第9話 その日に備えて
ラグレシアから帰って来て二日、この世界に来て六日が経った。帰って来てからは基本的に家で座学をしている。そのおかげでここについて色々と分かったことがある。
この世界の名前はアルフェード。それはここに来る前の本に書いてあった。時間や距離の単位は地球と全く一緒で、すこし違うのは一月が三十日で年三百六十日、閏年はないこということで、寧ろキリがよくてこっちの方が便利だ。ここまで都合よくできてるとは運がいい。素直に喜ぶべきだろう。言葉は一緒だが文字は違う。まあ文字はゆっくり覚えていけばいいさ。
後、特筆すべきことと言えばやはり魔法のことだろう。魔法は魔素によって発動するものである。魔素は普段大気中にあるが体内でも生成され、それを特に魔力と呼ぶ。つまり魔力が高いということは体内の魔素生成量が多いということだ。その分使える魔法の威力や種類が強くなるから魔力が高いに越したことはない。因みに俺は異世界からの転生者なので魔素生成器官をもっていない。だから魔法が使えないんだろうとライラは言っていたが、それならば大気中の魔素を使えばいいのではないのだろうか。そのことをライラに言ってみるとよく分からないと言われた。この世界で魔素生成器官を持たない人物など生まれてこないから先例がないのだろう。いくらライラと言えど分からないことだってあるのだ。
話を少し戻すが、魔法は魔素の消費によって発動する。つまり魔法の正体は濃い魔素なのだ。例えば水球という魔法を使ったとしよう。この時、出てくるのは本物の水ではなく水の役割を果たす魔素が集まったものだ。この辺は小難しい話だが、魔素とは何にでもなれるジョーカーみたいなものであり、それに水や火などの性質を付与することによって魔法ができる。だから魔素自体を封じてしまえば魔法使いは何の役にも立たなくなり、それが防魔壁や防魔室にあたるらしい。この前行った王城も防魔造りになっているそうだ。
しかしライラ曰く、魔素による偽物ではなく、自然にある本物の火や水を操る元素使いとやらがいるらしい。そいつらは魔素を使用してないので防魔壁などは通用しないんだそうだ。まあ山の奥地などに隠れていて滅多に出てこないので一生に一度も会うことはないと言っていた。
「とまあ、こんな感じか?」
「なるほどねえ」
大体理解した。なかなかにいい世界ではないだろうか。銃の上達具合によって難易度に多少の変化はあるだろうが大まかには一緒だろう。
「よし、じゃあ話も終わったしちょっとついてこい」
そう言ってライラは立ち上がると部屋を出ていった。慌てて追いかける。
「どこに行くんだ?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
家を出て山の中に入っていく。五分も経たないうちにロッジが見えた。
「ここだ」
鍵のかかってないドアを開けて中に入っていく。魔法でランプに火をつけると一気に明かりが広がった。
「うわすげぇ」
中は大小さまざまな銃が壁に掛けられていた。片手銃、機関銃、狙撃銃などの王道物から短機関銃、散弾銃などのゲームの中でしか見たことないものまで沢山だ。
「明日から銃の練習を始める。どれがいいか選べ」
こういうのは悩むより直観だ。目についたものを手に取る。それは二つの片手銃だった。
「二丁拳銃か。いいのを選んだな」
「うん。これにする」
「分かった」
そうして銃を持って小屋を出る。ようやく俺も武器を手に入れた。いよいよだ。明日が待ち遠しいな。この日は全く寝付けなかった。
次の日から訓練が始まった。朝起きてランニングと筋トレ、昼は射撃練習と中々ハードな一日が続く。それでも楽しかった。日々強くなっていくのが自分でも分かる。これでも地球では運動部に入っていたから体力には自信がある方だ。射撃センスも人並みにはあったようで、命中率も悪くない。
こうして光のような速さで日々は過ぎていき、気づいた時には既に三ヶ月が経っていた。
そんなある日のこと。
「なあハヤテ、お前そろそろ実戦やってみるか」
射撃練習中に突然ライラがそんなことを言い出した。
「実戦?」
「ああ。この辺の魔物ぐらいならもう倒せるだろう」
「そうなのか?」
このあたりの魔物といったら二頭狼や三頭狼しか見たことはないが大丈夫なのだろうか。
「最悪死にかけたら私が助けてやるよ」
あ、そうだ。死にかけることによって指輪の能力が解放されるかもしれないな。勝てたら勝てたでそれはいいし。デメリットが何も無い。
「分かった。行こうぜ」
「よし、じゃあついてこい」
そうして練習を切り上げて山の中に入っていく。
「なあライラ、この山ってどんな魔物がいるんだ?」
「この山は二頭狼がメインだな。ごく稀に三頭狼が出たりするけれど」
ごく稀って....。つまりあの時の俺は物凄い悪運だったということだな。でもそのおかげでライラに出会えたのだから結果オーライだな。
「よし、この辺にするか」
家から一キロほど離れたところで歩みを止める。林立していた木々は無くなり少し開けている。
「じゃ、私は少し離れたところで見てるから。極力自分の力で頑張りな」
ライラはそう言い残すとジャンプして木々の間に消えていった。どこの忍者だよ。
さて、二頭狼たちが来るまで待___
「グルルルル」
早いな。ここに着いて三十秒も経ってないぞ。何というご都合主義。まあ効率いいからいいんだけどね。
状況はこの前と似たような感じで二頭狼が四体。俺の前を半円状になって取り囲む。さあ本番だ。腰につけていた二丁の片手銃を構える。
「グルルルゥガウ!」
待ちきれなくなった一匹が飛びかかってくる。やはりちょっと怖い。が、落ち着いて横に回避する。そして俺の後ろに着地したのを確認すると迷わず一発撃つ。
「グラァァァァウ」
命中した。暴れだす前にすかさず二発目、三発目を撃つ。四発目を撃ったところで動かなくなった。死んだか。意外と簡単に倒せるんだな。
「グァァァァゥル」
仲間を殺された怒りか残りの三匹が大きく吠え、その内の二匹が同時に飛びかかってくる。下を滑り抜け後ろに回ると両手でそれぞれに一発ずつ、時間差で飛びかかってきた最後の一匹には頭に一発喰らわせる。全匹倒れたところでまとめて乱射。ほどなくして全匹起き上がらくなった。
「ふう。こんなもんか」
思ったよりうまく行ったな。流石毎日ライラと対人、対獣戦をやっているだけあるな。回復魔法という心強い後ろ盾があると毎日死ぬ気で特訓ができるからいいよな。
ガサガサガサッ
背後から音がする。ライラか?振り向いてみるとそこには
「ガルルルルル」
三頭狼がいた。おいライラ、三頭狼って極めて稀な存在じゃなかったのかよ。二回目の遭遇なんだが。
「グルルルルル」
何てこと言ってる場合じゃねえ。こいつはやばい。さっきの二頭狼とは比にならんぞ。取り敢えず一発先制で撃ち込んでみる。
「ガルッ」
右頭が軽く炎で防ぐ。仮にも弾丸だぞ。そんな簡単に防げんのかよ。反則級だな。
何かやられる前に一歩後退する。近くにはライラもいることだし、今は全力を
出してこいつと闘おう。正面からだとまず防がれるな。横に回り込むか背後を取るかしないと。しかしさっきみたいに気軽にそれをしようとするとまず間違いなく殺られるだろう。あくまで慎重に行かないと。
「ガルァッ」
「危ないっ!」
中頭が真空刃を放つのを寸前で回避する。完全にまぐれだな。多分次はない。
ふむ、どうしようか。対抗手段が全く思い浮かばない。試しに三つの頭それぞれに弾を飛ばす。案の定それぞれ火、風、雷の力で防がれてしまう。
「グルゥッ」
左頭が広範囲に電撃を飛ばしてくる。まずい!避けきれない!
「ぐあっ!」
避けれなかった分の電撃が右半身に当たる。右手に持ってた銃が地面に落ちる。右足も機能しないため歩けない。絶体絶命のピンチだ。
「そこまでだな」
どこからともなくライラが現れる。
「ヒーリング!」
ライラが回復魔法をかけてくれたおかげで痛みは引いていった。
「あとは私のを見ときな」
そう言い残してライラは三頭狼に飛び込んでいった。空中にいるライラを雷撃で迎撃する左頭。
「電撃!」
そんなことをものともせず魔法で打ち返すライラ。そして三頭狼の背中まで来ると腰から片手銃を引き抜きそのまま三発撃った。着地すると反撃の隙も与えることなく各頭を正確に撃ち抜く。そのまま三頭狼は二度と起き上がることはなかった。この間僅か十秒である。
「強すぎんだろ......」
今まで強い強いとは思っていたけどここまでかよ。三頭狼を文字通りの瞬殺だったぞ。
「まずまずだな。さ、帰るぞハヤテ」
「お、おう」
そうして来た道を戻って家に帰る。
こうしてこの日以来俺の訓練メニューに実戦が追加されたのだった。
忙しくも楽しい日々は流れていき、いよいよ俺がこの世界に来て半年が経った。魔王が復活したという情報はまだ入ってきてない。もう少しかかるのだろうか。そう考えていた矢先のことだった。
魔王復活よりも先にその日は訪れた。