約束はいらない-20◆「心を感じて」
■月代町/神明神社
和やかな食事が終わると、ハナと冬琉が手早くお膳を片づけた。
カーシャは一旦部屋に戻り、車屋の手配を待つことになった。
一旦自分に宛がわれた部屋に戻ったローランは、普段着に着替えると、カーシャの部屋に向かった。
「ラダノワ伯爵よろしいですか?」
「構わない」
「失礼します」
ローランは衾を開けると部屋の中に入り、カーシャの前に座った。
「ラダノワ伯爵。“扉”に入って、私はすぐ気を失ってしまいました。あの後は、どうなっていたのでしょうか?」
「光の柱に向かった所までは覚えているな?」
「えぇ。天空に摩天楼を擁する大都市が見えて、その都市と湖が光の柱で結ばれていた・・・」
「そうだ。光の柱には、何ら魔導反応は無かった。だが、強い吸引力を我々は感じた。己のSEAの反発シールドを最大限に張り、我らはその光の柱に飛び込んだ」
思えば、無謀な事をしたものだ、とカーシャは薄く笑った。
「柱の中は、光の海になっていた。我々は、嵐の海を凪がされる木の葉の如く揺さぶられた。我々は、その海をどんどん落ちていき――その途中で幾つもの星の河を突き抜けた。
私は、何とか貴殿を捕まえると、諸共ソロモンの反発シールドで刳るんだ。その後は、私も記憶がない。気が付いてみれば、冬流殿と天禅殿に助けられていた」
「そうでしたか・・・」
たった今聞いた事を噛み締める様に言うと、ローランは丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「礼を言うことは無い。逆の立場で有れば、貴殿も同じ行動をとったであろう?」
カーシャは微笑みを浮かべて言うと、一転静かな声で言う。
「時に──あの娘御がそうなのか?」
「ええ。彼女です。ただ、私が彼女に出会った時より若くて、前の時代に着いてしまったのかもしれません」
「・・・時間軸の流れの違いかもしらんな」
「時の違いか、別世界なのか・・・。しばらくは、目的と真実を隠し、注意深く観察している必要がありますね」
「それが良いだろう。今迄の経緯から判断するに、ここは世界として安定している様だ。暫くやっかいになって様子を見るしかないな」
「そうですね。なぜ、ここに来たのか。いろいろな要素が考えられますが、何か我々が為さねばならない必要性があるのかもしれませんね」
「うむ。このことに必然があるならば、何れ明らかになるだろう」
「はい」
ローランは、労りを込めたカーシャの言葉にこっくりと頷いた。
☆ ☆ ☆
「失礼します」
暫くすると、廊下から声が掛かった。カーシャがどうぞ、と応えると、冬琉が障子を開けた。
「お邪魔してしまってごめんなさい。ローランさん、良かったら手伝って貰えますか?」
「あ、はい。冬琉さん」
意識している為か、ローランは少しギクシャクしながら首を縦に振る。
「カーシャ殿、では。」
「うむ、後程」
☆ ☆ ☆
廊下を歩きながら、ローランは冬流に話し掛けた。
「薪割りでしたよね」
「えぇ、そうです。結構、重労働ですよ」
冬琉は少し悪戯っぽく笑った。
それに笑顔で答えながら、ローランは力瘤を作って見せる。
「どれだけ上手くできるかわかりませんが、力仕事は得意ですから」
「そうですね、ローランさん、武道家みたいに鍛え上げている身体つきですもの」
「はい、槍術を少しやっているんですが・・・」
語尾を濁すと、一転悪戯っぽい笑みを浮かべて力瘤をパンパンたたく。
「実は、体を鍛えるのが趣味なんですよ。鍛えれば、鍛えただけ目に見えてますから。太くなればなるほど、頑張ったんだなぁと思えるので」
「まぁ・・・」
頼もしいですね、と冬流は屈託無い笑顔を浮かべた。
☆ ☆ ☆
裏に廻ると、納屋に薪が積み上がっていた。冬琉は、まだ割っていない薪を一つ取ると、納屋の前の大きな切り株に歩いて言った。
「ここで割るんですね」
「えぇ。この手斧を使って、こうやって・・・」
『カッコーン』
いい音がすると、薪は綺麗に二つに割れた。
「見事な手並みですね」
「何度もやっていますからね」
はにかむ様に笑うと、冬流は申し訳なさそうに言った。
「一時間くらいすれば車がきますから、それまで出来るだけ薪を割って貰えますか?」
「一時間か・・・。できるだけ多くできるよう、頑張ります」
「ありがとうございます。じゃ、わたしは別の支度があるので、失礼しますね」
「はい、ここは任せて下さい」
ローランに頭を下げると、冬琉は母屋の方に立ち去った。
☆ ☆ ☆
「よっ」
ローランは薪を両手に抱えられるだけ多く掴み、切り株に向かう。
「さてと・・・」
手斧を握って具合を確かめると、徐に薪を割始める。
『カッコーン!!』
「よし。ここでスナップを効かせて・・・」
程なく、ローランは木目をうまく利用して、割った薪を飛ばさないよう、最小限の力で最大効率で割って行くコツを掴んだ。
『カコン! ・・・カコン、カコン、カコ』
次第に、道具と木の質になれたのか、音は小さくなり、間隔が短くなっていった。
☆ ☆ ☆
小一時間後。冬琉が戻ってくる。
「ローランさん、まぁ・・・」
『カコ』
ローランが手斧を振るうと、最小限の力で、薪が面白い様に自然に割れて両方に倒れていく。
「あっ、冬琉さん。割った薪はどこに積んでおけばいいですか?」
ローランは薪割りの手を止めると、驚いた表情を浮かべて立っている冬琉に向かって振り返った。
「もっと、割っておいたほうがよいですか?」
まだまだ、足りないかな? と心配そうに割った薪を見ているローランに、慌てて冬流が言う。
「まぁ──ローランさん、薪を全部割って仕舞われて・・・凄いわ。どうも、ありがとうございます。とっても助かります」
「いえいえ。そんな」
最後に割った薪も、紐で結わいてまとめる。
「あと、これ。火つけように、少し細かく割っておきました」
薪で20本ぐらいだろうか、箸の太さで割ってあった。
「なにからなにまで──本当にありがとうございます」
両手を胸の前に組んで、冬琉は素敵な笑顔をローランに向けた。
ローランには、その冬琉の笑顔に、テラの最高の笑顔がダブって見えた。まるで、テラの最高に笑顔のデジャビュの様に、ローランは目の前の冬琉の笑顔に一瞬心を奪われた。
『冬琉・・・』
スッと無意識に手を伸ばしそうになるところで、ローランははっとなった。
「・・・」
僅かに、冬流は怪訝そうな表情を浮かべる。
それを払拭する様に、努めて明るくローランが言う。
「少しでもお役にたてて、よかった。力仕事があったら、なんでも言ってくださいね」
「え、はい。ありがとうございます」
「割った薪はどちらに持って行きましょう?」
「あちらの納屋に入れて貰えれば助かります」
「判りました。じゃぁ、冬琉さん。そちらの細かい方をお願いできます?」
「はい」
冬琉は、細かい破片を集めて手早く一束にした。
「行きましょう」
冬流が束ね終わるのを待って、二人は納屋の中に入った。
薪を積み上げながら、ローランが聞く。
「冬琉さんがこちらにいられるときは、冬琉さんが薪割り当番?」
「えぇ、そうなんです。この神社は男手がおじいちゃんだけなので、私達で仕事を分担してるのです」
「ということは、冬琉さんは主に薪割りと食事当番をしているのですね」
「えぇ。こんな時分ですから・・・」
冬琉の表情が微かに曇った。しかし、すぐに笑顔に戻るとローランに言った。
「そろそろ、車屋さんが来る頃です。表に行きましょう」
「はい」
ローランは頷くと、先に納屋を出た冬琉の後を付いていった。
放浪の勇者、ローランの物語の続きです。「約束」もこの回で二十話となりました。超低速の更新スピードですが、今後とも宜しくお願い申し上げます。