宝箱と 恋の契約
「マーサおばさんが ころんだ!」
突然 声がして、とっさに 耳をふさぎ 目を閉じた。
それは、子どもの頃 二人で悪さをする前の 秘密の合い言葉。
アニーアンが 歌うと みんなが気を失うのを利用して、周りの者を 眠らせては
おやつを 盗み食いしたり、課題を放り出して 森に出かけ 遊び回ったり・・・
その後 散々説教を くらったけれど。
だから 体が反応して 耳をふさいだのだった。
どのくらいたったんだろう、そっと ふさいでいたてをはなされ 声が 囁く。
「もう大丈夫。目を あけても」
目を開き 周りのものが 全て 気を失って折り重なるように 倒れ伏している光景に 愕然とする。
「アーナ、これは いったい!」
「大丈夫。眠っているだけ。しばらくしたら 目覚めるから。
ちょっと、いいかな?話が あるの。」
そう言って、中庭のほうへ 歩いてゆく。
いつもと違う その様子に いやな予感がしてならない。
ついていくと、月明かりのした、一本の大樹のしたに たどりついた。
「月光樹」と呼ばれる その木は 満月のみ花開き、香しい香りを放つ。
折しも 今宵は 満月ー
花を 見上げる横顔は、いつもと違う雰囲気をまとい 言葉を発することさえ ためらわせる。
「わたし、かの国の 姫巫女の縁の ものなの。
一座のみんなは 護衛していた騎士団のいきのこり。
育ててくれたおばばは、かあさまの 薬草師の師匠だったの。
敵国の 刺客におそわれ、皆 命を・・・。
わたしが 歌を紡げば 皆眠りにつく力を 悪用されそうになって、
逃げ出してすぐ 国も 襲われたの。内部の 手引きで。
散り散りになった 民のためにも、いつか 帰るつもりだったけれど。
こんなかたちで 今の暮らしが 終わるなんて 夢にも 思わなかった。」
何の話を しているのか 理解できずに ただ 黙って 寂しそうな横顔を ただじっと 見つけるだけ。
そうして、頬を伝う 一筋の 銀の光に気付く。
「アーナ、俺はー」
突然 ギュッと抱きつかれ、驚く。力は 加減され 優しくて、切なくて。
「会えて 幸せだった。
そして ごめんなさい。
もう、契約はー」
最後まで 言の葉を 紡がせなかった。いや、紡がせたくなかった。
そして、離れて 見下ろせば、はかなくほほえむ 愛する人の 微笑み。
“♬大地を 寿ぎ、命を たたえん。ここにある 今この時を 光で 満たそう。
愛するあなたの そのほほえみで・・・”
意識が ゆっくりと 遠ざかりー
とすん。
柔らかい 芝の上に くずれおちる。深い ネムリに誘われながら。
意識を手放す瞬間に 耳元で 囁かれた言の葉は・・・
「さようなら、私の 若様」
目覚めたときには、愛する人の姿は どこにも・・・・・