傀儡の王と女心
街をぶらついていると、日も暮れ、迎えであろう兵士が近づいてきた。
「お迎えに上がりました。
どうぞ王城までお越しくださいませ。
私がご案内致します」
迎えの兵士に連れ添われ昼間に居た謁見の間に入ると、全く別の場所かと見間違うくらいの装飾が施され、テーブルには料理、そして沢山の人々が集まっていた。
「これは、一体……」
「す……すごいにゃ」
王城の宴とはこんなにも華やかなものなのかと思った矢先、まさかと頭をよぎった。
その答えは、ざわめく広間を一人の男が制止始めるとすぐに出た。
「皆の者、宜しいか!
集まって頂き、陛下も非常に喜んでおられる。
これより陛下から御言葉を頂戴したいと思う」
「皆様、お集まり頂き光栄ですわ。
お集まり頂いたのは他でもありません。
後日開催されます剣闘技祭に先立ち、私は……婚約致します!」
広間はどよめき立っているが、それもそのはず、闘技祭で騎士になった者の中から選ばれる筈だからだ。
「ただし!
それでは祭も盛り上がりに欠けると思いますので、その方が騎士叙勲されなければ婚約破棄に致します!」
またもどよめき立つが、それならば盛り上がるとの声が辺りを包むと、やがて拍手に変わっていった。
「それでは今宵の主役の一人、私の婚約者を皆様に紹介致します!」
それだけはと思っていたが。
「レイヴ!
こちらへお越し下さいな」
集まった人々が辺りを見回し探しているが、メイル女王がオレを見つけると次々に道を空け始めた。渋い表情で。
覚悟を決め、女王の隣に進むと余計に喜んでいない人が多いのが分かる。その中でも一際強い視線を送っているのが、今まで隣にいた猫娘だった。
やはりまだ納得していないのだろう。
「こちらのレイヴと私は婚約を致しました。
そして、レイヴにも剣闘技祭には出て頂きます。
宜しいですね?」
「あぁ、いいだろう」
とは言ったものの、剣など扱ったことなどない。
オレの返事を合図に、ディバイルが一歩前に出る。
「それでは今宵の宴を始める。
各々楽しんでくだされ」
ディバイルが手を叩くと、音楽が奏でられ、拍手で宴が始まった。
音楽に合わせ踊り子達が広間の中心で踊り、集まった人々も思い思いに食事をつまみ談笑している。
ミィ達も食事を取ってはいるが、こちらを気にしている様子だ。
「レイヴ?
何か不服でもあるのかしら?」
「いや。
ただ、こんな大層な宴まで開くなら言ってくれても良かったと思っただけだ。
あんな紹介までされたら、オレを狙う奴も出て来るかもなと」
「言ったでしょ、煌びやかにするって。
それに大丈夫よ、これから闘技祭が終わるまでは城内に留まってもらうから」
「それはオレだけか?
仲間も一緒じゃなければ無理な話だぞ」
「まぁ、それはいいわ。
ネコ耳バスターズに依頼したのだから、それは仕方ないわ。
部屋も用意するわ」
女王と話をしていると、踊り子達が散り、一人の女性が中央に位置取る。すると音楽が変わり、合わせて女性が歌いだすと話声が収まり、耳を傾け始めた。
美しい容姿と歌声に、聴き入ってしまうのも納得してしまう。
「彼女の歌、真剣に聴かない方がいいわよ」
「何故だい?
こんなにも素晴らしいのに」
「あそこの人、見てみなさい。
目が虚ろになっていくのが分かるでしょ?」
若くはないが、紳士的な男性の目つきが徐々に変わっていく。その近くにいる男性も、周りの男性も次々に変わっていっている。
「どういうことだ?」
「さぁ?
彼女が歌うと男性だけが変わっていくのよ。
何故かは分からないけど、それだけ彼女の歌う姿に惚れちゃうのかしらね」
魅力的ではあるが、皆が皆、惚れ込むほどだとは思えないが。
女性と一緒であった男性までが女性を無視し、歌に彼女に魅了されている。そんな中、ミィ達が大手を振りオレを呼んでいる。
「ちょっと行ってくるがいいか?」
「どうぞ、お好きに」
女王に了解を得てミィに何事かと問いただす。
「あの歌ってる人、歌かにゃ?
微かだけど魔力を感じるにゃ」
「なんだって!?
本当か?
それは」
「うん、そんなに強い魔力じゃないから、自然に出てるくらいだと思うにゃ」
「ちょっと待ってろ。
女王を問い詰める」
オレに注意を促しておいて、まさかとは思うが。
「どういうことだ!?
彼女から魔力が出てるそうだが?」
大事にならないよう、平静さを保ちつつ問いただす。
「あら?
そうなの?
それで男性達が変わるのですね」
「知らなかったのか?」
「えぇ。
彼女はただの歌い手でしたから、王国で雇っただけですもの」
「そう……なのか?
なら良いが……。
彼女を野放しにはしないほうが良いかもな」
「そんなことはしないわ。
彼女の歌は素晴らしいもの。
それに、そんな魔力に引っかかる男性がいけないのですわ」
女王の考えること、感じることにはついていける気がしない。
そうこうするうちに彼女の歌が終わり、惜しみない拍手の中、男性達は我に返ったのか不思議そうな表情を浮かべていた。
「皆様、私は席を外しますが、宴はこのままお続け下さいませ。
ディバイル、後はお願いするわ」
ディバイルが頭を下げ、宴を続けるよう音楽を奏でさせる。
「さぁ、行きますよ」
女王がオレに手を差し伸べる。
「オレもか?
どこに行くと?」
「これから夫婦になるのですもの。
行くところは決まってますわ。
私のじ・し・つ」
ウィンクと共に笑みを浮かべる。自室でなら、この依頼の理由を聞けるかも知れない。
「分かった。
ついて行くことにしよう」
女王の手を取り拍手の中を進むが、時折感じる視線が痛かった。その中には相棒の猫娘も含まれていたのだが。
女王メイルの自室は調度品が多数並べられベッドにまでカーテンが吊られている、まさにお姫様の様な部屋であった。
「あまり、ジロジロ見ないでよ!
恥ずかしいじゃない」
「あ、あぁ。
すまない。
女の子の部屋なんて初めて入ったもんだから」
「お、女の子……」
何やら気に障ったのか、俯いてしまった。
見るなと言われた以上、本題に入る為ソファに腰掛けるが、このソファですら宝石が散りばめられ、体験したことのない柔らかさで身体を包んでくれる。
「そろそろ話してくれても良いんじゃないか?」
我に返ったかのように顔を上げ、向かいのソファに座ると上着に手をかける。が、こちらを見ると躊躇したのか動きが止まる。
「気にせず脱いでくれて大丈夫だから」
今度は睨み付けると、上着を粗暴に投げつける。
「いいわ!
何が聞きたいの!?」
また何か言ってしまったのか、何を怒っているのか見当もつかなかったが、こんな厄介事は早く終わらせ予言者を見つけなければならない。
「何と言われても、この依頼の理由さ。
結婚なんて普通じゃ有り得ないことを、何故依頼した?
結婚相手なんていくらでも見つけられるだろう?」
「そのことね。
うーん、まぁいいわ、話しましょう。
この国は代々女性が国王となり、騎士の中から夫を選んでいるの。
ディバイルは知っているでしょ?
彼は父が呼んで来た人なのだけど、ある日、彼がこの国の騎士から夫を選ぶと国が滅ぶと言い出したのよ」
「それで関係のないオレに、騎士の叙勲と共に夫になってくれと」
話している途中で違和感を感じた。
「そうだけど、それだけじゃないの。
本当に依頼したいのは、ディバイルの言うことから解放されたいのよ。
ディバイルは事あるごとに口を挟んでは、あれはダメこれは良いって。
父はディバイルに従えと遺言を残したけれど、こんなのじゃ誰が国王か解らないもの。
そこで何でも屋の貴方達ってわけ」
「婚約し、オレ達を内部に入れた後でディバイルを追い出す。
他の奴でもよかったんじゃないのか?」
「そういう訳にもいかないのよ。
ディバイルは今までの経緯から人望もあるし、外部の何も知らない人でなければ追い出すことなんて出来ないわ」
「要するに憎まれ役を依頼したい訳だ」
「そっ!
ディバイルを追い出したらそれを理由に婚約解消して、ようやく王として国と向き合えることになるわ」
確かにそれだと一時的なことなので、他の人に頼む訳にもいかないだろう。ましてや王の立場としてなら尚更だ。
「理由は分かった。
この依頼改めて受けよう。
個人的にも気になることが出来たからな」
「それなら、剣闘技祭の説明もした方がいいわね。
内外から騎士に成りたい方々が剣の腕を競うのだけど、先ずは集まった方々の中から二勝して頂きますわ。
その後は、現在の騎士とその隊長、それから親衛隊と親衛隊隊長と交えることになります。
騎士叙勲の対象は親衛隊と当たるところからですが、騎士に負けたとしても、才能や可能性があると認められれば叙勲対象になる、というのがルールですわ」
「となると、確実に二勝はしなければならないのか……いつ開催だ?」
「そうね、近々としか触れてなかったけど……七日後でいかがかしら?」
「七日後か、剣技に関しては全くの素人だぞ?」
「婚約発表までしたのですから、これ以上は延ばせないと思うわ。
そうね、練習相手には私の騎士をお貸ししますわ。
それなら大丈夫でしょ」
それで扱えるようになるなら、誰でも騎士に成れると思うのだが。しかし、引き受けた以上やるしかないだろう。
「もしも、可能性の問題としてだが、二勝出来なかったらどうするつもりだ?」
「そうね、何でも屋と謳ってる以上、出来ないとは思ってなかったけど……婚約までして騎士になれなかったではお話にならないので、私を騙して近付かれたということで、死罪にでも致しましょうか。
もちろん、婚約は解消しますけれど」
婚約解消されても命がなければな。
失敗しても良い依頼なら、わざわざオレ達に頼むこともなかった、と考えれば当然のことかも知れない。
「失敗は許されないということだな。
ならば、やってやるさ」
「ありがとう。
それでは、この件はあなた次第ということで。
お部屋をご用意致しますので、宴に戻ってらして。
後で案内致しますわ」
部屋を出て謁見の間に戻る途中、廊下に騎士が立っていた。特に気にすることも無かったのだが、ずっと睨まれているようだった。
流石に現在の騎士には不満があるのだろう。女王と結婚したいが為に騎士に成った者もいる筈だから。
「ミィ、戻ったぞ」
姉妹と共に立食を楽しんでいるミィの背中から声をかけると、ゆっくりと振り向き笑顔を消し目を細めた。
「女王様とな・に・を・してたのかにゃ?」
「そんなジトリと見られても、やましいことなんてしてないからな。
詳しくはちょっとテラスに出て話そう」
「いいにゃ。
ハッキリしてもらうにゃ」
何かまだ誤解があるようだが、姉妹にも付いて来るよう言うと、こちらも呆れ顔で頷いた。
一度誤解されると、こうも面倒なものなのかと思いテラスに出ると、中の喧騒とは裏腹に穏やかな夜であった。
「さて!
話してもらうにゃ!」
「声を荒げるな。
他に聞かれたらマズイんだ」
腰に手を当て、言及しようとするミィに静かにするよう小声にするが、態度は至って変わらない。
全て聞くまで喋るなと、姉妹にも念を押し、真の依頼内容なども全てをありのままに話した。
「これで誤解だったと解ってもらえたか?」
「ん〜まぁ信じてもいいかにゃ。
命もかかってるみたいだし」
「大丈夫なの?
レイヴが剣を携えてるの見たことないんだけど」
流石はルニ、人に声を掛けてただけあって良く見て覚えている。
「ま、まぁ何とかなるだろ。騎士に教えて貰えるなら、他よりは上手くなるだろうさ」
「わたし達はどうするにゃ?
何かする事はないのかにゃ?」
確かに部屋は用意してくれるようだが、これといって特になさそうだが。
「そうだ!
一つ気になったことがあったんだ。それを少し調べて欲しい。
ただし、誰にも怪しまれないようにだ」
「いいにゃ、どんなことかにゃ?」
メイル女王との会話で気になったことを話し、調べて貰うことにした。
すると、一人の若者がオレ達のそばに来ると、片膝を落としかしこまった。
「レイヴ様、お連れの方々。
お部屋の用意が整いました。
宜しければ御案内致します」
「ミィ達はどうする?
もう満足したか?」
「うん、お腹いっぱいだし、もういいにゃ」
姉妹も頷き賛同したため、部屋への案内をお願いした。
明日からは気合いを入れてやらねばと改めて実感しつつも、早めに就寝することにしようと思う。