宝箱と 恋の契約
その日、若様は なかなか起きてこなかった。
「やれやれ、朝餉の片付けも できやしない。
どうれ、引っ張り出して こようかね!」
口は悪いけど、世話好きで こまめな心配りを してくれる。
わたしの 事情を知ったのか、注意はするけど 無理強いはしない。
「あんたのやることに、あたしゃ 干渉はしない。
どこぞなりと、出かけても 構わないけどね、
ご飯だけは きちんと食べな!!
命があるのは、シェリスさまの おかげさね。
助けられた命を 無駄にしちゃ、もったいないさね。」
この国は、春の精霊シェリスリーザさまを 守護精霊にしてる。
春の精霊は、息吹の源も 司る。
だからこそ、今生きている、生かされていることに感謝し、
いただく命を 無駄にしちゃいけない。
マーサおばさんは、だからこそ、若様を 亡くなったお母様の代わりに
厳しく 大切にお世話してきたのだ。
「また、熱を 出しちまってるよ、まったく ヒョロオヤセノスケサ様は・・・。やれやれ、食うものも 食わないからかね、ったく・・・」
だけど 今回ばっかりは いつもと違ってた。
熱が なかなか さがらずに、体のふるえが 止まらない。
寝言も酷く、意識が朦朧として、御屋敷から 若様付きの 薬草師が到着したときには、手の施しようがないくらい 悪化していた。
「はやり熱です。城下でも発生し、その対応に追われ 駆けつけるのが 遅くなってしまったのです。
この地は、城下から 離れているから安心していたのですが・・・
今すぐ、お父様を お呼びいたしましょう。
それまで、もってくだされば、よいのですが・・・」
屋敷中が 悲しみに 包まれる。
あの マーサおばさんまで、悲しそうな顔をして 黙り込んでしまった。
苦しそうな息づかいの若様を、窓の外から 眺めつつ、
わたしは ある決断に 至った。
ーよし、いちかばちか ためしてみよう。
おばばも 言ってたもん。
“やらずに後悔するより、やって後悔する方がましさね。
部屋から 誰もいなくなったところを見計らい、窓から侵入する。
若様を 布団ごと抱きかかえ、窓から飛び出し 湖に向かって
駆けだしていく。
この時の若様は、本当に 軽かった。
今じゃ、私よりも ずっと背も高いし、体力もある。
ただ、笑わないだけ。
それは、私が原因なんて、知る由も ないのだけれどー