約束はいらない-10◆「闇に沈む山脈」
■ステリック公国/ラダックの砦(望楼)
ラダック砦の最高地点――望楼は砦の基盤から500フィートの高所にあった。
正面に険しい山並みのジョオテンズ山系が屏風の様に立ちはだかっている。
山を下ってくる強い風は、ぴりっとした氷河の寒さを運んでくる。
「風が強いな。ここは何時もそうだ」
「ラダノワ伯爵は、こちらには良く来られるのですか?」
「昔な・・・」
その短い言葉には、色々な実感がこもっているようだった。
「・・・」
何か言いたそうにしながらも、黙って自分の横顔を見つめるローランに気づいたカーシャは、心配するなとでも言う様に笑顔を浮かべた。
その言動は別として、カーシャもまだ二十代後半である。普段から小難しい顔をしているので何かと老成した雰囲気があるが、笑うと年相応の若さが顕れる。そんなカーシャの笑顔に、ローランは目を見張った。
「この方角です」
リュラックは、六分儀の様な測量機材を使っていた。出来る限り正確に方角を計る為である。
目盛りを覗きこんだ後、カーシャは視線をその方向に投げた。
「これだと、“神の切っ先”の近くだな」
「そうですね。その山麓辺りになります」
「“神の切っ先”?」
耳慣れぬ言葉に、ローランが聞いた。
「あぁ、山の名前だ。標高は24,000フィート以上はあるだろうな。ジョオテンズでの最高峰になる」
カーシャの言葉に、リュラックも頷いた。
「リュラック殿、“神の切っ先”の名前になにか由来があるのですか?」
「その形が非常に鋭いので、昔からそう呼ばれていると聞いておりますが、当方も今一つはっきりとは由来を知りません」
「そうですか・・・」
何処か引っかかりを感じたのか、ローランは知らず内に渋面を作っていた。
何かを考え込むローランをちらりと見ると、カーシャはリュラックに“神の切っ先”に関する事柄を質問していく。
「通常、あそこまで馬で1週間か?」
「はい。今は夏場なので、途中行軍も楽でしょうから」
「邪魔が、入らなければだな」
「巨人が原因もなく不穏な動きを起こすとも思えませんが、その可能性は十分お考えになって置いた方が良いと思います」
「そうだな。嫌な予感がする・・・」
カーシャとリュラックのやりとりを危機ながらも、ローランは躯に風を受けながらジョオテンズ山脈を見詰めていた。
お待たせ致しました。ローランとカーシャの冒険の続きです。亀のような(Move 3')更新速度ですが、今後とも宜しくお願い申し上げます。