終話
終
夏休みも既に三週が過ぎた、八月の下旬。
あの事件から二年が過ぎた。僕は再びS県華森町の、事件現場になった旅館――華里の先の山頂にある、願いが叶うという御社に足を運んでいた。二年前のあの日に綺麗だと思った景色も、今日は雨の所為で曇っていた。土砂降りには程置く、けれど傘を差す必要がないとも決して言えない、中途半端な雨だった。そのいい加減さは、まるで二年前の僕のようだ。
有名な悪徳弁護士が殺害され、復讐に走っていたその犯人を返り討ちにしたのが息子かもしれないという事で、あの事件はとても大きな反響を呼んだ。その現場に居合わせた関係者であり、しかも事件解決の推理を披露した社員が在籍しているという事で、苧環さんは一躍時の人になり、葉陽社の知名度も急上昇した。過去に貴島さんを陥れたという事も、この時はさして取り上げられることは無かった。世間は苧環さんを名探偵と持ち上げ、葉陽社で発行している出版物も飛ぶように売れた。特に事件直後に発行した雑誌は、今までの最高売り上げ記録の部数を何十倍も更新した。苧環さんは飛び魚のように出世を果たし、椿部長に成り代わって第一編集部の部長にまでなった。
しかし平家物語の歌のように、その栄華も長くは続かなかった。
苧環さんが推理した皮膚片が、やはり貴島さんから検出されなかったのだ。状況証拠だけなら柘榴さんが犯人だと示しているが、決定的な証拠が何も無い。柘榴さんも決して罪を認めることは無く、結局は証拠不十分ということで不起訴処分となった。
そこから世間は、あっさりと手の平を返して苧環さんや葉陽社を吊し上げるようになった。テレビ、新聞、雑誌、ネット。あらゆる媒体が、過去のセカンドレイプの事を取り上げ、葉陽社と苧環さんの批難を始めた。苧環さんは、無実の人間を冤罪に仕掛けた戦犯のように扱われた。この責任を取る形で、苧環さんは葉陽社を解雇。それに追い打ちを掛けるように、柘榴さんがあの日の宣言通り、苧環さんを名誉棄損で訴訟した。職を失っていた苧環さんは、一千万弱の慰謝料が払えずに行方を晦ませた。富士の樹海で自殺したとかマグロ漁船に乗ったとか、様々な噂が飛び交った。僕が調べた範囲では、どこかでホームレスをしているという話だった。これも本当かどうかは不明だが、取り敢えず言える事は、苧環さんは碌な人生は送れていないということだ。
一方、殺人者から一転して無罪になり、苧環さんに代わるように注目を浴びるようになった柘榴さんも、過去の悪事が大々的に晒され、しかも有名人になってからも不祥事が絶えず、すぐに世間からは嫌われて消えていった。こちらも出来る限りの伝手を使って調べた所によると、遺産として受け継いだ四葩さんの数千万単位の相続金やメディアに露出して得た小金も、ギャンブルなどに注ぎ込んだ所為で間も無く底を尽いた。それでも金使いの荒さを直すことは出来ず、最後には闇金に手を出すようになったらしい。今はその借金で闇金業者に追いかけ回され、宿も無く怯えて過ごす毎日を送っているそうだ。
葉陽社は騒動後も何とか経営を続けていたが、当時に比べ売り上げは激減。さらに、注目されていた時期に行った事業の拡大という悪手も相まって経営不振になり、つい先月にとうとう破産した。
おそらく、全てが貴島さんの望んだ通りの結果になったはずだ。
僕は、四葩さんの言葉を思い出していた。あの人は、他者を差し置いても自分の利益を追求することは悪い事ではない。だが、感情を持った人間がそれを徹底的にやることは難しいと言っていた。けれど貴島さんは、自らの死さえも用いて、マスコミを煽った。自己利益の追求を徹底的にやってのけたのだ。
貴島さんにとって自身の欲望の最上位にあったのは、きっと復讐だったのだろう。四葩さん、柘榴さん、苧環さん、そして葉陽社。これらに復讐するために、彼女は数えきれない人々を不幸にした。
あの事件が起こった時、従業員や宿泊客問わず、華里に居た人々の多くは殺人事件が起こったことへの恐怖を感じたはずだ。せっかくの休日を、理不尽にも潰され、心に大きな傷を刻まれた。
華里は殺人事件が起こった事による風評被害から、多くの損失を被った。葉陽社と同じように、今では旅館は潰れてしまっていた。葉陽社と同様に、華里もそれが破産したことで、多くの従業員は職を失い、その人生設計を狂わせただろう。
五十鈴さんは今も別の旅館で仲居として働いているそうだが、それでもあの日の心の傷が完全に癒えることはないはずだ。
釣鐘さんも刑事として、ただの民間人の戯言を真に受け、犯人にできない人間を逮捕してしまった。もしかすると、その責任を取らされてしまったかもしれない。
貴島さんの両親や親戚も、事件が注目された当初、世間の晒し者にされてしまっていた。貴島さんの強姦が世間に公表されただけでなく、殺人者の親族ということで、多くの方面から避難を受けていた。幾ら過去に辛い目に遭ったからと言って、復讐殺人なんてやっては駄目だと、口先だけの正義感で、マスコミはその人たちの人生を狂わせたのだ。
そうなる事を全て承知したうえで、それでも貴島さんは復讐を決意した。
自身を強姦した相手に身体を許すのは、果たしてどれほどの屈辱だっただろう。自身をボールペンで刺し殺した時、そこにはどれほどの苦痛や恐怖、そして覚悟があったのだろう。それだけじゃない。八年前の強姦。六年前の整形。葉陽社に入社した時や、苧環さんの顔を見た時。大岩桐親子と接触を果たした時も。恐怖や悲しみや苦痛や屈辱。貴島さんがそれらをどれほどに感じたのか、それは僕には決して分かり得ない。
分かるのは一つ。貴島さんはそれらの全ての感情を飲み込んで、悲願である復讐を遂行した。生きる権利も幸せになる権利も、あらゆる権利を放棄して、彼女は自殺をして、自己利益を徹底的に追及したということだけだ。自分の手に入れたいものを、ただ只管に手に入れようとしたのである。
例えば、旅行初日の昼に団子食べた時。四葩さんたちについてやけに詳しい事に、名探偵のように疑問を持てれば、何かが変わっただろうか。
例えば、売店の前で会った時。貴島さんは他にやりたい事があれば、葉陽社なんて辞めてすぐにそれを行うと言っていた。そこで何か気の利いた言葉を掛ける事が出来ていたなら、四葩さんの殺人を食い止めることが出来ただろうか。
例えば、貴島さんが四葩さんを殺した犯人だと気付いた時。すぐに彼女の部屋に行っていれば、あの自殺は止められたのだろうか。
苧環さんが推理をしていた時に、貴島さんは自殺かもしれないと話していれば、結末は変わっていたはずだ。
しかし僕は、それを誰かに言うつもりは無かった。僕は小説に出てくるような、真実を暴いて罪を正すという、品行方正な名探偵ではないのだ。それに、その可能性を公にしたところで、貴島さんが生き返るわけじゃない。ならば、僕の考えた可能性がもし真実であるならば、せめて彼女の、文字通り命がけの復讐を遂げさせてやりたいと思った。だから苧環さんが推理をしている時も一切口を挟むつもりはなかったし、おそらくは彼女の思惑通り、柘榴さんとの関係を肯定した。
自殺の可能性に気付きながらもそんな行動を取った事はつまり、貴島さんの共犯者になったのに等しい。勿論それは、傍から見ればそんなことは無いのかもしれない。あるいは、全ては僕の妄想だと、そう一蹴されて終わることだってあるだろう。それでも僕にとって、これは紛れもなく罪だ。そして、それを一生背負っていく覚悟は、この二年で出来たつもりである。
袴を着た狐が祭られているこの御社は、訪れた人の願いを叶えてくれるらしい。願い事が叶うなんて、そんな御伽噺など信じてはいない。それでも、もし本当に叶うならば、偶には神頼みをするのも、悪くないのかもしれない。
狐の像に挟まれて置かれた賽銭箱に、僕は一万円を投入した。
貴島薊さん――いや、高城麻美さん。麻の花言葉の一つは『運命』だ。ならば、もし来世というものがあるのなら、そこであなたにとって、幸せな運命が訪れますように。
僕は両手を合わせ、目を瞑った。
空から降り注ぐ雨が、僕の頬を濡らしていた。
最後までお読み頂いた方、興味を持ってこのページだけでも開いて頂いた方。どうもありがとうございました。
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