プロローグ 共存世界の魔導機士
「アスカロン、そっち行ったぞ!」
機械的な衣装を持つ巨大な大筒を持ち、滑らかな流線型の機械ユニットを各部に取り付けた白いロングコートの男が、草原に着地しながら、無線を介さず直接怒鳴りつける。その先にいたのは、真っ白い髪とアイスブルーを基調としたドレスに身を包んだ、小柄な少女だった。
返事の代わりに小さくうなずくそぶりを見せて、青い少女は草原を踏みしめていた足を軽く動かし、大地を蹴って跳躍する。その視線が見つめる先には、先ほど男が大筒から放った弾丸を回避して、別の方向へ――すなわち「アスカロン」と呼ばれた少女の方向へと駆けだし始めた、異形の怪物がいた。
怪物は、虫のように透明で、不可思議な文様を浮かべた薄羽を持つ、巨大な一角獣だった。さしずめ合成獣のごとき醜悪な外見を持つ獣を前にして、しかし少女はいくばくの感情を見せるようなそぶりも見せない。跳躍と同時にその手でつかんでいた武器の柄を握り締め、大上段から振り下ろす。
少女がその手に持っていたのは、彼女の身の丈をゆうに超えるほどの巨大な、ドレスと同様にアイスブルーの刀身を持った大剣だった。華奢な見た目からは想像もつかないほどの腕力で振るわれた青い大剣は、薄羽の一角獣の肌をわずかにかすめ、そのまま地面へと突き立つ。狙いが外れたのではなく、少女の殺気に感づいた薄羽の一角獣が、間一髪のところで回避行動に移ったのだ。
「ごめんなさいガーンディーヴァ、外した!」
「おう、任せなッ!」
わずかに歯噛みしつつ無線に呟く氷斬の少女に答えたのは、「ガーンディーヴァ」と呼ばれた先ほどの男。手に持った大筒――ならぬ、わきに抱えるほどの巨大な手持ち砲を軽々振るい、回避を終えて地面へと降り立った薄羽の一角獣にその砲口をまっすぐ突きつける。
向きを変えて一秒とかからないうちに、風砲の青年に抱えられる巨砲が火を噴いた。放たれたのは鉛の銃弾ではなく、エネルギーが圧縮された輝く砲弾。それが着弾した一角獣の薄羽が、爆音とともに煌めいた光に包まれ、千地に引き裂かれて吹き飛ばされた。
明確なダメージを与えられて、一角獣は憎々しげに咆哮する。しかし、その雄叫びは中途半端に途切れた。理由は明白、咆哮する一角獣の腹の下へとすべり込んだアスカロンが、その喉笛を大剣の一撃で抉ったからである。
反撃ののろしを上げることもかなわず、しかし喉を浅く斬られただけの一角獣は烈火のごとく燃えたぎる戦闘本能を昂ぶらせ、大剣を振り切って無防備となった少女めがけてその鋭い爪を突き出した。
「アイギス!」
「お任せ!」
しかし、その爪は少女の体を引き裂く寸前で、飛来した何かに――飛来した何かが展開したエネルギーの障壁によって阻まれ、少女を仕留めるには至らなかった。それを確認した一角獣は飛びのいて、何かが飛来した方向をにらみつける。そこにいたのは、アスカロンとは違う、シンプルながらも良質とわかるブラウスとスカートを組み合わせたような衣装を着こなす、「アイギス」と呼ばれたもう一人の少女だった。その周囲には、先ほど一角獣の爪を食い止めた壁を生み出した装置であろう、推進力もなしで自在に浮遊する機械が四つ、一定の距離を保って浮いている。
「よそ見すんなっつーの!」
そこへ唐突に響いた声に、一角獣は驚いてその場を離れようとするが、それはかなわなかった。ガーンディーヴァが放った砲弾が足に当たって爆発し、盛大に体勢を崩されたからである。
「次は頭を潰せよ、アスカロン!」
「了解!」
勝利を確信したように、喜色を浮かべた声で命令を飛ばすガーンディーヴァに従い、アスカロンは疾駆する。まるで肉食の獣が得物を追うかのような素早さで一角獣へと駆け寄ったかと思うと、その勢いのまま少女は掌中の大剣を振るい、一角獣の頭めがけて振り下ろした。
「……目標、消滅確認。状況終了、っと!」
「おう。お疲れさん、二人とも」
「お疲れ様です」
しばらく状況を注視していたアイギスが、緊張を解くようにほぅと息をつく。それに合わせて、構えっぱなしだった巨砲をぐいっと持ち上げて、ガーンディーヴァもまた疲れを吐き出すように息をついた。青年からのねぎらいを受けて、アスカロンは小さくうなずく。
「けど、最近はアクリスがよう出るようになったな?」
「……いつも通りじゃないですか?」
「まぁ、確かにここ最近は集中してるよな。各地のマギア使いも引っ張り出されてるらしいし、こっちへの長期出張も覚悟しとくべきだろうなぁ」
肩をすくめて話しながら、ガーンディーヴァは耳の後ろに指をあてて、本部へとつながる通信を開いた。
「あー、こちらクロガネ小隊。アクリス:タイプモノホーンの討伐完了した。欠員、並びに死傷者なしに付き、ただいまより帰投する……」
今からさかのぼることおよそ三十年前の、西暦2034年。
地球は、空間をたたき割って出現するという、現代科学では解明すらできない不可思議な現象と共に現れた異形の怪物「アクリス」との遭遇を経験した。
それとほぼ同じ時期に、突然日本を中心とした世界各国に出現した、別の場所へとつながる不思議な空間――通称「ゲート」。その向こうに存在していた、地球を擁する宇宙とは全くの別次元に存在する異世界、こと「ヴァニア」から訪れた異世界人が、アクリスの脅威を退けるための、和平交渉を持ちかけてきた。
様々な問題を抱え、時には大規模な事件を起こしながらも、地球とヴァニアの両世界は、なんとか友好条約を締結。以降、二つの世界は手を取り合い、地球とヴァニアの双方に出現するアクリスとの、熾烈な生存競争を繰り広げていた。
それから長い時間がたった、現代。
異なる世界の存在が、双方の世界にとっての常識となったころ、二つの世界はお互いの持つ技術を掛け合わせて、アクリスに対抗するためのまったく新しい「武器」を開発することに成功した。
ヴァニアの人間をはじめとして、地球側の人間もわずかながら保有する「魔力」。生き物だけが有するその超常的な力を使った、既存の武器兵器を凌駕するほどの強力な兵器と、それを用いる人間は、瞬く間にアクリスの脅威を打ち払う存在として、人々のあこがれとなっていった。
アクリスと戦うための、魔力を用いた新たなる超常兵器。人々はそれを、「マギウス・ギア」――通称「マギア」と呼んだ。