保護した者たちの現状・浪人の娘お絹の場合
母親が死に、年老いた父が病の床に伏して、売れるものをすべて売り、そして家に売る物もなくなり、食べることもままなくなり夜道で夜鷹に立ったところを三河屋が保護した浪人の娘のお絹は、その後三河屋型の遊郭の夕食をつくって届ける仕出し弁当の製作と配達を行っていた。
「本日の提重の四分け弁当のおかずは厚焼きの卵、季節野菜の天ぷら、鯵の揚げ物、煮豆です。
では皆さん本日も頑張って行きましょう」
「はい、わかりました」
提重と言うのは「提げ重箱」の略で、21世紀の蕎麦屋や中華料理屋が出前のときに使う岡持ちに似たような、運ぶのに便利なように重箱や小皿や椀、杯、そしてその中にご飯やおかず、味噌汁や菓子や茶をそれに詰めて、段の仕切りのついた手提げ箱の中に、納められるようになっているものである。
本来は平和になりつつあった、安土桃山時代の大名が花見や紅葉狩りなどに用いたものであるが、大見世の遊女などが頼む、比較的高価な弁当として人気が出ている。
「さてでは始めましょうか」
お絹は俵おむすびを、経木に包んで、重箱に見栄えよく入れ、もう一つの中に十字形の仕切りがある重箱に、それぞれにちがったおかずを見栄え良く詰めていった。
十字形の仕切りがあることで、おかずがはっきり分かれてその見た目が美しいだけでなく、汁が混ざったり、おかずの味や匂いが他のおかずなどに移らないと言う利点もあった。
「食べる前の見栄えも大事ですから、これは本当良いものですね」
お絹はおかずを作り上げたら、ひとつずつ試食してからそれを詰めていく。
「ん、これなら大丈夫ですね」
それぞれのお重に、ご飯やおかずを詰め終わったらそれを手提げ箱に入れ、さらに水菓子となる果物やお茶、味噌汁なども入れて行くお絹。
「これで大丈夫ですよね?」
足りないものがないか確認した後彼女は玉屋へ向かった。
今日の弁当は玉屋の花紫の依頼だった。
玉屋の裏口にたどり着くとお絹は中に声をかけた。
「こんばんはごめんください。
ご依頼の松弁当をお持ちしました」
「お、待ってたよ、今伝えるんでちょっと待っててくれな」
台所の男がそう答えて、店番に弁当が届いたことをつたえると、やがて花紫の使いの禿がやって来た。
「ああ、まってましたえ。
おいらの姐さんが首をなが~くして待ってましたえ」
「では失礼いたしますね」
お絹は提重を持って花紫の部屋へと案内された。
「ああ、待ってましたえ。
ささ、どうぞお入りなんし」
「では失礼いたします」
花紫は嬉しそうにお絹を迎え入れた。
「わっちらはお客の相手をしてる時は食えへんし、ほんに助かるわ」
お絹は提重からご飯の入った重箱やおかずの入った重箱などを取り出していく。
「前まで夕飯は茶漬けだけやったしな」
そう言って花紫は俵むすびや季節の野菜の天ぷらを美味しそうに食べていく。
「ん、ほんに美味しい」
かと言ってお腹が出るほど食べるわけにも行かないのが太夫にとって辛いところであった。
「後はお前たちでたべておいてな」
花紫は禿や新造へ残りは食べるように指示をする。
「姐さんありがとうございやす」
そう言って禿たちは残りを皆でわけて食べた。
ご飯もおかずも果物も綺麗になくなると器は回収だ。
「また、頼みやすんでよろしゅうな」
「はい、こちらこそ」
こうしてお絹は玉屋を後にしたのだった。
「たまには父上にも良いものを食べさせてあげたいものですね」
戒斗と出会った時、唯一残っていた品の良い振袖を着ていたことで、結果としては彼女の担当配達先が大見世となったのはお絹にとっても幸いであったろう。




