約束はいらない-01◆「真夏の海」
■マウール城/居室
太陽の最後の陽光がアボール・アレィズ山脈の向こう側に消えようとする夕刻。一日の仕事を終えて部屋に戻ると、ローランは机の上に手紙が置かれているのに気がついた。
手に取り、封を切り手紙を読んでみた。
「ん?」
『前略 ローラン殿
元気で暮らしている事と推察する。
その後、各地を視察して回る際に貴殿に取って興味が有りそうな事柄を聞き及んだので連絡したい。』
その手紙は、そんな書き出しで始まっていた。
差出人を見ようとして封書を裏返すと、鮮やかな紅い龍の紋章の印籠が目に飛び込んでくる。
斯様な紋章を使う人物は、エルス広しと言えども一人しかいなかった。
『ジョオテンズ山系の不帰の峠の先に、旧暗黒神の神殿があったのを覚えているかと思う。その近くで、ステリック公国のボーダーパトロールが空間の揺らめきを目撃した。
彼らは、その先に“真夏の海”を見たと言っている。興味が有れば、私は当面グレイホークの銀龍亭に滞在しているので、話に来られてはどうか。』
手紙の末尾には、まごうかたなきカーシャ・ラダノワ伯爵の署名が為されていた。
「空間の揺らめきと真夏の海・・・」
ローランはそう呟くと、手紙を胸ポケットにしまった。
いつもは、深い悲しみが宿るその双眸には、あるか無しかの輝きが宿っていた。
「よし。」
決意を込めて自分に頷くと、明日の早朝から旅にでることを副官エルンストに知らせる為、部屋の外に出て行った。
「約束はいらない」へようこそ。この物語は、槍聖ローランと、夢見の神和姫冬流の再会の物語です。不定期更新となりますが、何卒宜しくお願い申し上げます。