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意外と江戸時代は口内のケアに関しては進んでる

さて、ある日のことだ。

桃香が俺のところに来て、言った。


「戒斗様、わっち、歯が痛い感じがするんでありんす」


「ん、どれ口の中を見せてみろ」


 桃香に口を開けさせて、覗いてみると奥歯に軽い虫歯ができているようだ。


「ふむ、軽い虫歯だな」


「えええ、なんとかならんでやんすか?」


「いや、俺は医者じゃないんだが。

 とりあえず、しみるかもしれないが濃い塩水と茶でうがいをしておけ」


「あう、わかりんした」


 桃香は涙目だ、まあ痛みがわかるくらいの虫歯のようだから塩水がしみるかも知れんな。


 意外に思うかもしれないが江戸時代はもうちゃんと歯磨きやうがいをして虫歯予防や口臭予防はしてたんだぜ。

遊女や芸者なんかは特に口臭に気を使わないといけなかったからそれはしっかりやってる。


 歯磨きの歴史は古くて農耕を早く始めたメソポタミアやエジプト、インドなどではかなり昔から虫歯にも悩まされていたため、歯磨きも早くから行われていたようだ。


 日本に歯磨きの習慣が伝わったのは意外と古く、飛鳥時代頃からもう有ったらしい。

インドの歯木しぼくっていわれる現地ではまだ使われてるらしい、木の枝を削って割り箸くらいの大きさにした木で歯をこするものがその頃の歯ブラシ。

仏教でお経を読むのにあんまりにも口が臭いので発明されたと言われてるようだ。

で、日本にもお経とともに入ってきたわけだが、そういった理由で歯磨きは宗教的な習慣だったから坊主や貴族だけの習慣だったようだ。


 だが、江戸時代になると庶民の間でも歯磨きが習慣化されるようになった。

江戸時代の歯ブラシは房楊枝ふさようじと呼ばれるもの。

これは木の枝をやはり割り箸くらいの大きさの長さにきって細く削り、煮て柔らかくして、片方の先端を木槌で叩いてブラシ状にして、もう片方は尖らして楊枝にしたものだ。


 この房楊枝で歯磨きをする場合は、ブラシ状になっている方を使って歯を磨き、反対側の尖っている方で歯の間に詰まってるものを取り除き、柄で舌を出しながらこすり、白い舌苔ぜったいをこそぎ落とした、舌苔も口臭の原因の一つだからな。


 こんな風に便利なんだが、絵筆や書道の筆で歯を磨こうとしているようなものだから、歯の裏側や奥の歯は磨きにくいのが最大の欠点だ。


桃香の虫歯もそのせいだろう。


 しかし、舌の舌苔の掃除まで行っていた江戸時代は結構口臭などは少なかったんだな。

虫歯菌そのものは乳酸菌の一種でどこでもいるので、根絶することはできないが、乳酸菌は酸には強いがアルカリには弱いので、塩水や重曹水、お茶などでのうがいも虫歯予防に良いらしい、まあ重曹はこの時代の日本はないんだけどな。


 それと虫歯や歯周病予防に役に立ったのはお歯黒だ。

お歯黒というと麻呂っぽい公家が白粉とともにするものと言うイメージだったりするだろう。

お歯黒の歴史も非常に古く、古墳時代には大陸から伝わっており、埋葬されていた人骨にもお歯黒の跡が確認されたと言う話もある、この頃から使われているものはあまり変わらないらしいので、おそらく虫歯予防として行われていたのだろう。


 で、お歯黒は平安時代には、主に成人し元服や裳着を迎えた、男女の公家、公家化した平家などがお歯黒を行った。


 室町時代から戦国時代になると貴族以外の権力者層からまず広まって、武将の娘は早く政略結婚させるために八歳で染め、大名などもお歯黒をしていた、今川義元なんかが有名だが、その他の名門守護大名や後北条氏などの戦国大名などもお歯黒をやっていたようだ。


 しかし、江戸時代にはいると皇族・貴族以外の男性の間ではお歯黒はほとんど廃れた。

まあ面倒だとか臭いからやりたくなかったとかが理由だろう。

元服前の若い女性はもともとやらなかったから、基本は既婚女性、年増と言われる20歳以上の女性だけが行い、印象的には遊女、芸妓の化粧として定着した。


 実はお歯黒を施した歯にはむし歯がほとんどない。

お歯黒の材料は植物の渋み成分であるタンニンと粉にした鉄の化合物が用いられていた。

日本での材料はヌルデの木にできた虫こぶの粉末である、タンニンを主成分とする五倍子粉ふしのことさびた鉄屑と主に酢でつくった水につけて、鉄を主成分とする鉄漿水かねみず

これを専用のお歯黒筆か房楊枝で、歯に塗っていた。


 黒く見えるのは鉄による皮膜で更にタンニンの殺菌作用やタンパク質の凝固作用により歯茎が引き締められる。

要するに、お歯黒をすると虫歯や歯周病を予防できるってわけさ。

更に、皮膜を固定させるために歯をよく磨いて歯垢をよく取り除かないといけないから、それによって虫歯や口臭を予防できたわけさ。


 まあ、しかし、酢と鉄を混ぜたお歯黒水はとても臭く、五倍子粉は渋み成分の塊だからめちゃくちゃ渋いため、お歯黒を付けたあとは必ずうがいをしたんだが、それでも口に中には多少残るからまあ大変だ。


 吉原の周りの堀がお歯黒ドブと呼ばれるのは、これもドブの水も黒くてとても臭いからだ。

お歯黒水を捨ててるから臭くなったと言われることもあるが、単純にほとんど流れがなくて生活排水をどんどん流し込んでいるからだけどな。


「ふむ、そしたら口の内側や奥歯も磨きやすくなるように

 歯ブラシを作るかね」


 歯ブラシそのものも結構中国では古い歴史もあるらしい。

俺は穢多頭に老衰で死んだ馬の毛をわけてもらった。

そして現代の歯ブラシっぽい形に木の枝を削り、頭となる部分に小さな穴を開け毛束を裏側より糸で結わいて固定する。

ヨーロッパでもちょうど歯ブラシが作られ始めるくらいなんで、長崎では売ってるかもな。


 歯ブラシとともに必要なのはやはり歯磨き粉だが この時代にはすでに市販されている歯磨き粉があるからそれは買えばいい。

中身は目の細かい砂や塩が主で、口に入れやすいように丁子ちょうじやハッカなどの香料を加えたもの。

じつはこの歯磨き粉は現在の歯磨き粉と比較しても汚れの落ち方には遜色はないくらい汚れは落ちる。


 また、歯磨きは江戸の人間は粋と言うことでやってるが、歯磨き粉などを売っていない田舎の人間はやっていないことが多いので江戸の人間は他の田舎の人間なのかかんたんに見分けることもできる。

江戸っ子の歯は輝く白さで口臭も少ないのだな。


 とは言え江戸時代の江戸の男はお歯黒をしていなかったのも有って3割程度は虫歯などを持っているらしい。

これは繊維質の少い白米を食べていることと房楊枝では磨き残しが多いからだろうな。


 とりあえずできた歯ブラシと歯磨き粉を桃香に俺は手渡した。


「ほれ、桃香、口の内側や奥なんかを磨きやすいようにした歯磨き筆だ、

 これで歯を磨いてみろ」


「あい、わかりんした」


 俺の手作り歯ブラシと市販の歯磨き粉を使って歯磨きし、房楊枝で仕上げをしてうがいもするとなかなかきれいに磨けたんじゃないか。


「どうだ、磨いてみた感想は」


「あい、いい感じだと思いやすよ」


「じゃあ、丁寧に使うんだぞ。

 それは売ってないからな」


「あい、ありがとうござんす、戒斗様」


 ニカッと笑ったら歯が白くて眩しいぞ、桃香。


 さて、明日の朝にはどうせ藤乃とかが、桃香ばかりずるいと言ってくるだろうから先手を打って作っておくか。

うちに在籍してる遊女や遊女見習いは20人くらいだからそこまで多くはないが、なんだかんだで大変なんだがな。

そして予想通り朝に桃香が歯磨き筆をつかっているのを見た藤乃たちに俺が詰め寄られたのは言うまでもない。


「戒斗様? 桃香の使ってる歯磨き筆、わっちの分はありんせんか?」


「大丈夫だ、そう言われると思って作ってあるぞ」


「ほんにかえ?」


「ああ、本当だ、ほれ、これを使ってくれ」


「ほほ、若旦那も今回は気が利いていやすな」


 うちにいる女全員分の歯磨き筆をわたしてやると皆一様に笑顔になった。

お歯黒を続ける意味は無いかもしれないがまあ、虫歯予防や歯周病予防の効果もあるし、元服したという意味合いもあるから続けさせたほうがいいのかね。

でも歯が白いほうが若く見えるし、やはり見栄えもいい気はするんだけどな。


 後は太夫や格子太夫の上得意分も作っておこうか。

ってまた水戸の若様に知られちまうけど、まあ、水戸藩のものも作ってくれとかは言われないだろ、さすがに。

俺の手製じゃ見た目もいまいちだし、筆や刷毛を作ってる職人に作ってもらうとしよう。

職人も新しく仕事ができるしな。

まあ房楊枝作りは大切な内職の一つでもあるんで、値段は房楊枝より高めにするけどな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 江戸の遊郭事情が垣間見えて面白いですね [気になる点] お茶って酸性じゃないんですか?
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