第2話 まだ始まったばっかですよ
目が覚めると山の中にいた。見渡す限り木と雑草しかない。もしかしたら林かもしれないがそんな些細なことはどうでもいい。
......なぜに山?絶対もっといいとこあっただろ。普通はどこか大きな街に飛ばされて、それから誰か、まぁ十中八九可愛いヒロイン、と出会って冒険が始まるんだろ。それがお決まりなのに一体どうした。周り、木しかねえよ。この状況で誰と出会えっていうんだよ。
「はぁ......」
せっかく希望をもって異世界来たのにいきなり前途多難だよ。もう諦めよう。やっぱり凡人の俺に勇者とか無理だったんだよ。
そう思って近くの石に腰掛ける。
「......ん?」
軽く違和感を感じた。なぜだろう、一度立ってみる。そして気づいた。携帯がない。よく探ってみると携帯だけじゃない、財布や家の鍵など、ここに来る前持っていたものがすべてなくなっている。
「おいおい、どうすんだこれ」
いや、別に無くても困りはしないんだが、どこに行ったのかがすごく気になる。転移してる最中にどこかに飛ばされたのか、それとも、完全に消えたのだろうか。なんにせよ、元の世界に戻るときには帰ってきてほしいものだ。そうでないと般若に怒られちまう。
ガサガサッ
突如、近くの草むらから物音がする。
.....何かいる。そう思って周囲を警戒する。
ガサガサガサッ
再び音がする。音の位置から推測するに、どうやら自分の背後にいるようだ。しかも意外と近い。どうしよう、逃げ出すべきか。まぁ、相手がどんな奴かわからないこの状況で、歯向かうのは賢い選択ではないだろう。
よし、逃げよう。音のした方向と反対方向に全力で走り出す。あまりいいとは言えない足場の中、木々の間を走り抜ける。
二、三百mぐらい走っただろうか。相手が追ってきている気配はない。一回足を止める。
「大丈夫か?」
やべ、フラグった。そう思った瞬間だった。
ガサガサッ.....ザザッ!!
木々の中から何かが出てくる。それも一体だけじゃない、四、五体はいる。
出てきたのは黒と白の毛を持った狼みたいなやつ。特徴としては頭が二つあるぐらいだ。.....ん?二つ?
「うわぉ!?」
ちょっと待て、なんで頭が二つもあるんだ、おかしいだろ。いや、この世界だと普通なのか?まあ魔王がいるぐらいだから、こういう俗にいう魔物みたいなのがいてもおかしくはないのだろう。
「ガルゥゥゥ....ガウッ!!」
警戒しているのか、唸るだけで襲い掛かっては来ない。でもその唸り声が俺の恐怖心を煽る。どうしよう、すごく怖い。しかも逃げようとしても周りを囲まれてしまって逃げるに逃げれない。
今の俺は二頭狼たちに歯向かうすべを何一つ持っていない。それが意味することは即ち死。え、俺異世界来て三十分と経たずにでもう死ぬの?それだけは勘弁だな。
「ガウッガウッ!」
待ちきれなくなった一匹の二頭狼がとびかかってきた。物凄いスピードで距離を詰めてくる。
「やばい!」
とっさに後退する。瞬時、今まで俺がいたところに鋭い牙が襲い掛かった。これは本当に危ない。少しでも気を抜くとやられる。
「ガルゥゥゥゥ....ガルゥァァァ」
さっきの攻撃がきっかけとなったみたいで、他の二頭狼たちも一斉に襲い掛かってきた。
前後左右からたくさんの牙が迫ってくる。まずい、逃げ道がない。こうなったら強行突破だ。怪我を覚悟で二頭狼たちの間を駆け抜ける。
「ぐあぁぁぁっ」
左腕に鋭い痛みが走る。おそらく牙で引っ掻いたのだろう。真っ赤な血が左腕からとめどなく溢れ出している。これはほんとにまずい。冗談抜きで死んじまう。
「くそったれ....」
逃げたら確実に追いつかれる。ならば0.01%でも可能性のある勝負を挑んだ方が賢いのではないか。こんな考えに行き着くなんて、もはや思考が麻痺してるのだろう。だがやるしかない。逃げて死ぬか、戦って死ぬかなら俺は後者を選ぶ。
その辺に落ちてた大きな木の棒を拾い上げると胸の前で構える。
「いくぞおらぁぁぁ!!」
枝をおもいっきり振りかぶる。
と、その時だった。今まで俺に牙を向けていてた二頭狼たちが、突然尻尾を巻いて逃げ出した。なんだ、何が起きたんだ?まるで何かに怯えていたみたいな...。少なくとも俺に怯えた訳じゃないってことだけは分かる。でもじゃあ一体何に怯えたっていう....
刹那、後ろから物凄い殺気を感じる。とっさに後ろを振り返る。
俺の後ろにいたのは白と黒の毛をもった狼みたいなやつ。ただ、さっきのやつと違って、大きさが俺ぐらいあって、頭が三つある。
「おいおい、まじかよ......」
さっきの二頭狼たちの上位種ってとこか。恐らくさっきの奴らはこの三頭狼に勝てないと判断して逃げたのだろう。賢明だと思う。
「ははっ」
だけど、俺は馬鹿なんでな。勝てるはずのないやつに闘いを挑むんだ。まあどうせ逃げきれないだろうからな。
もう一度枝を構える。
「グルゥゥゥゥゥゥ」
とんでもない威圧感だ。だけど、こんなとこでビビっていてはいけないんだ。
「いくぞぉぉぉぉ!」
「グラァァァァウ」
俺が殴り掛かるのと、三頭狼が飛びかかってくるのはほぼ同時だった。しかし、ほんの少しだけ俺の方が速かったようだ。木の枝が左の頭にクリーンヒットする。
「ギャウ」
短い悲鳴を上げ、地面に倒れ...ていたも束の間、すぐに立ち上がる。
「ワオォォォォォン」
今の一撃で完全に戦闘モードに入ったのか、遠吠えを上げてこっちを睨む。
ボオォウ
真ん中の頭が口から炎を吐く。.....え?ちょっと待って。
ヒュンヒュン
左の頭が口から真空波を出す。.....ねえちょっと待って。
バチバチバチ
右の頭が口から雷を出す。.....おい、これやばいんじゃね?
「待て、一回落ち着こう。話し合えばわかるはずだ」
「ガルゥゥゥゥ」
「すみません、まさかこうなるとは思ってなかったんです」
「ガルァァァァ」
「ほんと許してください」
「グルゥゥゥゥ」
器用にそれぞれ別の頭が返事してくれる。恐ろしい子っ。
ってふざけてる場合ではない。これこそまさに絶体絶命。脳をフル回転させて最善策を考えるが思考が追いつかない。
「グラァァァァウ」
とうとう待ちきれなくなった左の頭が動き始めた。
「ガウッ」
何か飛ばしてきた。これは.....空気砲!!
まずいっ避けないと!
そう思った時にはもう俺の腹部に命中していた。おもいっきり後ろに吹き飛ばされ、木に激突する。
「がはっ」
一瞬呼吸が止まった。しかもこれ、たぶん肋骨あたりが折れている。なんていう威力だよ。こんなの喰らい続けていたら間違いなく死ぬ。
もうこれはやるしかない。殺すか殺されるかの二つに一つだ。
再度、枝を構える。
「おらぁぁぁぁ.....ぁぁあ?」
突如、足に力が入らなくなり地面に膝をつく。
「あ、あれ?」
立ち上がろうとしても足が言うことを聞かない。それどころか全身の力が抜けていき、ついには完全に地面に倒れてしまった。
「なんでだ....」
そして気づいた。俺の周りに血だまりができていることに。
「あぁ....左腕か....」
二頭狼のときに怪我した左腕で出血多量になってたんだ。だから全身に力が入らず、このありさまか。
「俺、死ぬのかなぁ」
まだ異世界来て一時間も経ってないのに、悲しすぎるよ。
そうしているうちにも、三頭狼はどんどん近づいてくるし、意識はどんどん遠くなっていく。
死にたくないなあ。まだ元の世界でやり残したこといっぱいあるのに。
ああ、もうだめだ。意識が遠のいていく。
「....丈夫だ。後は私に任せろ。」
消え行く意識の中で、そんな声を聞いた気がした____