世界の命運と一つの命〔過日譚 十〕
奪った鍵を合わせ扉の向こうを窺うが人の気配もなく、真っ直ぐな通路に魔法であろう灯りが灯されている。
「ここにいるんだにゃ……」
緩やかに円を描くように延びる通路にオレ達だけの足音が響く。扉も何もなく、ただただ進むとそこは行き止まりだった。
「なんだ?
行き止まりって。
どうなってるんだ?」
「待つにゃ……母さんの匂いが……そこの壁のから途切れてるにゃ」
鼻をひくつかせるミィの言っている壁を触ってみるが、特に変わったところはないように思う。
「どういうことだ?
何もないぞ」
「もしかしたら、魔法かにゃ?
やってみるにゃ」
「出来るのか?」
「少しなら、にゃ。
乱暴な魔法は出来ないけど【解除】なら」
魔言を唱えるミィを黙って見ていると、重い音と共に壁の一部が回り始め、半開状態で止まった。
「魔法で閉ざされているなんてな」
「匂いが近いにゃ!」
開いた壁を僅かに行った所で、ようやく人の気配がする部屋へとたどり着いた。
「ここか?」
「母さんの匂い……母さん!」
いてもたってもいられなかったのだろう、不用心にも中へ入ると、男が数名こちらに顔を向ける。
「誰だっ!
……人猫!?」
「ママはどこにゃ!!」
飛びかかる勢いのミィに畏怖し奥の扉へ逃げて行くが、それを追うと部屋には研究施設には不似合いな全身黒で覆われた衣装の男が座っていた。
「やはり来ましたか、人猫の娘」
「お前が指示したのか!?」
「わたくし、と言いますか“我々”が下した決定事項とでも申しましょうか。
人間達の未来の為ですよ」
「我々?
人間達の未来!?」
何の話なのか、一体誰なのか把握出来ないまま、男は机上で手を顎の下に組みながら続けた。
「そう。
我ら予言者が人間達の手による終末戦争、ラグナロクとでも言いましょうか、それを予言したのですよ。
まぁ、神々が関わらないのでラグナロクとは言えないかも知れませんが」
「予言者?
それを予言したからと言って、人猫とどう関係が!」
この研究施設の人間ではないのか疑問ばかり残るが、一番引っ掛かる部分のみを投げ掛けた。
「人間の手による終末戦争と言いましたが、引き金を引くんですよ、人猫が」
「なんだって!?
しかし、ミィ達がそんなこと……」
「するわけないにゃ!」
「あくまでも人猫のことですよ。
そこの娘と、あちらの部屋にいる母親だなんて言っておりません」
「っ!?
隣に母さんが!?」
予言者と名乗った男の言葉にミィが即座に反応し急いで隣に行こうとするが、扉は押しても引いても蹴破ろうとしても微動だにしなかった。
「無駄ですよ、その扉に関しては。
魔法で施してますが、鍵語が付随していますからどんな魔法でも開きません。
私を殺せば別ですが、ね」
「戦えってことか?」
「そんなことは言っておりません。
そこの娘を引き渡し立ち去る、もしくは我々に従い終末戦争の回避に力を注ぐ、ということもできますよ」
「………………」
「レイヴ?
やだよ、ママを助けてよ……」
少し黙ったことで心配させたようだ。
オレの心は決まっている為、ミィに笑顔を見せると挑発ぎみに答えを出した。
「生憎だが、オレは目の前の命の方が大事なんでね。
大規模な戦争は起きないに越したことはないが、一つ一つの命を大事にすることが争いの起きない世界に繋がると信じているからな」
「しかし、予言で出ている以上、避けることは出来ないのですよ。
我々には起きることへの対応策を進める以外、道はないのです」
「予言って大規模な運命みたいなもんなんだろ?
だったらオレが捻じ曲げてやるよ。
こうして亜人とだって一緒にいられるんだ。
引き金を引くのが人猫なら、それを止めることだって出来ないワケがない」
「全く、これだから子供は。
理想ばかり追い現実を見ないから嫌いなのですよ。
遥か昔から我々の予言は外れたことが無いというのに。
今の世界があるのは代々の予言者のおかげだというのが分かっていないのですね」
「ちょっと待てよ。
それは世界を裏から操ってたってことか?」
「口が悪いのも嫌いな理由の一つです。
悪く言えばそうゆう言い方にもなりますが、予言者は世界の安定を望み、それを見守ってきたのですよ」
「世界に目を向けた結果が、魔法大戦や誘拐かよ!」
「何かおかしな点が?
魔法大戦だって、本来ならばもっと大きな、それこそ終末戦争に近い規模になる可能性を秘めていたのを知っていたからこそ、あの規模で収められたのですよ。
感謝されることはあっても、疎まれることは無いと思いますが」
「個人の気持ちを無視して、そんなことは許されない。
たとえ世界の為だとしてもだ!
それで世界が滅びようと、それが人間の定めだろう!」
「それは、貴方個人の考えでしょう。
世界の人々全てがそのような考えということはありません。
現に、こうして終末戦争の為に動いているのも、王や魔術師、滅亡を避けたい人々の考えの下で行っているのですから」
「王?
それじゃあ、誘拐や人体実験も国の命令だとでもいうのか!?」
「そのような王も中にはいるのですよ。
何が正義で、何が悪か、それすら個人の判断ということです。
仮に私が貴方達を殺します。
貴方達のご友人や親類は私を悪だと見なすでしょう。
逆に私が殺されれば、予言者や協力者は貴方達を悪と見なすでしょう。
人間は知性を持つが故、正しい正しくないの判断をしてしまうのです」
予言者の話の途中、アルとの会話が甦った。これは言い回しこそ違えど、本質は一緒なのではないかと。
「だったらオレは……オレの意思で、オレの正義を貫くまでだ」
「と、言うと?」
「お前を……予言者を人間の敵だと認識する!
世界の為であろうが、目の前の命を見捨てる行為はオレに出来ない。
それにもう、知ってしまった以上は傍観者でもいられない。
闘えるなら、立ち向かえるなら、傷つくことがあろうと恐れない。
それがオレの正義だ」
「良き理想をお持ちですね。
その理想がいつか、自分を苦しめなければよいのですが。
では貴方と私、いや、貴方と予言者は敵対することとなりました。
強き意思をお持ちな貴方と闘うのは残念ですが、お相手致しましょう」




