむよ」

「合点ですぜ、天禅様」

「では、いってきます」


 冬琉が前部座席に座って扉を閉めるのを確認した後、文作は車を発進させた。

 車は神社を出ると右に曲がって海沿いに走る。路が悪いのか、振動が凄い。


「嬢さん、お客さんでっかい?」

「えぇ。うちに暫くお泊まりです」

「そうでっか。お客さん、お国はどちらでっか?」

「聞いても判らない外国よ、文作さん」


 冬琉が笑って答えると、文作もそうりゃそうだ、と豪快に笑った。


「あ、そりゃそうだね嬢さん」


 車は、左手に海を見ながらゆっくりと走って行く。


「この海は?」

「日本海と言います。冬は非常に荒れるんですよ」

「日本海、ですか・・・」


 ローランは以前見た沖縄の海、ウルトラひかりから見た太平洋を思い出していた。


「太平洋と色が違いますね」

「えぇ。今日も荒れ気味ね。でも、太平洋側に較べると、こちらの方が気候が厳しいから」

「・・・風の音がするな」

「はい。今、海沿いの吹き曝しを走っています。周囲に遮るものが何も無いので、特に風を強く感じます」


 見えぬ瞳を海に向けたカーシャに、冬琉は丁寧に描写した。

 海岸線沿いに先を見つめると丘の向こうに町らしきものが見えてくる。


「あそこが隣町ですか?」

「そうよ。わたしたちの村よりも、大分大きいの」

「もっと先に行くと、海軍さんの基地ですわ」

「海軍の基地?」

「えぇ、舞鶴軍港ね」

「舞鶴軍港・・・」


 ローランはその言葉を繰り返すと、町の先を見つめた。


「今は、確か連合艦隊が入港してるはずでっせ」


 文作の言葉を聞いたローランの胸中は複雑だった。


“連合艦隊が入港・・・やはり戦争中か・・・”


「そうね。じゃあ、街は水兵さんで溢れてるわね」


 車が低い丘を越えると、隣町が見えてきた。車は、ごとごとと町にはいると、一軒の古びた医院の前で止まる。


「つきましたぜ」

「ありがとう、文作さん。帰りもお願いね」

「お願いします」

「もちろんでっせ。ここで待ってますから」


 冬琉は車を降りると、カーシャが降りられるように後部座席の扉を開けた。


「カーシャさん、こちらですよ」

「判った」


 ローランの助けも借りて、慎重にカーシャを車から降ろすと、冬琉は文作に声を掛けた。


「では後程ね!」

「はいよ、また後で」


 車を降りた三人は、医院の門を潜った。扉を開けると、中は待合室になっている。だが、誰もいない。


「ごめんくださーい」


 待合室や部屋の中を見回したローランは、ふと壁に掛かったものに目を止めた。それは、天翔十五年十一月が開かれたカレンダーだった。


 何度か冬琉が呼びかけると、漸く奥から声がした。


「その声は天禅ところの嬢ちゃんだな。入っておいで」

「お邪魔します」

「失礼します」

「失礼する」


 三人が靴を脱いでいると、奥から白衣を着た優しげな老人が現れた。


「嬢ちゃん、今日はどうした?」

「あ、私じゃないんです。こちらの、カーシャさんの目の具合が悪くて、先生に観て貰いたくて来ました」

「迷惑を掛けて申し訳ない」

「よろしくお願いします」


 カーシャに続いて、ローランも丁寧に頭を下げた。


「ほ、外人さんか。日本語はわかるのかい?」

「大丈夫ですよ」

「はい、ふたりとも大丈夫です」

「それは心強い。なにせ、外国語は殆ど忘れてしまったからなぁ。うむ、“だんきゆう”くらいしか覚えておらんよ。留学までしたのになぁ」


 医者は少し苦笑いしていうと、カーシャを奥の診察室に入れ、ローランは冬琉と二人で待合室に残った。ローランは診察室の方を見つめたながら心配そうに言った。


「大事でなければいいのですが・・・」

「大丈夫だよ、ローランさん」


 暖かい手が、ローランの左手に触れていた。冬琉は、ローランに励ますような笑み向けた。


「あんなに綺麗で優しそうな人だもの。きっとうまく行くよ」

「そうですね」


 一つ得心したのか、ローランは微笑んで頷く。


「それに天禅殿のお知り合いの目医者ならば、安心ですね」

「そうそう。お祖父ちゃんのお友達ってこともあるけど、海原先生はとっても頼りになるお医者さんだから。心配しなくてもいいよ」

「冬琉さんの信頼しているお医者さんなら絶対大丈夫です。安心しました」


 安心した様に笑うローランに、冬流の表情にも暖かい笑みが浮かんでいた。


 暫くすると、カーシャを伴った目医者が診察室から出てきた。何時も表情が変わらないカーシャだったが、流石に今は明るさがその表に浮かんでいる。


「どうだったの、先生? カーシャさんの目、直るの?」

「勿論だとも。一時的に強い光を見たので、視神経が麻痺しておるだけさ。数日で元に戻るだろう

「よかったね、カーシャさん!」


 我が事のように冬流は喜ぶと、カーシャの手を取った。


「うむ、忝ない。大変お世話になりました」


 カーシャは医者に丁寧に礼をした。

 ローランは二人を見ながら、ホッとした表情を浮かべていた。


「・・・本当に良かった」

「心配を掛けてすまない」


 カーシャはローランと冬流にも丁寧に頭を下げた。

 そう言えば、とローランが尋ねる。


「麻痺が元に戻るまで、気をつけなければならないことや薬などはありますか?」

「おぉ、クスリは特に必要ないじゃろ。カーシャさんにも言ったが、当分日差しを直接見てはいかんがな。まぁ、三日後にはもう一度診察にくるようにな」

「ありがとうございます。わかりました」


 ローランは頭を下げる)


「診察代を・・・」


 ローランはサイフを出そうとズボンに手をやり、ハッと真剣な表情を浮かべた。 


「しまった。換金していない・・・」


 サイフには、イースタンの金貨や銀貨は入っていたが、日本のお金は一銭も持っていない。


「あ、いいんですよ、ローランさん。こちらでやっておきますから」


 ローランが止める間も無く、冬流は目医者を引っ張って医院の窓口に向かった。されるままの目医者は、孫に手を引っ張られているかのようにも見える。冬流は大きな黒い財布を出すと、手早く精算する。


「あっ・・・」


 一瞬躊躇したローランだったが、後の祭りである。


「止むを得ん。ここは、お世話になろう」

「・・・そうですね。別な方法で、お返しする事にします」

「そうだな。我らの通貨も、換金できるやもしれん。それは、後で冬琉殿と天禅殿にお尋ねすることとしよう」

「はい、了解です」


 ローランとカーシャが話している内に、医療費の精算が終わったようだった。


「ほい。じゃあ、そう言うことでな」

「はい、先生。では、三日後に」


 冬流はローランとカーシャの所に戻ってくると、悪戯っぽく笑って言った。


「気にしちゃ駄目ですよ、ローランさん。ここはどーんと任せてくださいね」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

「本当に、忝ない」


 ローランとカーシャは、そろって冬琉に深々と頭を下げた。



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