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約束はいらない  作者: 冬泉
第一章「伝説の軌跡を追って」
14/23

約束はいらない-13◆「神の切っ先」

■ジョオテンズ山脈/不帰かえらずの峠→ヴェルデ河→龍の背


 多勢に無勢ながらも、ほぼ無傷で遭遇戦を着る抜けたカーシャとローランは、再び馬上の人となった。幸い、訓練された重戦馬は逃げ出すこともなく、峠に残っていてくれたからだ。

 不帰かえらずの峠の長い南斜面は荒れ果てた北側の斜面とは異なり、草が生えており、森林限界以下に下って来ると、ちらほらと木々を見かけるようになった。


「ラダックの山並みは越えたな」


 二人の背後には、越えてきた山波が屏風の様に立ちはだかっていた。


「まだ先は遠いぞ、ローラン殿」


 カーシャは薄く笑って言うと、馬を促して山脈の間の谷に入った。左手には大きな氷河が流れてきており、氷河から溶けだした河が谷底を東から西へ流れている。


「あれがヴェルデ河だ。地図にはその名が記載されてはいないが、土地の人間は皆そう呼んでいる」

「ヴェルデ河というのですか」

「そうだ。ステリック公国では、この河を“三途の河”と呼ぶ者もいる。幾多の激戦がこの河の向こうで行われ、多くの戦士がこの河を渡って帰ってこなかったからな」

「そうですか・・・」


 ローランは、ヴェルデ河の対岸をみて呟いた。


「さらに気を引き締めねば」


               ☆  ☆  ☆


 ヴェルデ河まで降りたのは、日暮れ近くになってからだった。間近で見る河は、鉛色に濁っていた。


「かなり濁ってますね」

「氷河からの水だからな。石灰を多量に含んでいるからこの様な色になる。飲むと調子が悪くなるぞ」

「はい。こんなところで腹を壊したら、医者は来てくれませんね」

「フフフ、そうだな」


 その晩は、木の陰の旨い寝床が見つかった。二人で慎重に周囲に罠を張り、その晩はぐっすり眠ることが出来た。


               ☆  ☆  ☆


 次の日。一転してどんよりと曇った空を、若干不快そうにカーシャは見上げた。


「雨だとやっかいだな。足跡が残る上、馬上戦が不利になる」

「ええ。視界が悪くなり、身体を冷やしますし」

「降り出す前に、急ごう」


 再び馬上の人となり、二人は渡河点を探して川岸を下っていった。程なく、河が広く浅くなっている場所を発見し、難なく渡河した。向かうはラダック山系の向かい側にある一層高い山脈だ。


「あの山脈は“龍の背”と呼ばれている」

「“龍の背”というのですか?」

「そうだ。古代に、強大な龍を魔導師達が封じ込め、それがあの山脈になったと言う話だ」

「あの大きさの“龍”ですか・・・」

「想像も付かないな、あのサイズだと。星界アストラルの海には、その様な怪物がうようよ居ると聞くが、真実かどうかは定かではない。だが、強大な魔導は、またの龍を目覚めさせるかも知らん」

「場所が場所だけに、起こりそうな気がしますね」

「そうだな。だが、そうならないことを祈るだけだ」


 カーシャはそう言うと、前方を指し示した。


「峠は、“龍の首”の所だ。低くなった地点が見えるだろう?あそこを越える」


 低いと言っても、標高一万フィート以上はある。高度差五千フィート、目が眩む高さだ。一歩一歩、カーシャとローランを馬に揺られ、峠を目指してジクザクに登って行く。その間も、二人は油断無く周囲を警戒する。


「静かだな。何も起きないに越した事はないが、静かすぎる感じだな」

「はい。静かすぎる・・」


 ローランは周囲を見回した。


「嵐の前の静けさと思えなくもありません」

「わからん。油断をしないことだな」


               ☆  ☆  ☆


 山脈の中腹で日が暮れた。仕方がないとばかりに、カーシャは下馬すると、二頭の馬を集めて脇に繋いだ。


「一番危険な状況だ。十分に注意をせねばな」


 ローランは周囲を見渡すと頷いた。


「見通しがよく、発見されやすい。身を隠す場所もない。用心に越したことはないですね。火は炊かない方がよいでしょう」

「そうだな。今夜は交替で番をすることとしよう。ローラン殿、先に休まれよ。夜半に起こす」

「わかりました。寝る前に少し罠を、準備して休みましょう」


 ローランは、近づいた者がいたらわかるように、周囲のめぼしい場所に簡単な罠を仕掛けた。その後に防寒の準備をしてカーシャに言った。


「では、先に休みます」


               ☆  ☆  ☆


 夜半。吠え声でローランは目が覚めた。傍らにいたカーシャが制止の声を掛けた。


「静かに」

「何か来ましたか?」

「遠くだ。それに、こちらが風下だ。気付かれる事は無いだろう」

「なにものでしょう?」

「巨人だろうな。昨日の事を根に持っているのではないか」

「かなりの数を倒しましたから」


 ローランは素早く身支度を整えながら言った。


「私も警戒します」

「そうだな。悪いが、起きて貰って置いた方が良いだろう。ローラン殿は、こちらの方角を頼む」


 カーシャはそう言うと、風上方向に向いた。


「はい」


 ローランは、風下の方向を警戒する。


 一晩中、吠え声は続いた。だが、それ以上深刻な事態にならず、二人は翌朝を迎えることが出来た。


「行こう。この山を越えれば、神の切っ先まで順調にいけば、二日で着ける筈だ」


 疲れも見せずに、カーシャはさらりと言った。


「あと、二日」


 ローランは二人の重騎馬を連れてくると、カーシャに手綱を手渡した。


               ☆  ☆  ☆


 “龍の背”の長い葛折つづらおりの峠道を登っていく。ラダックの山並みよりは、たっぷり千フィート以上も標高が高く、険しさもそれ以上だった。一歩一歩馬を導きながら、それでも無事に龍の首を抜ける事が出来たのは更に一日後だった。


「見よ」


 峠に立って、カーシャの指し示す方向を見ると、“神の切っ先”と呼ばれる孤峰が以外と近くに見えた。


「あの下の森のどこかに、湖が有る筈だ」

「あれが、“神の切っ先”」


 ローランは孤峰を見詰めた後、森を見下ろした。


「あの森のどこかに・・・。歩いて探すことになりますが、リュラック殿が言っておられたように、発光現象にも注意しなくては」


 カーシャはローランに頷くと言った。


「行こう」


 再び馬を促すと、カーシャとローランは長い葛折を下り始めた。



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