誤解と凄惨
平原から近くに見えていた街道に出ると、ミィはこの道に見覚えがあると言う。ここから先はミィの案内で、途中匿ってくれた小さな集落へと向かうことにした。
「その集落で手当てしてもらったんだにゃ」
「人猫を素直に受け入れてくれるとはな」
「んー、近くで倒れてたところを運んでくれて耳と尻尾を隠してくれたから、その家族以外は知らなかったんじゃないかにゃ」
それで出会った時に包帯を巻いたままだったのかと納得をしていると、なだらかな下り坂の先、木々に囲まれた集落が見えていた。
「あれにゃ!
け、けど、なんだかおかしいにゃ」
何か異変に気づいたらしく、小走りになるミィに付いていく。
「どうした!
何か見えるのか!?」
「家が焼けてて、人が倒れてるみたいだにゃ!」
人猫は人間より視力が良いらしい、オレには全く分からないが。
「暗くなる前に急ぐぞ!」
速度を上げたオレに、ミィがつかず離れずの距離で付いてくる。
集落に近づくにつれ、言っていた通りの状況がはっきりとしてくる。嫌な予感を抱きつつ、街道から外れた集落に辿り着くと慌てて足を止めた。
「なんだ!?
これは……」
「ひどいにゃ……」
オレ達の見た光景は酷いものだった。
無数の亡骸と焼けただれた家々。
「ちょっと待つにゃ!?
この人――追って来てた人にゃ!
この黒い服はそうだにゃ!」
「黒い服……あっちにも――あそこにもいるぞ!」
集落の人々に混ざり、場違いな服装の姿が四、五体あった。
「一体どういうことだ?
こいつらがやったんじゃないのか?」
独り言ではあったが、同じ想いだったのか隣で困惑の表情を浮かべていた。途端、走り出したミィは扉の壊された一つの家に入っていく。
助けてくれた家族の家だろう続いて入ると、横たわる三つの遺体の前で泣き崩れているミィがいた。
「どうして……こんな……」
少女の亡骸を抱きしめると、表情を強ばらせている。
そばに寄ってはみるものの、かけられる言葉が見つからず、ただただ見守ることしか出来なかった。
老若男女、大人子供構わずだったわけだ。関わりがなくとも、この惨状には気分が悪くなる。
ミィの目つきが段々と変わっていき、憎しみに駆られた目つきになると振り返り大声で叫んだ。
「どうして!
どうしてこんなことしたにゃ!!」
すると、誰も生きてはいないと思われた集落に男が立っていた。右手に真っ赤に染まった剣を携えて。
「あいつかっ!!」
腰に携えている魔法銃を構えると、間髪入れず引き金を引く。あらかじめ装填していた魔弾【魔痺】を放つ。
乾いた音と共に魔弾が真っ二つに割れ、男の両脇をすり抜けていく。
「マジかよ!?」
「許さないにゃぁぁ!!」
慌てて魔弾を装填しているところを、横から飛び出して行く。
「待て!!
アイツは強いぞ!」
制止を聞かず飛びかかったミィの爪を、剣の腹で受け止めた。
魔弾ですら見えていたのだ。真正面からではいくら速くても無駄だろう。
「これならっ!」
横に回りオレの撃った【魔縛】が男を捕らえようとしていた――刹那、ミィを掴みながらその場を離れると、首筋に剣を当てている。
「くっ、人質だと!?」
捕らえられても尚、睨み上げるミィと立ち竦むオレを交互に見ると男が口を開いた。
「何か勘違いしているようだが。
止めにしないか」
低い声だが殺気は感じられない。信用すべきか……。
しかし、剣には血が付いている。
「この惨状は、あんたのしたことではないとでも?」
人質までとられている以上勝ち目はないだろう。
ならば、話し合いで片が付くならそれにこしたことはない。
「あぁ、違うな。
一部を除いては」
「一部を除いて?
なら、あんたも黒服の仲間ってことか!」
「いいや、黒服はオレが斬った」
確かにそれなら分かる、血の意味も。もしヤツらの仲間ならミィは斬られていてもおかしくない状況だ。
「分かった話を聞こう。
ミィ!
離されても飛びかかるなよ!」
怒りの目をオレにも向けるが、小さく頷いた。
「さぁ、ミィを離してくれ」
男は短く返事をするといとも簡単に離し、ミィがこちらに後退る。
離した瞬間、斬りかかってこないとも限らなかったが、すぐに鞘へ収めた為、銃を下げざるを得なかった。
「さぁ、話を聞こうか。
あんたは何者なんだ?」
「オレのことを人は深青紫と呼ぶ。
神の罰を受け、行く末を見守る者。
ここには通りすがっただけだ」
「よく分からないな。
あんたが通った時にはこの状況だったと?」
「そういうことだ。
黒服のやつらが虐殺し終わっていたがな」
辻褄は合うが信じて良いものか悩んでいると、服の袖を掴むミィが深青紫へと問い掛けた。
「確かに殺気は感じないけど、あなたが仇をうってくれたにゃ?
信じていいにゃ?」
「あぁ。
信じてもらえなくとも、お前達を殺すつもりもない」
そう、オレ達では太刀打ち出来ないのは深青紫にも分かったはず。この状況、信じて見るしかないだろう。
銃を収め、歩みより手を差し出す。信じるとの意を込めて。
「すまないが、馴れ合うつもりもない。
オレはここを離れる。
もうすぐ異変に気づいた国の連中も来るだろう」
宙に浮く手を無視し、深青紫は背中を向け立ち去ろうとする。宙に残された手で頭を掻き立ち去る姿を眺めていると、不意に歩みを止めた。
「その黒服の連中は、ここから先に行った街を根城にしている。
興味があるなら行くといい。
人猫の娘と少年よ、人を愛する心、忘れるなよ」
振り向くこともなく話し終えると、そのまま歩みを再開させた。
「あぁ。
ありがとう」
立ち去る背中に声を投げかけた。
そう、あの時の人物が伝承にある深青紫なら、確かに噂通りの強さだ。
しかし、ああしてずっと旅をしているなら予言者について何か知っていてもおかしくない。
深青紫――彼にもう一度会い、聞いてみるのもいいかも知れない。