第6話 ピンチですよハヤテさん
黒の爪。そう名乗った男達は目視できる限りで6人いる。
「黒の爪か。厄介な奴らに目をつけられたもんだな。シズ、俺は常々お前になんて言ってた?」
「えーっと、『ここに来る時はバレないように付けられないように』だったっけ?」
「ああ、そうだ。そしたら聞いてみよう。この状況はなんだ?」
「さあ?」
「てめえコノヤロウ。後で覚えておけよ」
「後があれば...の話ですけどね」
相当やばい雰囲気なのに、この2人は緊張感もなく喋っている。おかげでこっちまで気が緩んでしまいそうだ。
「おいそこ!うるせえぞ!黙ってろ!」
リーダー格の男が一喝する。
「ほら怒られたじゃないですか。静かにしてましょうよ」
「てめえ.....もういいや。それより、なんかいい案ないか?」
「奴らの狙いがわからない限り、下手に動くのはあまり得策ではないですね」
「じゃ、本人たちに聞いてみるか」
「あ、ちょっと.....もう、人質もいるんだから気をつけてよー」
ロベルトはおもむろに立ち上がると、ずかずかとリーダー格の男の元へと向かった。
「おい、お前らの目的は何だ?何の用があってここに来た?」
「ああ?誰だてめえ」
「俺はロベルト=スティング。ただの神父さんだ」
「そうか神父さんか。よし、じゃあお前に用はないから大人しく無効に座ってるんだな。俺達の目的はそこにいるちびっ子だからな」
そういって男はシズの方を指さした。
「残念ながらあのちびっ子は俺のダチなんだ。見逃してはくれないか?」
「そういうわけにはいかないな。ほら、たったとそこに座るんだな。そして2度と歯向かうな」
「そうかい。そういうわけなら」
その瞬間、男の腹には拳がめり込んでいた。あまりにも速すぎて何が起こったかを理解するのに少し時間を要した。
「あ.....が......」
うめき声とともに男が倒れる。周りの男たちもあまりの出来事に呆然と立ち尽くしている。
流れる沈黙。それを最初に破ったのはロベルトだった。
「で?お前らは来ないのか?」
「てめえええええ!」
まず初めに一際背の高い男が襲い掛かってきた。それにつられて突っ立っていた男たちも矢継ぎ早に向かってくる。
「はぁぁぁぁぁっ!」
そんなことをものともせず、ロベルトはただ淡々と倒していく。恐ろしいことに相手は剣を構えているのに対して彼は素手で戦っている。無駄な動きは一切なく、洗練された体捌き。一体どれだけの修行を重ねればあそこまでの実力がつくというのだろうか。というか彼はいったい何者なのだろうか。
「ぐわあっ」
数分と経たずに最後の一人が倒れた。
「あと5年は鍛えてから来るんだな」
「う、ぐぅ」
圧倒的な力の差だった。床には黒の爪たちがうつ伏せになって倒れている。その中心に立つロベルト。それはまるで漫画の一コマのようだった。
「なあシズ、彼はいったい何者なんだ?」
「彼も三英傑の一人だよ。元ラグレシア国軍No.2の軍人。とある事情で引退しちゃったけどね」
「はぁ!?それって滅茶苦茶強いんじゃねえの!?」
ラグレシアの国軍がどれほど強いのかは知らないが、取り敢えず凄いってことだけは何となくわかる。
「おいシズ、俺は憲兵を呼びに行ってくるからお前はこいつらの見張りを頼む」
「りょーかい」
そうしてロベルトは出て行った。俺はあまりの出来事にただ見守ることしかできなかった。黒の爪が現れてロベルトが出ていくまで約10分。おそらく人生の中で一番濃い15分だったと思う。
「びっくりしたねー。大丈夫だった?」
「身体的には大丈夫だ。ただあまりの状況に驚いてな。なあシズ、こいつらは何者なんだ?」
「この人たちはね、『黒の爪』という犯罪者集団だよ。魔王を尊敬し、敬う。いわば魔王教だね。まあそれだけならそこまで害はないんだけどね、如何せん暴力的すぎるんだ。だから国境を越えて世界規模で指名手配されたりしてるの」
「暴力的な割にはえらいあっさりと倒されていたぞ?」
「それはクラインが強すぎるだけだよ。あの人は規格外すぎる。なんでこんなところで神父なんかやっているのか不思議に思うぐらいね。さっさと軍に戻ればいいのに」
その意見には同感だ。あそこまで強い人がなぜこんなところにいるのか、あの強さはどうやって手に入れたのか。疑問はたくさんある。
「それとシズ、どうしてまたお前は狙わ____」
「電撃」
途端、体が痺れて動かなくなった。腕どころか指先一本も動かない。
「まったく、油断したよ。まさかこんなちんけな教会にあの伝説の三英傑の一人がいるとはなあ」
主格と思われる男がゆっくりと立ち上がるのを目で追う。
「ま、俺たちを縛ったりしておかなかったが失敗だな。おいお前ら!いつまで寝てんだ!」
怒鳴り声に反応して覆面集団が飛び起きる。どうやら周りのモブはこいつに頭が上がらないらしいな。........なんて考察をしてる場合じゃない。早くこのピンチから脱出する方法を考えなければ。
「おいお前、そこのガキを縛って連れてけ」
「やめろ!離せ!」
モブAがシズを手荒に縛って外に連れていく。こんな状況だってのにまだ体が動かない。辛うじて手が動かせるようになってきたぐらいだ。
「キャプテン、こいつはどうします?」
そう言ってモブBが俺を指す。
「放っておけ。どうせあと20分は動けやしないだろう」
「了解です」
その言葉を最後に奴らは教会から出ていった。
「待てよ.........」
何とか力を振り絞って出した声も届くことはなかった。
奴らが去ってから15分ほど経っただろうか。ようやくまともに動けるようになってきた。とは言ってもまだ若干痺れは残っているが。
「くそ.........」
椅子を支えにしてゆっくり立ち上がる。さて、これからどうしようか。シズを助けようにしても奴らがどこに行ったのかさっぱり見当がつかない。この街に来ることさえ初めてなのだ。土地感のない場所で下手に動き回のはよくないだろう。ここは大人しくロベルトが帰ってくるのを待つか?
と、ちょうどその時だった。ギイィとドアが開いた。
「じゃ、ちょっとそこで待っててください。今連れてきますから。おう、帰ったぞ.........ってあれ?あいつらはどこ行った?それにシズも」
入ってきたのはロベルトだった。一気に安心する。
「ロベルトさん!シズが___」
さっき起こったことを説明する。少し頭が混乱して言葉が上手く出てこなかったが何とか伝わったみたいだ。
「事情は分かった。後は俺に任せろ」
クラインはそう言うと再びドアの外へ出ていった。ドアの外から色々な声がぼんやりと聞こえる。外は大慌てのようだ。子どもが一人攫われたんだ。当然のことだろう。少ししてバタバタと足音がした後、静かになった。
さて、今後の俺の行動には三つの選択肢がある。
①このままここで待機する
②シズを捜しに行く
③何事もなかったかのようにライラの所へ帰る
の三つだ。①はまずないだろう。メリットがないし、第一じっとしてるのは性に合わない。②は迷子になる可能性があるから危ないな。となると残るは③だが......。
そもそもだ、俺とシズはまだ出会って三時間も経ってなかったのだ。あいつの人懐っこい性格のおかげですっかり打ち解けた感じでいたが、つい今朝までは他人同士だったのだ。冷静に考えれば考えるほど奴を助けるメリットはなくなっていく。
「どうすればいいんだよ」
横にある椅子に座り込む。助けるメリットはない。俺が行っても何の戦力にもならない。でもそれでも........
「それでも行くしかねえだろ!」
友好関係なんてもんはどうでもいい。目の前で、子供が、攫われた。ただその事実があるだけで助けに行く理由としては十分だろ。役立たずでいい。自己満足でいい。それでも行くしかねえんだ。
思い切ってドアを開けると既に日は傾いていた。ここが何処か何て知るわけもないから取り敢えず適当に右に走る。人の多い大通りの隙間を縫って駆けていく。ちょっとすると大きな噴水のある広場みたいな見たいなところに出た。都合のいいことに案内図まである。
「ああ、こういう作りになってるのか」
この国の構造が大体わかった。この場所を中心に大きな十字路みたいになっているのだ。ここから北に行けば王城と住宅地区、南に行けばマーケット、東に行けば商業地区、西に行けば冒険者地区がある。この中で一番可能性が高いのは、
「冒険者地区だな」
冒険者という職業が俺のイメージ通りならば、恐らく一番隠れやすい場所だろう。そうと決まれば急いで南に向かう。するとだんだん見覚えのある景色になってきた。成程、昼に行ったの武器屋の近くか。あの時はまさかこんなことになるなんて思ってもいなかったな。
大通りを抜けて裏路地へと入る。人攫いなら堂々と表を通らず裏でコソコソ動くだろうと考えてのことだ。昼間よりも人が多くなった裏通りを走り抜ける。ガラの悪そうな人は沢山いるが、それっぽい人影は全く見当たらない。それにしても人が多い。既に二、三人にぶつかってしまった。幸運なことに絡まれはしなかったからそのまま走り続ける。ドン、とまた人と衝突する。
「おい待てやコラ」
今回は運が悪かったようだ。
「すみません」
そう言って相手の方を見る。目の前にいたのは2mはあろうかという半竜人。...........この人どっかで見たことある気がするな。
「お前どう落とし前つけて.............あれ?お前昼間の.........」
「あ、あぁ~」
こりゃいよいよ運が悪い。ぶつかったのは昼間と同じ半竜人だった。
「ちょうどよかった。昼間の分も合わせてケリつけさせてもらおうか」
まずい。非常にまずい。逃げ道がない。昼間はシズが助けてくれたものの、今は攫われていてここにいない。かといって自力でこの状況を脱出できるほどの器量は生憎持ち合わせていない。一か八か逃げてみるか。このまま無抵抗でいるよりかは幾分かマシだろう。
「取り敢えず一発殴らせろっ」
半竜人が大きく振りかぶる。今だ。空いたスペースに入り込んで裏を取る。そしてそのまま振り向きもせずに猛ダッシュ。
「あ、おい、待てコラ!」
制止の声も無視する。そんなんで止まる馬鹿がいるかってーの。
走りながらも一応後ろを確認する。すると半竜人はすぐそこにまで迫っていた。おい話が違うじゃないか。こんなに足が速いとは聞いてないぞ。
「うわっっと」
石に躓いてこける。
「痛いなあ」
何て言ってる場合じゃねえ。急いで立って逃げ___
「おいてめえ」
後ろから声がする。振り返るまでもない。あいつだ。
「舐めた真似してくれるじゃねえか。覚悟はできてんだろうな」
やばい、完全に詰みだ。
「おらよっ!」
殴られるっ。そう思って身構えたその時、目の前を赤い影が通過した。その影は戦闘態勢の半竜人を物凄い勢いでボコボコにしていく。速いなんて言葉では形容できないほどのスピードだ。時々見える腕(のようなもの)から辛うじて人間だと判断できる。一方的な暴行が一段落したところでその人はくるりとこっちの方を向いた。
「ハヤテ、お前こんなところで何やってんだ?」
赤い髪にアーモンド型の目、高身長で筋肉質な体。そして頭頂についた獣耳。
そこにいたのはライラ=ファルシオンだった。