死への秒読み
通路の先に鉄格子が見えると、凄まじい歓声に混ざりアナウンスが聞こえる。
「続きましては、メイル女王陛下と婚約が決まりましたレイヴ殿の登場になります!
是非、勝ち進み正式に王となって頂きたいものです!
そして、対戦相手は……」
そこまで言うこともないだろうと思ったが、祭を盛り上げる余興も必要なのだろう。
衛兵が鉄格子の鍵を開けると、視線が合った。
「レイヴ殿、期待していますよ!
我らが王に相応しい闘いぶりを、お見せ下さいませ。
しっかり目に焼き付けておきますよ」
「おいおい、そんなにプレッシャーを与えないでくれ。
元々、負けるつもりは一切ないんだから」
「流石は、女王陛下のお選びになった方。
では、御武運を」
鉄格子を潜り階段を上ると、一面が砂で覆われた円形の闘技場になっていた。見渡す限り客で埋め尽くされ、オレに向けて大歓声を挙げている。
ここは応えるべきだろうと、軽く手を挙げると更に歓声が増す。そして、向かい側からは大柄の男が現れた。
「両者揃いましたので、これより開始致します。
両者中央にて剣先を合わせて始まりとなります」
アナウンスに合わせ中央まで行くと、鋭い眼差しで男が迫って来る。一礼をし、剣を抜くと男が口を開いた。
「レイヴ殿には申し訳ないが、この試合何が何でも勝たせて頂く」
「そんなに婚約が気に要らないか?」
鞘から剣を引き抜き、剣先を男へ向ける。
「いや、陛下との婚約は素晴らしいが、オレは騎士にならねばならない!
家族を養う為に、幸せを守る為になっ!」
相手が剣先を合わせると、間合いも取らず力任せに押してきた。
教わった内の二パターン。間合いを取るか、速攻を仕掛けるか。前者を選択したが、どうやら正解だったようだ。おかげで押し切られることもなく、素早く後退りし、距離を開ける。
「騎士にならなければ養えないこともないだろう、それだけの力があれば」
「オレは隣国のアヴァロンから来た。
あそこの現状を知っているなら、そんなことも言えんだろう!」
突進してくる相手を避けるが、間髪入れず次から次へと打ってくる。力では負けるのが目に見えているので、かわして反撃の機会を伺うしかない。
「亡命者か。
だからと言って、騎士になる以外でもやれることはあるだろう!」
「アヴァロンから来たと知ると、手のひらを返し、白い目で見られるというのにか!」
語気と同様に激しさを増し、仕方なしに受け止めるしかなくなった。
「くっ!
それなら、騎士になってどうするつもりだ。
家族を養えれば騎士でなくても良いのじゃないのか!?」
「アヴァロン出身者の肩身の狭い思いを、これ以上家族にも味あわせたくないだけだ!」
「騎士になり、国民の上に立つつもりでいる訳ではないんだな。
それならっ!」
受け止めた剣の力を抜くと同時に体を翻し、相手の胴に剣を当てる。アルバートから教わった力任せの相手用のテクニックだ。
こうも上手くいくとは思っても見なかったが。
試合終了とのアナウンスを聞き鞘に戻すと、うなだれた相手に声をかけた。
「騎士にというのは国と人を守る為であって、決して人の上に立つわけではないと分かっているなら、あんたの気持ち、女王に伝えておく。
騎士でも兵士にでもなれるよう、取り計らうよ」
「レイヴと言ったか。
君のような者こそ王たる資格があるのかも知れないな。
自分の力で騎士になる資格は失ったが、君が王になれることを願っているよ。
君の下ならば力になりたいと思う」
剣を大地に差し、差し伸べる手をしっかりと握り返す。王になることはない後ろめたさを抱きつつ、闘技場を後にした。
大広間に戻ると早くも第二試合の開始が告げられているが、残った人達のオレを見る目が明らかに変わっていた。
王になりたい者が多数出場している中で、大々的に発表するからこういうことになる。
大人しくしているのが懸命だろうと、壁に持たれ出番を待っていると、傷ついた出場者が明らかに増えていき、ようやくオレの名前が呼ばれた。
闘技場へと足を踏み入れると、自分の目を疑った。
「あれは……さっきの少年か!?」
独り言が出る程の驚きで、すかさず中央へ駆け寄り確かめた。
「やあ、お兄さん。
闘うになったね。よろしく」
「君!
まさか、前の試合勝ったのか!?」
「うん!
半殺しにしてね。
失格になったら、お兄さんを殺せないから」
含み笑いを伴いながら、物騒なことを言う。
「それだと失格になってしまうぞ!
いいのか!?」
「関係ないよ、そんなこと。
お兄さんを殺すのが目的だから。
この場しかチャンスがないからね」
「だったら何故、大広間で狙わなかった!?」
「そんなことしたら、犯人探しが始まって僕の身も危険だもん」
「ここなら致命傷を与えても失格になるだけだからか!!」
「そういうこと。
さぁさぁ、始めようよ。
もうアナウンスも終わったよ」
終始笑顔のまま、小剣を差し出して待っている。
やるしかないのかと覚悟を決め、剣先を合わせると同時に今度は力で押す態勢に入る。
「ムダムダ。
お兄さんの方が体格で有利なのは百も承知。
だからね――もう一本持ってるんだ」
空いた手で腰からもう一本の小剣がを取り出し、オレの腕を斬る。すかさず離れるが気づくのが遅かった。
「くっっ!
近いところが君の得意な場所ってことか」
「ふふふふ。
だって僕より大人しか相手が居ないんだもん」
それはそうだ。合理的でなんとも賢い子供だが、殺めることに何も感じないよう育てられているなんて。
「何故、君はオレを狙う?
誰かに頼まれたのか?」
「そうだよ。
でも君って止めてくれないかな?
僕には双剣って名前があるんだよ。
聞いたことないかな?
結構有名なんだけど」
その話ならオレの育った腐街で、双剣という名の天才暗殺者がまだ子供だとの噂が流れていた。
「聞いたことはあるが、君が双剣だったのか」
「そういうこと。
僕のこと知ったんだから、お兄さんにはこの世界から退場してもらうよ。
一応、暗殺者だからねっ!」
走り出したと思った瞬間、飛びかかってきた。
受け止めるが、もう一方の刃が頬をかすめる。盾がないと防ぎようのない攻め方をしてくるのは、まさに暗殺向きだと感じた。
「くそっ!
他人を傷つけることに何も感じないのか!?」
「痛いと思うよ。
だから、殺られる前に殺るんだよ」
「誰も君を――殺そうとはしないさ!
だから、そんな考えは止めるんだ!」
「大人ってさぁ、子供をいじめるくせに不利に感じると説得しようとする。
だったら、そんな大人達は消えちゃえばいいんだ。
その為に、強くならなきゃならないんだ。
子供を道具扱いする大人を、この世界から消すために」
その考えはオレにとっても他人事ではなく理解も出来たが、この子には一体どんな過去があったというのか。
それは自身を、未来を、大切なモノをも滅ぼすというのに。
「それは十分分かる。
しかし、それはダメだ!」
「何がダメだっていうんだ!?
僕が守るんだ!!」
冷静だった双剣が荒い口調のまま突っ込んでくるが、頭に血が昇っているのか、剣撃も粗くなっていた。
動揺させるつもりは無かったが、ここが正念場になるだろう。
受けてはかわしを繰り返すうちに双剣の息が切れ始め、とうとう左手の小剣を捨て両手持ちに切り替えた。
「剣一本でオレの力には及ばないだろ。
負けを認めて、もう止めろ」
「無理だよ。
お兄さんを殺さなきゃ。
僕がやらなきゃ……僕がやらなきゃ!」
横から薙払らわれる小剣を受け、力任せに倒そうとする――刹那、双剣の袖からナイフが飛び出すと太腿に激痛が走る。
それにも構わず双剣を押し倒し馬乗りになると、ようやく試合終了のアナウンスが聞こえてきた。
「終わりだ。
誰かを殺すなんて、もう止めろ。
君の未来を君が壊すな」
太腿に突き刺さったナイフを引き抜き投げ捨てるが、目の前がぼやけてくる……。
「そのナイフ。
毒が塗ってあるんだ。
僕は使命を果たした。
もう大丈夫、みんな助かるんだ。
もう大丈夫なんだ」
「毒……だって?
誰が……助かるって……」