紙コップになった男の子〜ほのぼのver.〜
合作です。
残酷描写があるのはもう一つのバージョンのほうです。
朝起きると、僕の顔は紙コップになっていた。真っ白で、何の模様もない。さわってみると、頭の後ろまでさらさらしている。
夢かと思ったけれど、洗面所の鏡にはやっぱり紙コップがうつっている。青いパジャマを着た体の上に紙コップが乗っているのは、なんだかおかしかった。
ごはんよ、とママが言った。僕はいつものように自分の椅子に座った。テーブルにはパンとサラダとあたたかいミルクがあった。でも、どうやって食べたらいいのだろう。
「何だ、食べないのか」
パパが心配そうに言った。朝ご飯はちゃんと食べなくちゃ、が口癖のママが、僕をじいっと見た。仕方がないので、僕は頭を傾けて、紙コップの中にミルクをそろそろと流し込んだ。パンもちぎって、ぽいぽいと入れてみた。
ママはにっこり笑い、着替えちゃいなさい、と言った。立ち上がると、頭がぐらりとした。
学校のげた箱でくつをはきかえていると、背中を押された。僕はよろっとして、頭からミルクをこぼしそうになった。
「おはよ、リク」
サエコがにやにやしながら僕の顔を見ている。おはよ、と僕は言った。サエコはスカートのポケットをかき回し、銀色の紙切れを出した。ももキャンディと書いてある。
「これ入れていい?」
「ゴミじゃん」
「来る途中でなめてたの。ゴミ箱にすてたら先生にばれちゃうでしょ」
そう言いながら、僕の頭に放り込んだ。
教室に入り、かばんを置いた。みんなは僕の顔を近くで見たがった。さわったり、中をのぞいたり、へこむかどうか押してみようとする子もいた。
なんでも入るのよ、とサエコが得意そうに言った。僕は窓のそばに逃げたけれど、みんなは追いかけてきて、僕の頭にティッシュや折り紙を入れた。遠くから飛んできたゴミが、頭のふちや体にも当たった。
ナイス・ショット、とサエコが言った。
僕は窓をあけて、庭にさいている色とりどりのスミレを眺めた。むらさきや黄色の花びらがいちめんに揺れている。紙コップじゃなくて、ああいう花になれたら良かったのに。
日直のハヤトが来て、となりの窓で黒板消しをはたいた。風がふくと、虹色の粉が僕のほうにほわあっと流れてきた。吸い込んだら花になれそうな気がした。
僕が小さく咳をすると、ハヤトが振り向いた。
「ごめん、かかった?」
だいじょうぶ、と僕は言った。ハヤトは黒板消しを置き、僕の頭に手を入れて、中のゴミを取ってくれた。折り紙やティッシュがべしょべしょになっている。手が汚れるよ、と言っても、ハヤトは黙って取ってくれた。
給食の時間になると、またサエコがやってきた。フォークに大きなニンジンをさして、僕の前に突き出した。
「これ嫌いなの。リクの頭に入れていい?」
ハヤトが立ち上がり、やめろよ、と言った。
サエコは僕の腕をぎゅっと締めつけるようにつかんだ。
「リクはあたしの子分なんだから」
ちがう、と声が喉まで出かかって、しぼんだ。サエコは怒ると乱暴になる。この前、聞こえないふりをして下を向いていたら、髪をめちゃくちゃに引っ張られた。あのとき、サエコがすごく怖かった。
ハヤトがまだ僕を見ていた。助けて、と言いたかった。でも、同じくらい、言いたくなかった。ぐんぐんと熱いかたまりが喉を上ってきている。
「子分なんかじゃない」
僕は、びっくりするくらい大きな声で言っていた。教室中がしんとして、僕の心臓の音だけが聞こえているようだった。
サエコは何か言いたそうに眉をぴくぴくさせていたけれど、ぷいと背中を向けて行ってしまった。誰かがほうっと息をつき、まわりの空気がやわらかくなった。
急におなかがすいてきて、シチューを一口食べた。あたたかくて、いいにおいがした。
ハヤトがまたこっちを向いて、目を丸くした。
「顔が戻ってるよ」
他の子たちも僕を見た。
「ほんとだ」
「ほんとだ」
まるで僕がものすごい冒険をして戻ってきたみたいに、みんなが目をきらきらさせて見ている。僕は教室を見回して、ゆっくりゆっくり、笑った。